許嫁編 作戦②
六花はテーブルの上に、スマホを2台おいた。
「こっちが姫華のスマホ。こっちが私のスマホです」
「え? どういうことだよ?」
混乱した俺が聞くと、
「お兄ちゃんには夜に改めて説明しますので、今はお静かに」
そう言って、六花は人差し指を俺の唇に当てた。
「あ、はい」
六花の圧に押されて頷く。
「仲がいいなー。いーなー。私も混ぜて欲しい」
ほたる先生が、六花に顔を近づける。
「胸を近づけないでください。先生」
「別に胸だけ近づけてないよー」
「先生に質問があります。いいですか?」
「もちろんいいよ。なに?」
「生まれたばかりの子猫が、ライオンの群れに囲まれています。先生は助けたいと思いますか?」
「え? なに? 心理テスト?」
「そのようなものです」
「もちろん助けるよー」
「では、どれぐらい危険を冒せますか?」
「危険?」
「死を覚悟してでも助ける覚悟がおありですか?」
「それはないかなー」
「なんだ。先生はその程度ですか」
「えっと……どういう事? ……先生は、猫を助けるためにサバンナか何かに放り出されるのかな?」
「私の姉、つまり天河姫華がライオンに食べられようとしています」
「ライオンに?」
「はい。でも助けるのにあたって、ライオンに怪我をさせられる可能性があります」
「どの程度の怪我?」
「教員免許を失う可能性すらあります」
「なんだ。その程度なんだ」
「え……? いいんですか? 先生の職を失うかもしれないんですよ?」
「そうしたらアイドルやるもん」
「アイドル?」
「実は、地元でアイドルしてくれないかってオファーが来てるんだ。だから、教職がダメになったら、先生は地元でアイドルやるよ」
「その歳でですか?」
「私、18歳だよ?」
「……なるほど」
青い顔をして頷く六花。
「それで? 私は何をすればいいのかな?」
「え?」
「もう考えてあるんだよね? 六花ちゃんの事だから」
「さすが先生。話が早いですね」
「もちろんだよ。そうじゃなきゃ、とうに父兄の奥様方から袋叩きにあってもん」
「そこはあえて触れませんが、とても心強いです」
「何をさせられるのか、ちょっとワクワクしちゃうね」
「先生はラインの挙動に詳しいですか?」
「ラインの挙動? なあに? 姫華ちゃんのラインにイタズラするの?」
「話が早いですね。簡単に言うなら、私と姫華を入れ替えたいんです。私が姫華のフリを出来るようにしたいんです」
「六花ちゃんと姫華ちゃんのラインのアカウントを、まるまる入れ替えたいってこと?」
「いえ。あくまで一人とのやり取りで。です」
「一人?」
「姫華の許嫁です」
「姫華ちゃん。許嫁なんていたんだね」
「先週できたらしいです」
「先週? 先週って、前の週って意味の先週?」
「そうです。その先週です。実は、私と姫華には血のつながった父親がいまして」
「誰だっていると思うけど……」
「その父親には仕事上の取引先がありまして。その取引先のお偉いさんの一人息子が姫華を気に入っちゃったらしくて」
「それで許嫁なの?」
「はい」
「断れなかったの?」
「実は、姫華の父親は、慰謝料の支払いなどで家計が火の車でして」
「なるほどねー」
「そうなんです」
「姫華ちゃんはなんて言ってるの?」
「仕方ないよね。って諦めてます」
「念のため確認するけど、姫華ちゃんは乗り気じゃないんだよね?」
「姫華は男性恐怖症です」
「そうだった。ごめんね」
「姫華を見た目だけで好きになって、親の力を使って許嫁にするような相手に、姫華を幸せにできるとは思えません」
「そうだねー。それに、結婚だけが女の幸せじゃないしね」
「先生が言うと、説得力が違いますね」
「うふふ。ありがとー」
「できそうですか? 設定」
「姫華ちゃんと許嫁くんのラインのやり取りを、六花ちゃんと許嫁くんにすり替えるって事だよねー?」
「そうです」
「姫華ちゃんと許嫁くんの二人はもう会ったの?」
「いえ。それはまだです」
「なら……大丈夫じゃないかなあ」
「そうなんですか?」
「関係が出来上がる前なら、多少不自然な事をしても気にならないものだよ」
「それは経験上のお話ですか?」
「さあ……どうかな?」
そう言って、先生は意味ありげに笑う。
「頼もしいです。では、どうすればいいですか?」
「ちょとスマホを見せてくれる? ……なるほどなるほどー」
先生がスマホを確認するのを、六花は真剣に見つめている。
俺はというと、まるで話についていけていない。
ただ、姫華さんが許嫁に対して前向きじゃないって事だけは理解した。
「まず最初にやる事は、六花ちゃんのラインでの名前を「天河姫華」にすることなんだけど、やっても大丈夫?」
「何か問題がありますか?」
「六花ちゃんがラインで登録してるお友達に、六花ちゃんが「天河姫華」になったようにみえるんだよ。お友達がびっくりしちゃう」
「それなら大丈夫です。ラインに登録してあるのは姫華とお兄ちゃんだけですから」
「え? 学園のアイドルが。すごい意外だね」
「不要な人間関係はストレスになるだけです」
「うふふ。昔の私にそっくりだなあ」
「ずっと昔のままでいて欲しかったです」
「え? どういう意味?」
「それで、名前はどうやって変えるんですか?」
「私がやるよ。ちょっと貸して」
「はい」
「まず、六花ちゃんの名前を「天河姫華」に変更したら、次は許嫁くんと姫華ちゃんのトークルームに偽姫華ちゃんのアカウントを入れて、本物姫華ちゃんのアカウントを退出させるの。それから姫華ちゃんのスマホで許嫁君をブロックして削除だよ」
「それって相手に怪しまれませんか?」
「大丈夫だよー「前のスマホが壊れたから新しくしました」とか言っておけば、普通はそこまで気にしないから」
「それも実体験ですか?」
「うふふ」
「それで次は?」
「これだと姫華ちゃんのスマホから見た時に、六花ちゃんのアカウントが「天河姫華」になってるので、姫華ちゃん側で「天河六花」に戻すね」
「そんなことも出来るんですね」
「はい。おしまい」
「これで終わりですか?」
「偽姫華ちゃんである六花ちゃんと、許嫁くんのトークルームは問題ないね、ただ、これだと姫華ちゃんのラインから「許嫁くん」が消えたままだね」
「なるほど。さすがに姫華でも気付くでしょうね」
「そうだね」
「なにかいい方法はありませんか?」
「代わりの人を用意したらいいよ」
「代わりの人?」
「そう。許嫁くんのフリをして、姫華ちゃんとラインをする人を用意するの」
「そんな人……1人いますね」
「だよね」
先生と六花が同時に俺の方を向いた。
「え? なんだよ?」
「お兄ちゃん。頼みたいことがあります」
「スマホを渡せばいいのか?」
俺は六花にスマホを渡す。
「いいんですか?」
「正直、何が何だかわからない。でも、俺はこういう時の六花の気持ちが、お前のお姉さんを助けたいっていう気持ちが本物だってことを知ってるから。だから好きにしていいよ」
「……ありがとうございます」
六花は深く頭をさげる。
「いいよ。俺はお前の兄なんだから」
「ふふふ」と六花は嬉しそうに笑う。
先生は、俺のスマホを六花から受け取って、
「高羽くん。姫華ちゃんとのラインの履歴は消してだいじょーぶ?」
「よくわからないので好きにしてください」
「高羽くんて、六花ちゃんが絡むと急に物わかりがよくなるよね。うらやま」
「は?」
「自覚はないんだね。六花ちゃん。あとで高羽くんにも説明してあげてね」
「もちろんです。とりあえずお兄ちゃん。しばらくスマホを預からせてもらっていいですか?」
「別にいいけど……」
「ありがとうございます」
「すごいなー。私は、絶対に人にスマホなんて渡せないな」
「先生。あとは?」
「あとはねー。やっぱり姫華ちゃんのスマホなんだけど。今度は高羽くんの名前が消えてたら怪しむよね?」
「そうですね……ではどうしたら?」
「よし。じゃあ私のアカウントを高羽くんとして登録しちゃおう!」
「お願いします」
「こんなとこかな。私が高羽くんのふりをして、高羽くんが許嫁くんのふりをする。そして六花ちゃんは姫華ちゃんのふりをする感じ」
「完璧です。ありがとうございます」
「それで? これから何をするつもりなの? これで終わりじゃないよね?」
「さすが先生。話が早いですね」
「当然だよお。先生はこれでもたくさんの修羅場を潜り抜けてきたからね」
「経験者の言葉は重みが違いますね」
俺は六花を信じている。
けれど、この二人を引き合わせてしまって良かったのか心配になって来た。
「それで? 先生は何をすればいいのかな?」
「先生には、お母さん役をやってほしいんです」
「お母さん役? 誰の?」
「許嫁のです」
「どういう意味?」
「今週の日曜日。許嫁と姫華の初顔見せがあります。場所はパンダホテルのラウンジ。姫華の許嫁と、その父親が来ることが予想されます」
「うん。そうだよね」
「こっちサイドでは、姫華と父親が会いに行くはずです」
「うんうん」
「ラインでうまく誘導して、場所を変更させて、姫華の代わりに私が会いに行って、相手の恋心を破壊してきます」
「なるほど。面白そう!」
「面白くなると思いますよ」
「でも一人でいくの?」
「はい。父親がこれなくなったとか言えば、何とかなるんじゃないでしょうか」
「それだと怪しまれるよ。アタル君がいるから、アタル君と行って」
「アタル君?」
「私の弟なんだけど、役者をしてて、そういうの得意なんだ。アタル君に偽姫華ちゃんのお兄さん役をやらせるよ「父親が遅れてこない、なにやってんだよ」みたいな演技をさせればちょうどいいよね?」
「あ。助かります」
「それで、姫華ちゃん側はどうするの?」
「そっちを先生に対応して欲しいんです。偽許嫁とその母親として、姫華たちに会って欲しいんですよ」
「なるほど。許嫁の父親だと、姫華ちゃんの父親が知ってるものね」
「はい。なので母親役です」
「でも、それだと姫華ちゃんには、私だってバレちゃうんじゃない?」
「週末までに、胸についた脂肪を吸引してくれれば大丈夫ですよ」
「えー! 痛そう! だったらサラシか何か巻いていけばいいよね?」
「はい。どっちでもいいです」
「でも、許嫁くんの代わりはどうするの?」
六花は、チラリと俺を見た。
「なるほどね。いい考えだね」と、ほたる先生。
え?
なんで二人してこっち見たの?
「お兄ちゃん。お兄ちゃんに、折り入ってお願いがあります」
「任せるよ。何でも言ってくれ」
と、俺は一言答えた。
「本当ですか?」
「もちろん」
「じゃあ、お兄ちゃんには『高羽りく』だと気付かれない様に変装し、そのうえで『白豚公人』として、顔見せにいって欲しいんです」
「ん? どういうこと?」
まだよくわかってない俺に、
「それじゃあ簡単に言いますね。お兄ちゃん」
と、真っ直ぐに俺を見つめる六花。
「ああ。頼む」
「姫華とお見合いしてください」
六花は言った。
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