六花とお買い物 前編


 頭の上に、赤色のシュシュ。


 美しい黒髪を右側で結っている。


 間違いない。天河姫華。俺の初恋の人だ。


 彼女は今、なぜかうちのリビングのソファで、美しい姿勢でくつろいでいる。


「あ、あの。あのあのあの……」


 うまく言葉を組み立てられない。


 これは現実なのか? 学校では俺を避けている彼女が、なぜ俺の家にいるのか。


「この前はごめんね」


 彼女はそう言って、申し訳なさそうな表情をした。


「い。いえいえいえ! それは、あの、色々あるので。俺も。です」


「あのあと、色々考えたんだ」


「い、色々?」


「うん。隣。行ってもいいかな?」


 真剣な表情の彼女。


「と、とと、隣!?」


「うん。だめかな?」


「だ、だだだ。ダメじゃないですよ!」


「よかった」


 俺が頷くと、彼女はふわりと風のような動作で立ち上がった。


 俺の隣にやってくる。


 心臓が体から出ていきそうだ。


 俺は、ギュッと胸を右手でおさえる。


 彼女は、俺のすぐ隣に座ると、切ない表情で俺を見上げた。


 なんだその表情。


 俺はもう意識を保つのがギリギリです。


「りく君」


 彼女は優しい声で俺の名前を呼んだ。


「は、はい……」


「あのあと色々かんがえたんだ。りく君がどんな気持ちで私に接してくれていたのか」


「……」


 緊張で、のどが渇く。


 俺はゴクリと唾をのむ。


「だから一つだけ教えてほしいの……」


「な、なんですか……」


「りく君は私のこと……」


 彼女は一度そこで言葉を区切り、顔をゆっくりと近づけて来る。


 ち、近い。


 俺は思わず顔をそむける。


「りく君は私のこと……お姉さんだと思いましたか?」


「……」


「どうです? けっこううまく出来たでしょうか?」


「……」


「お兄ちゃんの理想の姫華を演じれたと思いますがどうでしょう?」


「……」


「あの。どうだったか感想を聞きたいのですが」


「いや……何のつもりだよ……お前」


 俺はようやくショックから立ち直って言葉を発した。


「いつもお世話になっているお礼です」


「お礼?」


「はい。お兄ちゃんは私の「ありがとう」より、姫華に会えた方が何倍も喜ぶだろうと思ったので、今回の企画をしました」


「いや……お前な……」


 なんだか毒気を抜かれてしまう。


 怒ろうと思ってたのに。


「ダメでしたか?」


「ダメじゃないよ……ダメだけど」


「どっちなんですか?」


「俺はね。六花。姫華さんに会えるよりも、お前のありがとうの方が何十倍も嬉しいよ」


「え、本当ですか? その割には、だいぶ鼻の下を伸ばしていましたが」


 俺は両手で鼻の下をおさえる。


「でも。嘘でもそう言ってもらえると嬉しいです」


「いや。嘘じゃ……」


「ありがとう。お兄ちゃん」


「……」


 六花が着替えるのを待って、俺たちは出発した。


「それで、どこに行くんでしたっけ?」


 バスを乗り継いで30分。


 郊外にあるショッピングモールを目指す。


「この先にモールがあるんだよ。アウトレットのブランドショップもついてるから色々みれるだろ」


「リア充どもがウロウロしてそうですね」


「いや。お前に言われたくないよ」


「え? 何でですか?」


「……」


「……え? お兄ちゃん?」


「よく考えたら。お前っていつも一人で本を読んでるし、人気は凄いけど、リア充からは程遠いかもな」


「もしかして、馬鹿にしてます?」


「いや、俺と一緒だなと思って」


「そうですね。お兄ちゃんは人気もないですけど」


「……」


「あれ? いま……」


「どうした?」


「いえ……今、よく見知った顔が歩いていた気がしたので」


「クラスメイトか?」


「はい」


 俺たちが兄妹なのは秘密にすることにしている。


 実際はただ妹と買い物に来ているだけなのに、事情をしらないクラスメイトからすれば、俺が学園のアイドルとデートしているように見えるだろう。


「まあでも大丈夫だろ」


 妹はいま、髪をあげてポニーテールにしているし、軽く化粧もしている。


 制服ではなくワンピースなので、普段とはかなり違って見える。


 いつもより、かなり大人っぽい雰囲気だ。


「そうですね。それにクラスメイトに見つかったら、お兄ちゃんが川に飛び込めば解決しますしね」


「とびこまねえよ。そもそもモールに川はない」


「じゃあ噴水でもいいですよ」


「どうしても俺を水に飛び込ませたいらしいな」


「お兄ちゃん。ここって本屋ありますか?」


「聞けよ。本屋? ああ、ここには大きい本屋があるぞ」


「本当ですか? じゃあ探してる本があるかもしれないですね。近所の本屋には置いてなくて」


「取り寄せは?」


「面倒なので」


「そうか」


 妹は機械音痴でスマホもうまく使えない。


 ネットで注文するのも難しいんだろうな。


「もし無かったら、俺が後で注文してやるよ」


「どこの本屋ですか?」


「本屋じゃない。ネットだよ。ネットには何でもある」


「おお。じゃあ姫華が昔に描いた絵本を取り寄せることは出来ますか?」


「え? 姫華さん絵本だしてんの?」


「出してません。いつの間にか失くしてしまったので、久々に見たいなと思いました」


「ネットはタイムマシンじゃない」


「さっき何でもあるって言ってたじゃないですか」


「ものの例えだよ。本屋にあるものは大体あるって事だ」


「なるほど。じゃあ本屋に行きましょう」


「わかった」


 服を買いに来たんだけどな。


 本屋に着くと、俺は近くのベンチを指さして、


「じゃあ俺はあそこで待ってるから」


「お兄ちゃんは本を見ないんですか?」


「知りたいことは、全てネットにある」


「ネットって凄いんですね」


「スマホの使い方。今度ちゃんと教えてやるよ」


「本当ですか? 約束ですよ?」


 フワッと笑う六花。


 六花も姫華さんも、本当によく笑う。


 人気の秘訣は笑顔なのかもしれない。


 

 そして、3時間が経過した。


「六花。まだ決まらないのか?」


 絵本コーナーにいた六花を見つけて声をかける。


「すみません。夢中になっていました」


「探してた本はあったのか?」


「やっぱりデスゲームをしてる絵本は少ないんですね。二冊しかありませんでした」


「なんて本を探してんだよお前。しかも二冊あったのかよ」


「そろそろお腹減りましたね。何を食べましょうか?」


「あれ? 買わないのか?」


「探していた本は無かったので」


 妹の目的が、デスゲームの絵本を買い集める事じゃなくて良かったとホッとする。


「何食べたい?」


「うーん……」


「いつもはちゃんとしたご飯ばっかり食べてるから、今日ぐらいは何食べてもいいぞ。ピザでもハンバーガーでもスイーツの食べ放題でも」


「本当ですか?」


「ああ」


「でも難しいですね。実は、さいきんになって野菜の美味しさもわかって来たんですよ」

「最近、美味しそうに食べるもんな」


「お兄ちゃんが作ってくれる野菜には魔法がかかっていますから」


 なんだこいつ。かわいいな。


「たぶん。麻薬か何かだと思うんですけど」


「そんなヤバいもの入れてねえよ。そして持ってもいねえよ」


「なので今日は野菜っぽいものも視野に入れたいんですよ」


 妹は、ショッピングモールのガイドマップを開くと。


「あ。この店は美味しいブロッコリーを出してくれるそうですよ」


「へえ。珍しいな」


「ブロッコリーにチーズやベーコンやチョコやアイスクリームを好きなだけトッピングして食べるそうです」


「それもう食材の味は死んでるな」


「名前はカロリーモンスター」


「嫌な予感しかしないな」


「イタリアンレストランにしましょう」


「それがいいな」


 俺は、たらこパスタを注文して、六花はマルゲリータとサラダを食べた。


 午後はようやく服屋を回る。


 俺の下着や普段着を買ったり、六花がやたら女の店員に絡まれて逃げ出したりした。


 六花は、服屋の店員が苦手らしい。


 確かに店に入るたびに「わあ。まるでお姫様みたいですね。彼氏さんですか?」と聞かれるので、少々うざいと感じていた。


 「はい。彼氏です」と答える六花に「お前。ふざけるのはやめろ」と毎回いうのも面倒だった。


「ちょっとトイレ行きたいです」


 なんだかんだで結構買った服の紙袋を俺に持たせ、身軽な六花はトイレに入っていった。


「やれやれ……」


 トイレの前の赤い色のソファに座る。


 こういう感じ。


 誰かと一緒に買い物にくるのは悪くないな。


 壁に貼ってあるポスターを眺めていると、割と早く六花がトイレから出てきた。


 赤いシュシュ。右側で結ったサイドテール。


 姉の姫華さんのヘアスタイルだ。


「あいつ……またおふざけかよ」


 俺は立ち上がって声をかける。


「お前、いい加減にしろよ六花」


「え?」


 俺の声で驚いたようにこちらを振り返る六花。


「り、りく君!?」


「その呼び方もやめろ」


「え。じゃ、じゃあ何て呼べばいいの?」


「あれ? 六花だよな?」


「……」


「六花?」


「……」


 あれ? 本物? いや。違うよな。


「六花だよな?」


 彼女は、下唇を噛んで、床の模様の●と▲を交互に見てから、コクリと頷いた。


 なんだ。やっぱり六花かよ。


「ほら。いくぞ」


「う、うん……」


 なんか変だな。


 顔も赤い。


「熱があるのか?」


「だ、大丈夫です。行きましょう。お兄さん」


 どこか無理をした表情で笑う六花。


 心配だな。


「あ、ちょっとごめんなさい」


 彼女はスマホを操作する。


「お。お待たせです。で、では行きましょう」


 なぜだろうか。


 六花は緊張しているようだった。

 

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