許嫁編 マシュマロの夢⑤


 ファミレスの窓に、六花らしき少女が男と歩いているのが見えた。


 俺は、先生に急用ができたことを伝えて外にでる。


 店の前を左にでて、もう一度左に曲がる。


 さきほど六花を見かけた窓の面している通りに出ると、遠くに六花達が歩いているのが見えた。


 よし。あれなら追いつけるな。


 しかし走りながら、不安になってきた。


 よくよく考えたら、六花は妹とはいえ、少し前までただのクラスメイトだった他人だ。

 

 追いついて、それでどうすると言うのだろうか。


 なんて言う? その男は誰だよ? と、妹を問い詰めてどうすると言うのだろうか。


 俺は。走るペースが落ちてくる。


 俺が追いつく前に、2人は、信号が変わりそうになっている横断歩道を渡り始めた。 

 マズい。そう思ったがもう遅い。


 俺は信号で止まり、二人は信号を渡り切った。


 俺はダメもとで、スマホで六花に電話をかける。


 男と談笑している六花は、俺の電話に気が付く様子はない。


 信号の先で2人は建物を曲がり、見えなくなった。


 信号が青になり、慌てて横断歩道を渡って探すがどこにもいない。


「くそ……」


 あの男は誰だろうか。


 彼氏がいるなんて聞いていない。


 もしかして、あれが前に言っていた、六花の好きな人なんだろうか?


『はい。どうしましたお兄ちゃん』


 かけ続けていた電話に六花が出た。


 まさか出るとは思わなかった。


 意外に思いながらも、


「あ、六花。今……どこにいるんだ?」


「どこって……ファミレスですけど……?』


「え?」


『お兄ちゃんこそ、血相かえてどこに飛び出して行ったんですか? 先生がすごく困ってましたよ』


「……は? だってお前……いま……」


『いま……なんですか?』


 え? じゃあなに? 今のは姫華さんなのか?


『お兄ちゃん? 大丈夫ですか?』


 六花の声が少し低くなる。心配そうな声だ。


「悪い。勘違いした。大丈夫だ。いま戻る」


 頭の中が「???」のまま、俺は歩いてファミレスに戻った。


 男と歩いていた彼女がつけていた蝶のヘアクリップは、俺が六花にあげたものだ。


 でも六花はいま、ファミレスにいるという。


 なにが、どうなってるんだよ。 


 ファミレスに戻ると、ほたる先生と真紀子さんが二人で向かい合って座っていた。


 ぐるりと見回すが、六花も見当たらない。うまく隠れているようだ。


「あら。戻って来たのね。おかえりなさい」


 ほたる先生が俺の姿を見つけて、小さく手を振ってきた。


 俺は、手を振り返したりはせずに、ただ頷いた。


 ん? 真紀子さんの隣の席があいてるな。


「九条さんはトイレですか?」


 俺が聞くと、


「帰ったわ。急用なんですって」


「そうでしたか」


 真紀子さんの方を見ると、彼女は俺の視線に気が付いて、


「なによ?」


 不満そうに呟いた。


「別になんでもないです」


「それで? この後どうすんのよ。ほたる」


「あ。実はカラオケにいこうと思ってるの。いくわよね?」


「え? このメンツで? あんたの彼氏と三人とか嫌なんだけど」


 露骨に嫌そうな顔の真紀子さん。


 だが俺も賛成だ。


「じゃあ解散しましょうか」


「えー。せっかく集まったのにい?」


 口をとがらせる、ほたる先生。


「私。帰るわ」


 真紀子さんは立ち上がり、スタスタと店を出て行った。


 え? あの人。金払ってないよな?


 テーブルを見ても、伝票が置いてあるだけだ。お金を置いていった様子はない。


「じゃあ二人でいこっか。高羽くん」


「行きませんよ」


「えー」


 休日に、同じクラスの生徒と先生がカラオケにいるところを見られたら、リスクにしかならない。


 100歩譲って、俺と先生だけが退学になるだけならまだしも、そこから飛び火して、俺と六花が一緒に住んでいる事がバレたら目も当てられない。


「妹に迷惑が掛かる事だけは避けたいんで」


 俺が言うと、先生は、


「ほーんと、六花ちゃんのことばっかりね」


「家族ですから」


 俺は妹にラインを送る。


【六花。いまどこだ?】


 しかし、返事はなかなか返ってこない。


「それじゃあ先生。俺が飲んだアイスコーヒー代だけ置いておきますよ」


「えー。いいわよぉ。今日は来てもらったんだから」


 そう言って伝票を手に取って立ち上がる。


「さっきの人達。お金払っていきました?」


「払ってないわよ。真紀子は金欠だから、いつも払わないの」


「さっき、あの人、九条くんにピザをいくらでも食えって言ってましたよね?


「まあ。ああいう子だから。真紀子は」


「ああいう子?」


「そ。いろいろと自由な子なのよね~、昔から」


「待ってください。その話し方だと、もしかして、先生って真紀子さんより年上なんですか? あの人、30代とかですよね?」


「真紀子は20代よ」


「あ。そうなんですか。でも、それにしても……」


「え? なあに? さっきから何が言いたいの? 高羽くん」


「ええとその……先生の年齢って……」


「18歳だけど? そうよね? 高羽くん?」


 圧のある言葉に、


「そうでした。忘れてましたよ。先生は18歳でしたね」


「ええ。思い出してくれて嬉しいわ。それじゃ行きましょ」


 先生とは店の前で別れた。


 六花に送ったラインはまだ帰ってこない。


 それどころか既読にもなっていなかった。


【先に帰ってるからな】


 メッセージを送って、近所のスーパーで夕ご飯の食材を買って帰る。


 家の奥の方から「ジャー」という水道を流している音が聞こえたので、


「なんだ。帰ってたのか」


「……」


 六花は、洗面台で、一心不乱に手を洗っている。


「おい六花。ただいま」


「……」


 なんで返事しないんだよ。


「六花?……おい。なんだそれ」


 六花の白い薄手のカーディガンのあちこちに、血のような赤いものが点々とついている。


「おい、六花」


 すると六花は、手がビシャビシャのまま洗面台を離れた。


「おい! 手! 濡れたままだぞ?」


 六花はトイレに入り、少ししてから「ジャー」と水を流す音が聞こえた。


「あ、お兄ちゃん。帰ってたんですか? おかえりなさい」


 今きづいたような態度で、六花がトイレから出てきた。


「どういうことだよ。おい、その服の血はなんだ?」


 六花が口を拭うと、口の端に赤いものがついている。


「おい。口の中きったのか?」


「いえ。そんな事はないですよ」


「見せてみろ」


 近づいて、無理やり口を開けさせると、やっぱり口の中が切れていた。


 ガーゼとタオルを使って傷口を圧迫し、そのまま近所の歯科医へ連れていく。


 そこまで傷口は酷くなかったらしく、口の中にたくさん詰め物をされて返された。


 2人で家に戻ると、六花は部屋に戻らずに、リビングのソファに座った。


 俺も座る。


 六花は詰め物で口がきけないため、事情を聞くこともできない。


 俺はラインで【なにがあった?】と送ると、返事は【口を切りました】だった。


 どうあっても話す気はないらしい。


「話す気はないんだな?」


 俺が六花を睨みつけると、彼女はラインで返信して来た。


【怒りましたか?】


「怒ってないよ。ただ、残念なだけだ」


【ごめんなさい】


「そう思うなら話せよ。何があった? 何で口を切ったんだ?」


【ごめんなさい】


 なんで答えないんだよ。


 転んだ。とかじゃないのか?


「まさか、誰かにやられたのか?」


【違います】


「自分でやったのか?」


【はい】


「どうして?」


【話せません】


 なんでだよ。


「なんで?」


【ごめんなさい】


「……いつかは話せる内容なのか?」


 そう聞いた俺の質問に、返事は返ってこなかった。


 ただ、六花は俺のことをジッと見つめるだけだった。



 翌日。


 俺は、ほたる先生の所に向かった。昨日、六花を見たかもしれないからだ。


「あの場に六花ちゃんがいたの? 知らなかったわよ。何かあった?」


「いや。そんな大したことじゃないんですけど」


「そう」


「でも一応、真紀子さんにも、ファミレスに色白の綺麗な妖精みたいな女の子がいなかったか聞いてもらってもいいですか?」


「……」


「なんですか?」


「なんでもないわ。連絡してみるわ」


 微妙に何か言いたそうな顔で、ほたる先生はスマホを操作した。


 すぐにラインで返事が返ってきた。


【綺麗な子? いたわね】


「真紀子、見てたって」と、ほたる先生。


「おお。六花が何かおかしな事をしてなかったか聞いてください」


「わかった。聞いてみる」


 そして返ってきた返事は、


【一緒にいたじゃない。私のことでしょ?】


「……」


 は!?


 何だコイツ。


「落ちついて高羽くん。親の敵を見るような目で、私のスマホを見ないで」


 収穫は無かった。



 ファミレスにも行って聞いてみる事にする。


 しかし、ファミレスでも返答は同じだった。


 誰も何も見ていない。


 ただ、パフェを食べて支払いせずに帰った客がいることがわかった。


 店長は「いいですよ。本当にお客様のご家族の方かわからないんですから」と言ってくれたが、パフェ代を支払った。


 ここまで目撃情報はゼロ。


 本人は口を閉じたまま。 


「まいったな……」


 公園のベンチに座って、空を仰いだ。


「隣、いいか?」


 誰だ?


 視線をずらすと、ヨレヨレのシャツを着たお兄さんが目に入った。


「よお。高羽くん……だったか?」


「アタルさん」


 ほたる先生の弟さんだ。


「ずいぶんと酷い顔してるな。何かあったのか?」


「いや。実は妹と喧嘩をしまして」


「喧嘩?」


「言わないんですよ。口を派手に切った理由を」


「なんだそりゃ?」


 俺は、昨日あったことを、アタルさんに話した。



「へえ。じゃあ、お兄ちゃんの懐の深いところをみせてやらないとな」


 アタルさんが言った。


「どういう意味ですか?」


「妹ちゃんが言わない理由。高羽くんはわかるか? あ、タバコ吸ってもいいかな?」


 アタルさんが、胸ポケットからタバコを取り出した。


「どうぞ」


「悪いね。なかなかやめられなくてね」


 そう言って、タバコに火をつけて、俺とは反対の方向に煙を吐き出した。


「俺にはわかりませんね」


 俺は答える。


「わからないって?」


「理由です。妹が口を切った理由を言わない理由」


「わからないのは、高羽くんがお兄ちゃんだからだろうな」


「俺が兄だと、わからないんですか?」


「俺は弟だからよくわかるよ」


「教えてください。なぜ妹は黙ってるんですか?」


「甘えてるんだよ。お兄ちゃんに」


「どういう意味ですか?」


「妹ちゃんは何かを隠してる。それは彼女にとって都合の悪い何かだ」


「そうでしょうね。だって隠してるんだから」


「でもそれが、だからと言って自分の為に隠してるとは限らない」


「というと?」


「人の為につく嘘だってある」


「妹が誰かをかばってるって事ですか?」


「さあ。そこまではわからない。けど、妹ちゃんはこう思ってるはずだよ。言ってしまったら『後戻りが出来ない』」


「後戻り?」


「言葉は口をでたら別の生き物になるんだよ。自分の意志とは関係なく、人を傷つけたり、苦しめたりする」


「ちょっと。わかりません」


「だからきっと怖いんだよ。妹ちゃんの言葉が、高羽くんを苦しめてしまう可能性があることが」


「別に、そんなこと気にしなくていいのに」


「高羽くんは、妹ちゃんを大切に思ってるんだな」


「まあ。本当の兄妹ではないので。ちょっと大事にしないとなって思ってる所はありますね」


「そうか」


「つまり妹は、俺が信用できないから、話したら苦しめてしまうかもしれないから話せないって事ですよね?」


「言い方を変えるとそうだな」


「なるほど」


「見つけてあげるといい。彼女はきっと待ってるよ。君が手を差し伸べてくれるのを」


「してるつもりなんですけどね」


「手を差し伸べると言うのは、簡単じゃない。ただ手を出したってダメだよ」


「じゃあどうすればいいんですか?」


「安心させてあげればいい。絶対に、何があっても壊れない絆があるって事を、みせてやればいいさ」


 そう言って彼は、俺の手に缶コーヒーを手渡してくれた。


 なにがあっても壊れない絆。


 まだ兄妹になって数週間。


 まだ、俺達にはそこまでの絆はないと思った。



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