許嫁編 マシュマロの夢①


 そんなに好きでもないのに、マシュマロに抱かれている夢を見た。


 頭が覚醒してきて、目を開けたくない気持と、そろそろ起きた方がいいいう気持ちの葛藤。


目覚ましはまだ鳴っていない。


でも、そろそろ起きたほうが良いだろう。


まどろみの中、腕を伸ばして背伸びをしようとすると、


 むにゅ。


 柔らかいものに手が触れた。


 クッションか?


「やん。エッチ」


 クッションが喋った。


「え?」


 驚いて起き上がる。


 見覚えのない、柔らかい印象の美人がこちらを見つめている。


「は!? 誰!?」


「ちょっとぉ。こえ。おおきいよぉ」


 美人は白いシーツの中から右手を出してきて、俺の唇に人差し指を当てた。


「え? なに?」


「でもぉ……ビックリしちゃったな。高校生なんて、みんな子供だと思ってたのに、高羽くんはぜんぜ違うんだねぇ」


 え。何言ってんのこの人。


 って言うか誰だよ。


「あれ? もしかしてわかってない? 私のこと」


「……」


「えーひどい。私は毎日高羽くんのこと考えてるのに」


 あれ。この喋り方。どこかで……。


「しかたないなー。じゃあちょっと待ってよね。思い出させてあげるから」


 彼女はそう言って、フチの太い黒いメガネをかけた。


「これでどう? 思い出した?」


 二玉学園には、いつも黒縁メガネをかけている有名人がいる。


 白峰ほたる。


 幼い顔と、丸みを帯びたボブカット。


 背は高くないが、女性を象徴する部分が異様に大きく育っており、そのグラマラスな体型と、幼いフェイスが男性教員と一部の男子生徒の心を掴んで離さない。


 その人は今年、俺のクラスの担任だ。


「……ほたる先生」


「はい、良くできました。えらいえらい」


 シーツの下から腕が伸びてきて、俺の頭をぐりぐりとなで回す。


「は!?」


 はだかっ!?


 俺は、慌てて顔をそむける。


「どうしたの? 高羽くん」


 ほたる先生は、不思議そうな声を出した。


「先生。まさかとは思いますが……着てますよね?」


「生理はまだだけど。そんなに心配しなくて大丈夫だよ」


「誰も生理が来たかどうかは聞いてないよ! 服を着てるのかを聞いたんですよ!」


「冗談だよぉ。本気にしちゃった? 高羽くんはかわいいね。もちろん安心してね。上も下も1枚もつけてないから」


「もうお家に帰して」


「じゃあ確認してみよっか? 私のシーツの中」


「からかわないでくださいよ」


「赤くなっちゃってかわいいね。ほらほら、今なら日本史の三田村せんせいが、2万円も出した私のパンチラより凄いものがみれるよ」


「金額がリアル」


「化学の金田せんせいは私の下着を買い取ってくれるんだよ。あの人。妻も子供もいるのにね」


「もうやめて」


「理事長は、私の二番目のパパだって話はしたっけ?」


「聞いてないし聞きたくない」


「もう。高羽くん。そんなこと言うと進級させないぞ☆」


「なに可愛い声で脅迫してんだよ。怖いよ」


「本当に怖いのはこれからだよ」


「え?」


「だってここは私のアパートで。私は裸で、二人はベッドの中なんだよ?」


「……」


「……これを見た人は、なんて思うかなあ」


 先生は、パシャリとスマホで写真を撮った。


「俺は、脅迫されるんですか?」


「まさか。大事な教え子にそんなことはしないよ。ただ責任をとってもらうだけ」


「同じ意味なんだけど」


「大丈夫だよ高羽くん。そんなに警戒しないで」


 すり寄ってくる女性教員から、慌てて距離をとる。


「ちょっと。あんまりはじっこにいくと落ちちゃうよ?」


「今、まさに人生から落ちそうです」


「あはh。本気にしちゃった? 大丈夫よぉ。だって私は教員で、あなたは未成年。掴まるのは私の方だよ」


「あ。なんか急に安心してきた」


「でしょ? それに私もね、万が一捕まって教員免許を失っても、数年経ったらまた取得できるんだ」


「そうなんですか?」


「そうだよ。数学の田中せんせいは以前、教え子5人の同時攻略に失敗して懲戒免職になってるけど、免許をとりなおして、今は手を出すのは2人に絞ってるんだ」


「お先まっ暗だな、うちの学校」


「とりあえず何か食べようよ。先生。お腹へっちゃったんだ」


 先生が起き上がると、スルリとシーツが落ちる。


「ちょ、先生!?」


 シーツを押さえて先生に巻き付けた。


「わお。高羽君ったら意外に大胆だね」


 シーツごと先生に抱きついた俺に、彼女が言った。


「ちが……これは……」


 言い訳できない。


 目を閉じれば済む話だったのに、なぜ抱きついてしまったのか。


 先生の両手が伸びてきて、俺の体に絡みついた。


「ちょ。ちょっと……先生?」


「高羽くん、体温高いね。あったかい……」


「は、はあ……」


「せんせい裸だから寒くて」


「早く着ろよ!」」


 バタン! と、どこかのドアが勢いよくしまった音がした。


 なんだ?


「ただいま」


 男の人の声だ。


「あ。やばいかも」と、ほたる先生。


「誰ですか?」


「彼氏だね」


 そういった瞬間、先生が俺をきつく抱き締めてきた。


「ちょ。何してるんですか!」


「そろそろ別れたいって思ってたんだ。あのひと束縛きつくて」


「なに怖い事言い出してるんですか。やめてくださいよ」


「ちなみに歯は永久歯かな?」


「殴らせる気まんまんじゃないですか」


「まぁまぁ人助けだと思って」


「……だれか助けて」


 俺が、か細い声で助けを呼ぶのと、ガチャリと部屋のドアが開くのは、ほぼ同時だった。

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