許嫁編 マシュマロの夢⑥


 1日戻って土曜日の夜。


 歯医者で口の中に詰め物をして貰った六花は、先ほどから頬を気にしながらテレビを見ている。


 テレビでは、芸能人がクイズに答えられなくて、とんちんかんな回答を行っていた。


 六花はスマホを操作すると、ピコン! と俺のスマホが音を立てた。


【お兄ちゃんは何だと思いますか?】


 六花からラインが送られてきた。


「何が?」


【クイズです】


「悪い。よく見てなかった」


【いえ。答えはタレー・ブア・デーンでしたね】


 やり取りをしている間に、テレビでは答えを流していた。


 ピンクの睡蓮がたくさん広がっている景色だ。


「綺麗な景色だな」


【そうですね。そういえば、お腹が減りませんか?】


「ご飯。食べれるのか?」


【私は無理そうですが、お兄ちゃんはご飯を食べないんですか?】


「今日はいい。明日、一緒に食べるよ」


【私のことは気にしないで食べてください】


「いや。いいよ」


【私、上に行ってますね。ちゃんと食べてください】


「大丈夫だよ」


 そう答えたのに、彼女はタタタと2階への階段を昇っていってしまった。



 翌朝。


 六花の部屋をコンコンコンと、ノックする。


 返事がない。


 まだ口の中の調子が悪いのだろうか。


 ピコン! と俺のスマホが音を立てた。


【どうしましたか?】


 俺はスマホでメッセージを送り返す。


【大丈夫か?】


【はい。だいぶ良くなってきました】


【ご飯。食べれそうか?】


【まだすこし難しいです】


【わかった。カロリーブロックとか、ゼリーとか柔らかそうなものをテーブルに置いておくから、食べれそうなら食べてくれ】


【ありがとうございます】


 なぜ部屋から出てこないのだろうか。


 少し気になった。


【これからほたる先生にあってくる】


 ラインで送ると、


【いってらっしゃい】


とだけ返ってきた。


 文章が単発で短いのも気になった。


 微妙な態度の変化。


 本当の兄妹なら、簡単にとび越えてしまうような変化なのだろうけれど、今の俺には変化を受け入れることしかできなかった。


 

 夕方。


 家に帰った俺は、六花の部屋のドアをノックした。


「はい」


 声で返事が返ってくる。


「大丈夫か?」


 部屋の外から声をかける。


 すぐにドアが開かないことに、不安を覚える。


「六花?」


「ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」


 ドアは開かず、部屋の中から返事が返ってくる。


「ご飯、食べれそうか?」


「はい。もう普通に食べれますよ」


「そっか。良かった。何か食べたいものあるか?」


「口をあまり開けずに食べれるものが嬉しいです」


「わかった」


「はい。お手数をお掛けします」


 出てくる様子はない。


 俺は、ため息をつきつつ1階へと降りる。


 結局、ドアが開くことはなかった。


 微妙な変化が気になった。


 人と人との関わりなんて、一瞬で変わってしまうのかもしれない。



 キッチンで夕食を準備する。


 オムレツや半熟卵など、やわらかい卵をメインに料理を作った。


【すみません。自分の部屋で食べてもいいですか?】


 ラインで送られて来た。


【いいけど。何かあったのか?】


【別に何もないですよ】


 作った物をトレイにのせて部屋に運ぶ。


【ごちそうさまでした】


 ラインが送られてきて、綺麗に食べ終えた食器が廊下に出してあった。



 翌日。


 月曜日の朝。


 六花が起きてこない。


 部屋の外から声をかけると「起きていますよ。大丈夫です。学校にはいけそうです」


 キッチンに朝食を用意しておいた事を伝えると「ありがとうございます」とだけ返って来た。


 もう一日以上、六花の顔を見ていない。


 理由はわからないが、俺がいると出てきづらいのかもしれない。


「先に行ってるからな」


 そう声をかけて家を出た。


 何があったのかを知る必要がある。


 早急に。


 いつもより1時間ほど早い登校。


 教室にはまだ、生徒の数はほとんどなかった。


 姫華さんも来ていない。


 俺は昨日の夜のうちに書いた手紙をかばんからだして、姫華さんの机の上に置いた。


 もちろん告白じゃない。


 六花が隠している事を、姫華さんになら話すのではないか。そう期待して相談の手紙を書いた。


 ダメ元でラインIDもいれておいた。


 姫華さんが登校してきて、すぐに机の上の手紙に気づいて読み始めた。


 しばらくして、ポケットの中のスマホがブルブルと震えた。


 期待していなかった姫華さんからのラインが届いている。


【聞いてみるね】


【ありがとうございます】


 俺が返すと、かわいい猫が『まかせて!』としているスタンプが送られて来た。



 六花はギリギリの時間に登校して来た。


 口を切った側の頬がわずかに腫れている。


 すぐに男子どもが気付いて騒ぎ出した。


「六花さんが虫歯?」


「まさか。妖精は虫歯にはならないだろ?」


 校内新聞の号外も出て、六花の頬が腫れたことについて書かれていたが、全て憶測だった。


 俺が知りたいのは憶測じゃない真実だ。


 

 学校が終わって帰宅した後、手を洗おうと洗面台の蛇口をひねると、バタンと家の玄関がしまる音がした。


 六花が帰ってきたのだろう。


 近づいてくる気配があった。


 石鹸で泡を作りながら「おかえり」と、声をかける。


 彼女は返事をせずに、俺の後ろ側に回った。


「?」


 手が泡だらけの俺は、後ろを向けずに「どうしたんだ?」と聞いた。


 すると彼女のきれいな両手が後ろから伸びてきて、俺を背中側から抱きしめた。


「え? おい」


「こっちを向かないでください。頬が腫れていて恥ずかしいので」


「ごめん」


「こちらことごめんなさい。でも本当になんでもないんです。ただ口を切って、頬が腫れて、こんな姿をお兄ちゃんに見られたくないだけなんです」


「そう……なのか?」


「はい。もうほとんど大丈夫なんですけど、まだちょっと腫れてるので、ご飯は別々でもいいですか?」


「わかった。いいよ」


「ありがとうございます」


 泡を流そうと蛇口をひねると、


「あ。待ってください」


「え?」


「泡がもったいないので二人で使いましょう」


 そう言って彼女は、俺の両腕の中に入って来て、俺の手に自分の手を絡めた。


「おい。なにしてんだよ」


「こっちを見ないでください」


「見えないよ」


 彼女は、俺の両腕の中にすっぽりと入っている。


 頭しか見えない。


 ごしごしと、六花は俺の手で自分の手を洗いはじめた。


「これ、どういう状況だよ」


「しっかり洗いたいので、もう少し我慢してくださいね」


「普通に石鹸つかえよ」


「いえ。こうすると綺麗になるんですよ」


「一緒だよ。むしろ俺が使ったから洗浄力がおちてるだろ」


「知らないんですか? お兄ちゃんの手には、凄い洗浄力があるんですよ?」


「ないよ」


「あ。そうだ。ビッグニュースがあるんですけど、聞いてみたくないですか?」


「ビッグニュース?」


「悪いニュースと良いニュース。どっちから聞きたいですか?」


「じゃあ……良いニュースから」


「悪いニュースは、まだ行われていないって事です。それが良いニュースです」


「どういう意味だよ」


「まだ邪魔をできる。って事ですよ」


「?」


 ぜんぜん意味が分からない。


「じゃあ悪いニュースは?」


 彼女は蛇口から水を出して、俺の手と自分の手を同時に洗いながら、こう言った。


「今週の日曜日。姫華が許嫁に会います」





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