六花とお買い物 中編

 なれない買い物で、よほど疲れたのだろう。


 さっきまでベラベラと喋っていた六花は、黙って俺の後をついてくる。


「疲れたか? 少し休もうか」


「わ!」


 振り向きながら話しかけると、六花は驚いた声を出して俺から距離をとった。


「あ、悪い」


「ううん。全然大丈夫だよ」


 平気さをアピールしてくるが、微妙に遠い位置を保ったままだ、


 六花は、髪を結っている赤いシュシュをとる。綺麗な髪がフワッと広がった。


「りく君。そこのアクセ屋さんに寄ってもいいかな?」


「え。別にいいけど」


「やった」


 可愛らしく小さくガッツポーズをする。


「何を買うんだ?」


「見たいだけだよ」


 六花は、俺を迂回するように、距離を保ったまま追い越して、店の中に入った。


 念のため、俺は自分の匂いを嗅ぐ。


 ……大丈夫だよな?


「ね。どっちがいいかな?」


 彼女が持って来たのは、蝶と黒猫のヘアクリップだ。


 黒猫はかわいいが、彼女の綺麗な黒髪につけると隠れてしまう。


「蝶じゃないか。ワンピースにも映えるし」


「ほんと。買おうかな」


 蝶のヘアクリップを見て悩む。


「買ってやるよ」


 俺は、六花の手からヘアクリップをとって、会計に持っていく。


「あ。いいよ。私、自分で出すよ」


「いいからいいから」


 そんなに高いものじゃない。


 それに彼女にとても似合ってたから、付けた所をみたいとも思った。


「はい。どうぞ」


「……ありがと」


 彼女は小さな声で言って、おそるおろす俺の手からヘアクリップが入った紙袋を受け取った。


「さっそくつけるね」


 ターコイズブルーの蝶がついたヘアクリップは、ワンピースの色によく似合っていた。

「どうかな?」


「よく似合ってるよ」


「うん。そうだ。今度は私が出すよ。何か欲しいものある?」


「いや。特にないな」


「じゃあ、フルーツは好き?」


「フルーツ? 好きだよ」


「有名なフルーツ大福のお店が先週オープンしたんだけど、まだ行ったことなくて」


「行ってみるか?」


 大福か。


 あんこは嫌いじゃない。


「うん。嬉しい」


 大福の店は、思ったよりもずっとオシャレな店だった。


 白い壁に、カラフルなフルーツが描かれている。



「わあ! かわいー!」


 断面が見えるように半分にカットされた大福を見て、六花が嬉しそうな声をあげる。


 六花にも、こんな女子っぽい一面があるんだなと感心する。



「しかし、結構するんだな」


 大福は1つ400円ほどだ。


「大丈夫。お姉さんがだすよ」


「いや。それよりどれを食べる?」


「やっぱり苺かな。でも、こっちのイチジクもかわいいよね」


 重要なのはかわいさなのか?


「セットだと安くなるね。二人で5種類も食べられるよ」


「それいいな。これください」


 俺は店員に声をかけて、注文して金を払う。


「え。いいよ。私だすから」


「いや。今日は黙っておごられろ。妹なんだから」


 店員が、六花を見て、


「妹さんなんですか? すっごく可愛い妹さんですね」


「俺もそう思います」


 そう答えると、六花は真っ赤になっていた。


 息でも止めてるんだろうか。


「何をお飲みになられますか?」

 

 セットでついてくる飲み物を聞かれたので、俺はアイスコーヒーにした。


「六花はどうする?」


「私もアイスコーヒーで」


「苦いぞ」


 六花は苦いものが嫌いだ。


「大丈夫だよ。もう子供じゃないんだから」


 自信満々に答えた。


「これ、けっこう苦いね」


 テラスの席に座った後、コーヒーをストローで吸った彼女が言った。


 かわいく舌を出している。まるで映画の一シーンのようだ。


「だから言っただろ?」


 こっそり注文をアイスティーに変更していた俺は、彼女のアイスコーヒーと交換してやる。


「え。いいよいいよ。ちゃんと飲むよ」


 言う彼女に、


「苦いの苦手なんだから無理するなよ。こうなるだろうと思ってアイスティーにしてたんだ」


「そうなんだ……」


「アイスティーは嫌いか?」


「好きだよ」


 好きだよ。という言葉に心臓を撃ち抜かれそうになる。


 なんだ今の破壊力は。


「アイスティーは好きか?」


 調子に乗ってもう一度聞く。


「なんで何回もきくの?」


 チッ。


「でもありがと。嬉しい」


 クソかわいいな。うちの妹。


「今日はいい天気だよね」


 彼女が言った。


「ああ。そうだな」


「実は、ちょっと話があるんだけどいいかな?」


「話?」


「実は、姫華のことなんだけど」


「姫華さんがどうしたんだ!?」


 身を乗り出すように聞くと、六花は後ろにのけぞって、


「え。びっくりした」


「悪い」


「ううん。大丈夫。それより姫華が謝りたがってた」


「謝る? なにに?」


「最近。避けてるでしょ? りく君のこと」


「そうだな。目が合った瞬間にそらされるのと、教室に入った瞬間にトイレに行かれるのは、マジでキツい」


「……ごめん」


「なんで六花が謝るんだよ」


「そ、そうだよね」


「でも謝りたがってたんだ。姫華さん」


「う、うん。ごめんねって言ってたよ」


「俺に?」


「もちろん。りく君にだよ。あんなにお世話になったのに。酷いことしてる」


「別に平気だよ。それより姫華さんは辛いだろうな」


「私が?」


「お前じゃないよ。姫華さんだよ」


「だ、だよね……でも、どうして姫華が辛いの?」


「姫華さんは誰にでも優しくて、他人に尽くそうと慈愛の人だ。そんな人が、俺から逃げ回るしかできないなんて、きっと辛いと思う」


「……」


「それに仕方ないだろ。姫華さんは過去に酷い事されたんだ。知らなかったとはいえ告白した俺が悪いよ」


「そんな事ないよ。りく君は悪くない」


「うん。ありがとな。六花」


「今は、姫華は直接謝れないけど、代わりに私が謝っておくね。ごめんなさい」


 そう言って彼女は、深く頭を下げた。


「わかった。ちゃんと謝罪は受け取ったから、姫華さんには気にしないでくれって伝えておいてくれ」


「うん。伝えるね」


「さ。それより大福たべようぜ。どれだべるんだ?」


「……私のお兄さんだったら良かったな」


「ん? なんか言ったか?」


「なんでもない。私、苺たべたい」


 その後は、お喋りしながら大福を食べた。


 食べ終わったころ、彼女はかばんから二枚のチケットを取り出した。


「なんだそれ?」


 俺が聞くと、


「カップル限定って書かれてたから諦めてたんだけど、どうかな? 行ってみない?」


 それは、ショッピングモール内の、ある施設の無料チケットだった。

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