許嫁編 マシュマロの夢④
一回限り。先生の彼氏のフリをする。
その約束で連れてこられたのは、ワインも飲めるファミリーレストランだった。
土曜日の午後2時。
人もまばらでほとんどいない。
六花が、絶対に見に来るとはしゃいでいたが、今のところ見当たらない。
「へえ。ほたるの彼氏にしてはまぁまぁじゃない」
一杯150円のワイングラスを傾けて、品定めするように俺を見ているのは、先生のお友達の真紀子さんだ。
見た目は30代。
体にピッタリとフィットした服を着て、艶々の髪を背中の方まで伸ばしている。
なんか、服や美容にお金をかけているんだろうな。という印象だ。
彼女は先ほどからジロジロと俺を見ている。少しは遠慮してほしい。
そして彼女の隣に座るのは、銀髪にしている高校3年生ぐらいの男子。
先ほどからエビとカニの入った海鮮ビザを、モッチャモッチャと口を開けながら食べている。
「そうだ。お互いの彼氏を紹介しあいましょうよ」
真紀子さんがろくでもない提案をした。
「ええ、いいわよ」
返事をしたのは、ブカブカのティーシャツを着ている、俺のクラスの担任、ほたる先生だ。
服のせいだろうか。フェロモンがいつもの100分の1ぐらいに抑えられている。
ただ、凶悪な胸だけは隠しきれていない。
真紀子さんは、ピザを一度に何枚も口に入れている銀髪を指さすと、
「彼は私の運命のパートナー。九条大杉くん。バンドのボーカルをやってるの。こんど、ハコでライブしたいらしくて。そのお金が30万円。お金がかかって大変なんだけど、私、彼の将来性の惚れたのよ。彼の卒業後は一緒に住むつもりなの」
ダメな奴らの見本みたいな気がするけど大丈夫だろうか?
「あ。真紀子。このピザおかわりしていいかよ?」
九条くんが真紀子さんに聞く。
「いくらでも食べていいわよ」
「おい。そこの店員。もっとコレ持ってこいよ」
九条くんが、店員さんに向かってピザのお代わりを要求する。
再びピザを口に入れ、彼は、ほたる先生の胸をジッと見つめ始めた。
「ちょっと。私のいる前で、ほたるの胸みすぎなんだけど?」
真紀子さんがいうと、九条くんは、
「いや。ほたる。うちの学校のセンコーだから。しかしマジで胸でけーな。抱きてーわ」
ガタッ!
椅子が動く音。
動かしたのは俺だ。
「は? なに?」
俺の出した音に、真紀子さんが嫌な顔をする。
「すみません」と俺は謝って「ちょっとトイレに行ってきます」
「どうしたの? お腹壊した?」
ほたる先生が心配そうな顔を向けてくる。
「ほたる。ちょっといいかな?」
この場でだけ、俺は先生を『ほたる』と呼ぶ約束をしている。
「え? なあに? 一緒に来て欲しいの?」
「うん。来て欲しいんだ」
俺が笑顔で先生に話しかけると、先生は嬉しそうに立ち上がった。
二人でトイレに向かうふりをして、真紀子さんと九条くんから見えない位置で、先生に話しかける。
「先生。どういう事ですか?」
「え。なにが?」
「あの銀髪の人。九条くん。二玉学園の生徒なんですか?」
「そうみたいね」
「質問なんですけど、もしもあの九条くんが俺らの事をチクったらどうなると思いますか?」
「私は懲戒免職。高羽くんは停学。または退学でしょうね。二玉学園はそういうの厳しいわよね」
「他人事みたい言ってんじゃねえよ。あんたの体面守るために俺は退学の危機だよ」
「私も一緒よ。うふふ」
「ねえ先生。なんでさっきから嬉しそうなの?」
「さっきの真紀子の顔みた? 『へ、へ~あんたの彼氏。まぁまぁね』だって。鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔してたわよね。私に彼氏がいたのがよっぽどショックだったのよ。ざまあ」
「もう交友を断て」
「無理よお。小学校時代からの親友なんだから」
「でもどうすんですか? 九条くんは、学校に言ったりするタイプには見えないですけど、俺の事、どうやって紹介するつもりですか?」
「え。でももう真紀子には、彼氏は私のクラスの生徒だって伝えてあるわよ」
「それを聞いて、真紀子さんは何ていってましたか?」
「本当だったら羨ましいけど、どうせ嘘でしょ? って」
「頭ん中、ゆるいやつしかいないのかよ」
「大丈夫よお。真紀子も九条くんも、そう言うの気にしないタイプだから。それで、この後4人でカラオケに行こうと思うんだけど、行くわよね?」
……俺はもう、ほたる先生の話を聞いていなかった。
窓の外の歩道。
そこに彼女が歩いていた。
髪をおろした双子の妖精。ワンピースと、俺がプレゼントした蝶のヘアクリップ。
六花だ。男と歩いている。
「……嘘だろ」
「え? ちょっと? 高羽くん!?」
「ごめん先生。急用ができた!!」
俺は店の外まで走った。
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