タイムリミットを知った ③
ふらつきと背中の痛みだけで病院に行くほど母が心配するのは、訳がある。
私は中学に入学してすぐ、がんにかかった。
がんは、早期発見できたため、一年で治すことが出来た。
それからは、体調をくずすと母はとても心配をした。
私が嫌な予感をしたのは、背中の痛みがあったことが今まで無かったからだ。
次の日の朝、ベッドから降りたときは何も無かった。
大丈夫だ、と一安心して学校へ向かった。
昼休み、お弁当を買うために購買へ行き、どれにしようか選んでいた。
その時、ぶわっと購買が騒がしくなった。
ユメも私も不思議そうにあたりを見渡す。するとどこからか「竹内くん」という声が聞こえてきて、ユメのテンションが一気に上がる。
声のした方へと生徒の波をかき分けて進むと、その『竹内くん』がいた。
頭一つ抜き出るほどの高身長。少し茶色がかった紙に、ひときわ綺麗な顔立ち。そんな彼が友達と楽しそうに笑った。その優しそうな笑顔に、ますます騒ぎが大きくなる。
すごい人気。こんな人のことを知らなかったなんて…。
ユメも「竹内くーん」と、他の女子に混ざって叫んでいた。まるでアイドルのコンサートのような盛り上がりだった。
私がもう一度竹内くんの方へ視線をやると、すでに彼の姿は大勢の人に紛れて見えなくなっていた。
初めて見る竹内くんは、噂通りのイケメンだった。
かっこいいだけじゃ、これほどまでの人気は出ないだろう。いったい何が彼をそこまで魅力的にしているのだろうか。
「竹内くん行っちゃったー。ノンちゃん?どうかした?」
ユメが不思議そうに私の顔を覗き込む。
「もしかして、ノンちゃんも竹内くんに惚れちゃった?」
私は慌てて誤魔化した。
放課後、母と待ち合わせをしている病院へとバスで向かった。
『まもなく、総合病院前、総合病院前』
アナウンスが聞こえると同時に降車ボタンを押す。バス停から見上げる病院は恐ろしく無機質で、真っ白な巨人のように私の前に立ちはだかった。
朝のうちに母が予約を済ませており、受付をして診察室へと向かった。
消毒液の匂いが漂う廊下を進んで行く。
診察室の前で立ち止まり、一息ついてドアをノックすると、
「どうぞ」
と、女の人の声がした。ドアを開けて中の入ると白衣を纏った上品な顔立ちの女医が椅子に座っていた。以前がんにかかったことや、一昨日のふらつき、背中の痛みのことを話した。
「とりあえず、検査をしてみましょう」
数日後、母と一緒に検査結果を聞きに女医の元を訪ねた。ただの疲れからくる何かだと信じて診察室へ入った。女医の横には看護師やカウンセラーが同席していた。
「がんが、再発しています」
耳を疑った。血の気が一気に引いて寒気を感じ、心臓が今にも張り裂けんばかりに高速で叩かれる。
中学の時に担当の医者に言われた言葉が頭の中をよぎる。
『がんが再発したら、その時は手術が出来ません』
どうか、神様…。
そんな願いは、女医の一言で消し去られた。
「残念ですが、手術は出来ません。来年、年を越せるかどうか……」
そのあとは女医が何を言っているかは私の耳には届かなかった。まるで世界から明かりが消えたように視界は真っ暗になった。隣にいるカウンセラーの女性の声で、はっと現実に戻される。何を言っているのか理解出来るほどまともじゃなかった。
「私たちが精いっぱいサポートします」
とだけが理解できた。母は泣き崩れていたが、私はショックのあまり涙一粒も出ずただただ呆然とするだけだった。
五月二十三日、私は命のタイムリミットを知った。
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