秘密を知った ④
月曜日、手術のある日までは母が送り迎えをしてくれることになった。
手術後も自転車に乗れるようになるまではきっと世話をかけると思うが…。
学校へ着き、装具で固定された不自由な右足を引きずるように歩いていると、二階から健太の声がした。
「涼!おはよう」
二日前と打って変わって、いつも通りの健太に戻っていた。
「その足じゃ階段上るの大変だろ!今そっち行くから!」
相変わらず声が大きいい。登校してくる生徒が俺に気付き、
「竹内くん足どうしたの!?」
「大丈夫?」
と心配の声をかけてくると同時に、小さな集団が出来た。
彼女たちに「大丈夫。これが大げさなだけで軽い怪我だから」と笑って見せると、「よかった」と集団はどんどん解散していった。
「おまたせー」
と呑気に階段を駆け下りてきた健太。
「お前が大声だすからみんなの注目集めちゃっただろ」
「何言ってんだよ、人気者の涼くんはいつも注目の的じゃないか。嫌味か?」
健太はそう言うと、俺の前に背中を向けてしゃがんで「乗れ」と首を横に振った。
「転ぶなよ。左足まで怪我したくないからな」
おう、と言って健太は俺を担いで二階まで登った。
その途中、
「お前が一番辛いよな。俺が泣いてどうすんだよな。俺頑張るから、お前も頑張れよ」
その言葉を聞いて、また泣きそうになった。
「おう」
「たまには、サッカーも見に来いよな」
「おう」
普段おかしな健太が、この時はかっこよく見えた。
土曜日、手術の日がやって来た。
手術は全身麻酔だったので、寝ているうちに終わり、目が覚めると景色が手術室の照明から、病室の真っ白な天井に変わっていた。
窓側のベッドなのだろう。右側からの日の光が眩しくて寝起きの目がちかちかした。
左から母が「起きたのね」と声をかけた。
「手術は成功したそうよ。お疲れ様」
その言葉を聞いて、ほっと一安心した。
「母さん、着替え取ってくるけど、何か食べたいものとかある?」
「甘いものが食べたい」
そう答えると、母は病室から出て行った。
今日から入院することになった。一週間後に抜糸をして、二週間目から松葉杖無しで歩くことが出来るようになるそうだ。そこからリハビリして八か月……。先は長かった。
トイレがしたくなったので、ベッドから降り、松葉杖を使って病室を出ようとした。ふと一番ドア側の三番目のベッドに目をやると、雪野の姿があった。
「え?」
彼女はあの時と同じように目を見開いて驚いた様子だった。
「竹内くん、なんで?」
「ああ、膝の手術で。今日から二週間入院」
まさかの雪野との同部屋に、心の中で「よっしゃ」と叫んだ。
「そっか。私は今週で退院」
「そうなんだ。じゃ」
緩みそうになる頬に力を入れ、病室を出てから力を抜いた。
ところで雪野さん、何書いてたんだろう。
手帳らしき、少し分厚い小さめのノートに雪野が何かを書いていたことを思い出す。
トイレから帰り、病室に戻ると雪野はまだ書いていた。
「雪野さん、それ、何書いてるの?」
彼女は、はっとしてそれを隠した。
「あ、んーん。お絵描きしてただけ」
そう言って何かを誤魔化すかのように笑った。
そっか、とだけ言って自分のベッドへ戻った。
気になっていたあの子が今同じ空間にいる。それだけでも嬉しかったが、彼女が退院するまでになんとか仲良くなりたいと考えていた。
翌日の夜、勇気を出して雪野とラインを交換しに行こう思い彼女のベッドを訊ねると、姿は無く、ベッドサイドテーブルにはあの手帳だけがぽつんと置かれていた。
彼女はお絵描きだと言っていたが、ちらっと見えた時、あれは確実に文字だった。
何か隠したいことでも書かれているのかと思い立つと、中を見たくて仕方がなかった。
いけないとは思いつつも、ドアを開け誰も来ないことを確認すると、さっと手に取りページをめくった。
その内容に、目を疑った。
『五月二十四日 昨日、がんの再発を告げられた。来年、年を越せるかわからないと言われた。このことは誰にも言わないでおこう。ユメと、いつも通りの毎日を送りたいから。』
がん?雪野さんが?前は盲腸だって…。
日記は、全部『昨日』から始まっていた。その日の出来事はその日に書くものじゃないのかと思いながらさらにページをめくると、俺のことが書いてあった。
『十二月六日 今日から検査入院。昨日、学校の人気者と会った。話すことも出来た。学校の時よりも近くで見れて、なんだかドキドキした。足を怪我していたけど大丈夫かな…』
学校の女子に心配されるより、何倍も嬉しかった。
「って、この日は『今日』かよ」
と言いながら、ページをめくっていく。
そしてまた、自分のことが書かれているページに目が留まる。
『十二月十三日、昨日、病室にクラスの人気者が松葉杖を突いて現れた。なんと彼もこの病室に昨日から入院することになったそうだ。同じ空間に人気者がいる。なんだか不思議…』
人気者、か。俺のことを書いてあるのに、名前がどこにもないことが少し寂しかった。
ドアが開き、雪野が入って来た。慌ててテーブルに日記を戻したが、すでに見られていた。
「見た?」
彼女は困ったような表情で聞いてきた。
「…ごめん勝手に」
雪野は何も言わずベッドに入り、
「このことは、誰にも言わないで」
怒っていると思ったが、彼女の顔は笑っていた。
彼女の日記に『このことは誰にも言わないでおこう』と書いてあったことを思い出す。
「わかった。でも、ユメ?って子には言わなくていいの?あの書き方だときっと仲の良い友達でしょ?」
「いいの。ユメは感傷的だから。言ったらきっと、今まで通りには接してくれなくなる。特別に何かしようと必死になる。そんなの私が嫌。だから隠し切れなくなるまで黙っておきたいの」
彼女がそれを望むのなら、俺がこれ以上口出しすることは出来ない。
そっか、と言った後、ラインを交換しに来たことを思い出す。
「あ、あの、良ければ友達になりたいんだけど。ライン聞いてもいい?」
彼女は「もちろん!」と少し上ずった声で答えて、スマホを取り出した。
雪野のラインのQRコードを読み取り、俺は「ありがとう」と言って自分のベッドへと戻った。
雪野さんのライン…。
アイコンは日記にも出てきたユメという友達とのツーショットと思われる画像が設定されていた。
嬉しかったが、彼女があと一年、生きられるかどうかという現実を思い出すと、なんともいえない感情になった。
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