秘密を知った ③
何も出来ずに二週間が経ち、十二月になった。
十二月に入って最初の土曜、うちのグラウンドで練習試合が行われた。キックオフが鳴り、見方からパスを受け相手ゴールへと走り出した瞬間、ぶつっという断裂音がして右膝に激しい痛みが走った。
その場に倒れこみ、立ち上がることが出来なかった。顧問の町田と外部コーチの田丸が勢いよくベンチから飛び出してきた。フィールドにいるた選手も駆け寄って来た。
「涼!大丈夫か?」
「関節が腫れてるな。すぐに病院へ行くぞ」
一人では立ち上がれず、田丸の肩を借りて町田の車に乗り込んだ。
病院へ着き、МRI検査を受けた。医師からの宣告は残酷なものだった。
「前十字靭帯断裂です。手術が必要です。今まで通りプレーできるようになるまでは、八か月かかるでしょう」
今日は十二月五日。涼たち最上級生の最後の試合は六月にある。八か月という時間が何を意味するか、涼はすぐに理解した。
「じゃあ、もうこの子は高校でサッカーは出来ないっていうことですか?」
「残念ながら、難しいでしょう」
町田の表情が曇る。
引退。の二文字が俺の頭の中をよぎる。
手術の日程を決めるため、母が病院へやって来た。
母が、さっき俺と町田先生がされた説明を聞いている間、俺は待合室で待った。
「竹内、手術の日程が決まったら教えろよ。俺は先に学校へ戻るから」
そう言って町田は病院を出て行った。
スマホで、自分の怪我のことを調べていると見覚えのある顔が目の前を通り過ぎた。
「あっ」
その声に立ち止まり顔をこちらに向けたのは、三組のあの子だった。
彼女も俺の顔を見ると、驚いた表情をしていた。
「三組の人、だよね?いつも朝早く学校に来ている」
彼女の目はすいすい泳いでいる。
「あ、はい。竹内くん……だよね?」
彼女は俺のことを知っていてくれた。こんな近くで見たことは無かったので少し緊張した。二重の幅が広すぎない綺麗な目、スッとした鼻、可愛いさと美しさあわせもつ穏やかな顔。女優に例えるなら、最近見た映画「ビリギャル」の主人公を演じていた有村架純に似ていた。
「うん。竹内涼。君の名前は?」
「雪野花音です」
彼女の表情はまだ硬かった。
「雪野さんね。何しに病院に来たの?」
「ああ…盲腸で手術して。昨日から二週間入院なの。竹内くんは……足どうしたの?」
彼女は俺の太ももからふくらはぎの真ん中までつけられた装具をじっと見ている。
「ちょっと、試合で転んじゃって。まあ、ちょっとどころの怪我じゃないんだけどさ」
そっか、と彼女は心配そうに俺の足を見つめた。
沈黙が続いた時、母が診察室から出てきた。
「じゃあ、私行くね」
点滴スタンドを押しながら、彼女は行ってしまった。
「涼、大丈夫?……手術は来週だって」
母はいろいろ聞きたそうな顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。
会計を済ませて、母の車で学校へ荷物を取りに向かった。
「母さん」
「ん?どうした」
「俺、サッカー辞めて勉強するわ」
母は、俺がサッカーをやるのは高校までということを知っていた。そして、名門私大を受けようとしていることも知っていた。だからだろうか。「そう。涼がそうしたいなら好きにしなさい」とだけ言った。
俺の将来の夢は小学生の時から、サッカー選手ではなくてパイロットになることだった。そのために東大へ入り勉強に専念したかったので、サッカーは高校までと決めていた。
学校へ着くと、校門の前に健太が俺のスポーツバッグを持って待っていた。
母の車に気付き、いじっていたスマホをポケットに入れて駆け寄って来た。
「涼、足……」
開けた窓から俺の足につけられた装具に気付き、言葉を無くしたようだった。
「八か月だって。最後の試合にも間に合わない」
「……嘘だろ」
「ごめんな。俺はもうサッカー出来ないけど、お前がいればチームは大丈夫だろ。俺は俺の夢に向かって明日から頑張るから……。泣くなって」
健太の頬を涙が伝うのが見えた。健太はおれよりも悔しそうだった。
「お前がいないと、俺……」
健太の涙を見ると俺もこらえていたものが一気にあふれてきた。ぽたぽたと涙が足を固定している肌色の装具に落ち、シミを作っていく。
運転席からも、鼻をすする音が聞こえてきた。
「大丈夫だ、お前は一人でも大丈夫。じゃあ俺行くから。バッグありがとう。また学校でな」
健太は何も言わなかった。窓を閉め、車を出してもらった。
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