許嫁編 作戦④


 それから数日して、学校は六花の噂でもちきりになった。


 アタルさんが毎日送り迎えをしてくれるので『あれは誰だ?』という話になったのだ。

 六花は沈黙を守っており、校内新聞は好き勝手に妄想を書きまくっていた。


 女子生徒に囲まれ質問責めにもあっていたようだが、六花は飄々としていたので、俺も深くは関わらなかった。


「いよいよ今日ですね」


 化粧によってすっかり大人びた六花が、やや緊張した声で言った。


「なんだよ。緊張してんのか?」


「お兄ちゃんは平気なんですか?」


「平気だよ。ただ食事がのどを通らないだけだ」


「……」



 姫華さんと許嫁は、午前11時にパンダホテルのラウンジで会う予定だ。


 その予定をすこし変えさせる。


 許嫁とその父親がホテルに到着するのを見かけたら、声をかけて別の部屋に案内する。

 先ほど『ラウンジは混むかもしれないので個室をとりました』と許嫁にラインを送ってある。


 六花とアタルさんは『姫華さんとその兄』のフリをして、既に個室に入って待機をしている。


 二人には、許嫁とその父親を幻滅させる役割が与えられている。


 許嫁をがっかりさせて『思ってたのと違う』そう思わせれば俺たちの勝ちだ。



 俺の方は、俺とほたる先生が『許嫁とその姉』のフリをして、ラウンジで姫華さん達を待っている。


 姫華さんを見つけたら、また別の個室に誘導する予定だ。


 ちなみに何人か、劇団の人達にも協力してもらっている。



「姫華ちゃん来たよ」


 ほたる先生が、俺の耳元に呟くように言った。


 体に緊張が走る。


 今の俺は、写真をもとに許嫁と同じ髪型、同じ色合いのメガネを再現している。


 風邪気味という設定でマスクもしている。


 いきなりバレたりはしないはずだ。


 声をかけようとホテルの入り口に近づくと、


「おい! お前ふざけんなよ!」


 男が急に姫華さんに近づいてきて怒鳴った。


「え?」


 男は、見覚えのある銀髪だ。


「先生。どうします?」


 俺が聞くと、


「とりあえず。様子をみよっか」


「なんで昨日こなかったんだよ!」


 九条くんは、姫華さんに怒鳴り続ける。


「君は誰だね?」と、姫華さんのお父さんらしき人が言った。


「は!? あんたこそ誰だよ? 俺は今いそがしいから邪魔すんなよ!」


「私はこの子の父親だ」


「はーん? だから何? まじウザったいんだけど。あっちいけよ!!」


「どうしました?」


 ホテルマンらしき人が間に入ってきた。


、しばらくして九条君は「ちっ」と舌打ちして去っていった。


 どうやら終わったようだ。


「天河さんですか?」


 知らない女性が、姫華さんの父親に話しかけた。


 どうやら劇団員の人の方が、俺たちよりも早かったようだ。


 俺は、ほたる先生とアイコンタクトして、予約してある部屋に先回りした。


「し、失礼します」


 しばらくしてから、ガチガチに緊張した様子の姫華さんが部屋に入ってきた。


 いつもとは違う、大人びたワンピースとスカート姿だ。


 ナチュラルなメイクを施していて、人間は、これ以上は綺麗になれないだろうというレベルを、一つも二つも超えてきたようだ。


 さすが姫華さんだ。


「初めまして。白豚公人です」


 立ち上がって挨拶する。


「おや? 白豚さんは?」


と、姫華さんのお父さんが眉をひそめた。


 本来会う予定の許嫁の父親がいないのだから当然だろう。


「父は少し遅れていまして、後から来る予定なんです」


 姉役の先生が答えた。本当は母親役のはずだったが、先生が童顔過ぎて姉役になった。


「あなたは?」


「娘の谷子です」


「ああ娘さんでしたか。いや、白豚さんに娘さんがいるとは知りませんでした」


「普段はあまり交流が無いものですから。今日は公人の大事な許嫁が決まるかもしれないと聞いて伺いました」


 いつものふざけた雰囲気を一切隠している。


「どうぞお座りください」


 先生が言うと、姫華さんと父親が席に着く。


 俺はこっそり深呼吸をする。気持ちを切り替えて、意識を集中する。



 まず最初は、姫華さんの父親が話し始めた。


 娘はこんな子で、こんなことをしている子なんですよ。というような内容だった。


 先生は、笑いながら相槌を打ち、ときどき質問をはさんで会話をコントロールしている。


 許嫁の父親はなぜまだ来ないのか? なにかあったのではないか? 色々な質問をされるが、先生はその都度、話の矛先を変えて、のらりくらりとかわしていく。


 二人はずっと喋っているが、姫華さんは、うつ向いてテーブルの上の花を見ていた。


「花。綺麗ですよね」


 俺は姫華さんに話しかける。


「え? あ、そうですね」


 我に返った姫華さんが、にこりと愛想笑いをする。ずいぶん緊張しているようだ。


「何の花なんしょうね?」


「バラでしょうか? あんまり詳しくなくてすみません」


「いえ。僕もぜんぜん詳しくないので。珍しい色ですよね」


「そうですね緑は見たことないですね」


「まあ、普段は花なんて見ないんですけどね」


「私もです」


 ふふ、と姫華さんが笑った。


「それより今日は無理言ってすみませんでした」


 俺はすまなそうな顔をする。


「いえいえ。私なんかにはもったいないお話です」


「実は今回の件は、僕が父に「綺麗な人を見かけたよ」って話をしただけなんです。それなのに大げさな事になってしまって。このお話は必ずなかった事にするので、今日だけ我慢してくださいね」


 姫華さんが安心するような言葉を選んで伝える。


「そ、そうなんですか?」


 姫華さんは困惑しているようだ。


「もちろんですよ。今の時代に許嫁もないですからね。だから今日はお話だけ付き合ってくれますか?」


「も、もちろんです」


 口元が笑っている。ちょっと安心したのだろう。


「そうだ。この近くに、かわいい猫のいるうどん屋があるのは知ってますか?」


「え。知らないです」


「これなんですけど」


 俺はスマホに撮ってあった猫の写真を見せる。


 今日の為に昨日、有名な猫のいるうどん屋まで行って写真を撮って来たのだ。


 姫華さんが猫好きだというのは六花情報だ。


「わ。かわいい」


「ちょっとブサイクな猫ですよね


「でも、それが逆にかわいいです」


「確かにそうかもしれませんね。人懐っこくって、うどん食べてると近くまで来てくれるんですよ」


「うわあ。会いたいです」


「住所はここなんですけど、猫は気ままなのでいないこともあるそうです」


「そうなんですかー」


 それから俺は、姫華さんが興味を持ちそうな話を順番に話した。


 少しでも、姫華さんが楽しく過ごせるように。


 食事が運ばれて来たが、ぜんぜん喉を通らないのは姫華さんも同じようで、ほとんど箸が動いていなかった。

 

 だから俺は、実際にあった学校での失敗談などを、すこしアレンジをくわえて話した。

 彼女はすこしだけ笑ってくれた。


 時計を見る。


 そろそろ時間だな。


 俺が先生を見ると、先生はコクリと頷いて、


「すみません。公人はちょっとお手洗いに……」


 部屋を抜け出して、トイレに入る。


 その前のソファに腰を下ろす。


 スマホを取り出して時間をつぶしていると、俺の後ろに人が座る気配があった。


「そっちはどうですか?」


 俺の真後ろに座った六花が、後ろ向きのまま喋る。


「普通だよ。今のところバレてない。先生がうまくやってくれてる。そっちは?」


「ふふふ」


と、六花は不敵に笑い、


「めちゃくちゃ喋るお坊ちゃんでしたが、私が叩きのめしたら静かになりましたよ。白豚公人くんのお父さんは青い顔をしていましたね」


「やりすぎてないか? 大丈夫か?」


「大丈夫ですよ。お坊ちゃんに、男性が考えている女性というのはただの幻想なんだと教え込んでやりましたよ。後半はもう、茫然自失状態のようでしたね」


「大丈夫かな公人くん、トラウマになってないかな?」


「それよりお兄ちゃん。姫華からラインが来ましたよ」


「え? 今?」


「はい。お兄ちゃんがトイレに来たので暇になったようですね」


「暇になったわけじゃないだろ。でも良かった。最初、ガチガチに緊張してたみたいだったからさ。ラインを送るって事は余裕が出来たんだな」


「……お兄ちゃんは、姫華には優しいですよね」


 不満そうな声だ。


「俺は誰にだって優しいだろ」


「そうでした。女の子には優しいんですよね」


「……」


「それより、どんな魔法を使ったんですか?」


「どういう意味だよ」


「姫華の『許嫁』に対する評価がうなぎのぼりですよ」


「ど、どういう事だよ?」


「じゃあ送られて来たラインをそのまま読みますね『思ってた人と全然ちがってた。大人の余裕があってすごく安心できる人。私、こんなに安心できる人は初めてかも。お話してても楽しい』もうこれ結婚できるんじゃないですか?」


「結婚されたら困るんだよ」


「でもお兄ちゃん。どうして助けに入らなかったんですか?」


「助けに? 姫華さんは別に、助けるに入るのが必要なほど困ってなかったぞ」


「違いますよ。朝です。姫華が九条に絡まれていたのに助けに行かなかったじゃないですか」


「あ、見てたのか」


「はい。ちょうど許嫁を迎えに行っていましたので」


「けっこう時間ギリギリだったな。かち合わなくて助かった」


「でも何で助けに行かなかったんですか? 姫華が困っていたら、お兄ちゃんなら絶対に助けに入ると思ったのに」


「いや。あそこで行ったらマズいだろ。俺は今日は別人なんだから」


「じゃあもし、絡まれていたのが私だったらどうしてましたか?」


「同じだよ。こういう所では、ちゃんとした人が対処してくれるんだから大丈夫だよ」


「つまんない答えですね」


「悪かったな」


「それじゃ、もう少しですのでよろしくお願いしますね」


「ああ」


 お互い立ち上がって、部屋に戻る道を歩き出した。


 部屋の少し手前で、タキシードを着てしゃがんでいる小太りの男を見つけた。


 見覚えのある顔だ。許嫁の白豚公人だ。


 なにしてんだ?


「メガネ……メガネ……」


 メガネを探してるのか?


 辺りを見回すと、観葉植物の所にメガネが落ちていた。


 俺はメガネを拾って渡す。

 

「助かりました! ありがとうございます! あ。ちょっと待っててくださいね!!」


 公人くんは、ドタドタと走って近くの自販機まで行くと、すぐにヨタヨタとしながら戻って来た。


 なんだろう。ちょっとかわいいな。


「これ。良かったら飲みませんか?」


 500mlのコーラだった。


 ちょうど喉も乾いていたのでありがたく受け取る。


「どうぞ」


 と、なぜか座るように促されたので、、言われたまま座る。


「今日はいい天気ですね」と、公人くんが言った。


「そうですね」


「はーっ」っと、小太りの男は長い溜息をついた。


「一目ぼれって、信じますか?」


 公人くんが言った。


「一目ぼれ?」


「はい。ボク、数週間前に、父が経営しているショッピングモールの視察に行ったんですけど、そこで彼女に出会ったんですよ。すごく綺麗で、まるで女神か天使がそのまま人間になったようでした。いるんですね。天使って」


「はあ」


 いきなり喋り出したな。


「父に言ったら、見覚えのある子だなって事になって、調べたら父の取引先の相手の娘さんだったんですよ」


「すごい偶然もあるんですね」


「そうなんですよ。それで、父が「お前が気に入ったなら許嫁にしろ」って言ってきて。とりあえず会ってみようって話になったんです。そしたら彼女、ショッピングモールで見た時よりも数段綺麗になっていてびっくりしました。そして実際喋ってみたら彼女、凄かったんです」


「凄かった?」


「凄く僕を馬鹿にしてくるんですよ。父は青筋を立てて怒るし、すごい空気感でした」


「……」


「でも、僕のダメなところをダメだって言ってくれて、凄く嬉しかった」


「え……嬉しかった?」


「はい。後半はもう『太りすぎ』とか。しまいにはデブとか言われてしまって。『本当にシロブタね』なんて言われちゃって、なんかもう……」


「……」


「もっと言われたい。とか思っちゃったりして」


 そう言って、真っ赤になって照れだした。


 え?


 これ大丈夫?


「怒ったりはしないんですか? そんな酷い事言われて」


「でも本当の事ですから。それに面と向かって言ってくれる人ってなかなかいなくて。こんな人とずっと一緒にいられたら幸せだろうなって」


「で。どうするつもりなんですか?」


「ぜひ許嫁になってほしいって伝えるつもりです」


「……」


「ああ。最初に見た時と変わらない。面白くて素敵な人でした。奇抜なひょっとこのお面をかぶって、お兄さんか誰かを驚かせようとしてるのを見た時は、かわいくて心臓がドキドキしちゃいましたよ」


「ゴホッ! ブホッ!! ゲホゲホッ!!」


 俺はコーラを噴き出した。


「だ、大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫です」


 六花じゃねえか。


 偽物もなにもねえよ。


 最初からこの人、六花に一目ぼれしてたよ。


「よかったらこれ使ってください」


と、上品なハンカチを差し出して来た。


 そんな高そうなの触りたくない。

 

 俺は顔を横に振り、


「大丈夫です。それより名前を聞いてもいいですか?」


「白豚公人です」


 ですよね。


「俺は、高羽りくです」


 俺は本名を伝えた。


「それじゃあボク。そろそろいかないと」


「はい。頑張ってください」


 俺は、今日の作戦の失敗を確信した。


 部屋に戻ろうとドアを開けると、ブルブルとスマホが鳴った。


 ラインの通知だ。


 アタルさんからだ。


 開くとこう書いてあった。


アタル【六花ちゃんが戻って来ない。なにかあったのか?】





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