二人の六花

朝、教室の前の出入り口から入ろうとすると、出入り口の近くでクラスメイトと話していた姫華さんが、


「あ。私、トイレに行ってくるね」


と、露骨に俺を避けるように教室を出て行った。


 正直、ショック過ぎて泣きそうだ。


「ふふふ。めちゃくちゃ避けられていますね。お兄ちゃん」


 俺の背後から、六花の声が聞こえてきた。


 学校では俺と喋らないんじゃないのかよ?


 そう思って振り向こうとしたが、


「そこ、どいてくれる?」


 六花が急に冷たい声を出した。


 そうだ。それでいい。それが姫華さんを守ることに繋がるのであれば。


「あ、どうぞ」


 俺が道を譲ると、六花は黙って歩いて自分の席に座った。


 そして分厚い本を取り出して、いつものように読み始めた。


 何の本だろ。


 あれほど神秘的に思えていた本を読む姿が、本人の中身を知ってからだと、ただの美しい絵画に見えてくる。


 うん。十分きれいだった。



 しばらくして天河六花が戻ってくると、教室内は騒然となった。



「え? まって。六花ちゃんがいるのに、さらに六花ちゃんが戻ってきたんだけど」


「何が起きてるの? ドッペルゲンガー?」


「六花ちゃんが二人いる……」


「おい。二人いるぞ」


「え、姫華ちゃんどこにいったの?」



 わかる。


 クラスメイト達が騒ぐ理由はよくわかる。


 本当にそっくりだから、髪型が同じだけでそう思っちゃうよね。


 でも、あとから戻ってきた方が、六花の髪型をした姫華さんだ。


 座る席でわかるだろ。馬鹿なのか。


 六花の髪型である青のシュシュをつけた姫華さんは、さっきまでお喋りしていたグループには戻らずに、自席で本を読み始めた。


 何が起きてるのか、俺も含めて誰もわからなかった。


 二人の六花は、授業をはじめた先生を戸惑わせ、クラスメイトの話題をさらい、新聞部に号外を発行させた。


 後日、校内新聞の一面を飾り、しばらく話題になっていたのが、その日の放課後で起きた、とある事件だ。



「姫華いる?」


 放課後になったタイミングで、教室に入ってきたのは、見たことのない高身長の男子生徒だった。


「あ。いたいた。姫華。おーい!」


 彼は、自席に座る青いシュシュを付けた超絶美少女に大きく手を振った。


 なるほど。


 あれが姫華さんと付き合う事になった3年生だな。


 俺は気が付いた。


 他の生徒も同じように気づいたらしく、3年生に殺気を込めた視線を送っている。


 かくいう俺も、今日は縁切り神社の『縁切りのお守り』を貯金がなくなるまで買ってこようと決断した。


「姫華。デート行こうぜ。お前もスイーツとか好きだろ? 姫華? 良い店知ってるんだよ」


 彼は、わざわざ教室に入って来て、姫華姫華と連呼して、わざと人に聞こえるように大声で会話をしている。


 まるで「俺が学園のアイドルを落としたんだぞ」と自慢しているようだった。


 3年生は、彼女の机に両手を置くと、


「姫華の為に部活をサボってやったんだぞ。当然いくよな?」


 ああ、こういう輩。


 俺が二番目に嫌いなタイプだ。


 一番目に嫌いなタイプは、姫華さんに告白するやつだ。


 二玉学園の妖精は、バスケ部の3年生に向かってこういった。


「私、六花ですけど?」


「え? 何言ってんだよ。どこをどう見ても姫華だろ」


「は? 不愉快なんですけど?」


 そう言って、彼女は露骨に顔をしかめた。


 アレは正真正銘、本物の六花だ。


 姫華さんは、終礼が終わった瞬間に走って帰っていった。


「見えませんか? この髪型」


 六花はそう言って、自慢のサイドテールをバスケ部員に見せた。


「え? あれ……本当だ。なんだ六花ちゃんかよ。紛らわしいな」


「なんですか? 勝手に人違いしておいて紛らわしい? わかりました。今日の事は姫華に報告しておきますね」


「ま、まってよ六花ちゃん。悪かったよ。この通りだ」


 面白いことになってきたな。


 俺がかばんからスマホを取り出すと、同じように考えたクラスの男子達が、スマホのカメラを二人に向けた。


 スマホの画面の向こう側で、六花は3年生に向かって言った。


「姫華は悲しむでしょうね。付き合い始めた男が、自分だと勘違いして妹の方に声をかけてた事を知ったら」


「ま。まってよ六花ちゃん。後生だよ」


「この落とし前はどうとるおつもりですか?」


「落とし前って、間違えただけだろ?」


「そうですか。では、姫華が先輩と似てるだけの別な人とデートしてもいいんですね?」


「な、何でそうなるんだよ!」


「だって間違えただけでしょ?」


「いや。双子とは違うだろ!?」


 3年生は声を大きくする。


「双子だったらいいんですか? 双子は似てるから、付き合ってもいない人と付き合った事にされてもいいと?」


「誰もそんなこと言ってねえだろ」


「謝りもせずにに開き直るんですか?」


「うるせえなあ。ゴチャゴチャ! ゴチャゴチャ!!」


 突然、バスケ部の3年生がキレた。


 帰ろうとしていた生徒達が、驚いて固まっている。


 六花は、懸命に3年生を睨み付けている。


「こっちがしたでにでてりゃ、グダグダグダグダと。あ? 姫華にいう? は? 言ってみろよ! 姫華はな。お前みたいなクソとは違うんだよ。顔が一緒なだけで、てめえは性格最悪だな!!」


「……」


「ははっ。論破されたらだんまりかよ。女はいいよな。黙って泣けば良いんだからよ」


 ああ、こう言うタイプね。


 特別に嫌いなタイプだな。


 俺はすぐに録画を停止して、スマホを操作する。


 アップロードに30秒。


 3年生の暴言は続いている。


「お前みたいなのは生きてるだけで迷惑だからさ、さっさと死ねよ。性格ブス女。姫華は俺が幸せにしてやっからさ」


「先輩! 大変です!!」


 俺は、慌てて先輩に近づいた。


「は? なんだお前?」


「それより見てください。学校の掲示板サイトに、いまのやりとりがアップロードされてますよ」


「は!? 見せろ!!」


 驚いた3年生は俺のスマホで掲示板を確認する。


 裏掲示板は、学校帰りに見ている生徒も多い。


 アクセス数がみるみる増えている。


「おい! 誰だこんなことしたやつは!?」


「さっき教室を出て行ったやつがいるので、そいつだと思います」


「そいつどっちに行ったよ!?」


「教室を出て右の方に。まだ近くにいるかも知れません」


「クソが!!」


 3年生はそう言って、ご丁寧に俺のスマホを床に叩き付けてから出て行った。


 スマホはバキバキに壊された。


 大丈夫。


 俺は、月300円のスマホ保険に入っている。


「六花、大丈夫か?」


 俺はスマホが壊れてショックを受けるフリをしながら、ボソリと六花に呟いた。


 青い顔をしながらも、彼女はコクリと頷いた。


「俺は、お前が誰よりも性格が良いって事を知ってる。だから、あんな奴の言うことは気にするなよ」


 彼女は、少しだけ笑顔を取り戻して、コクリと頷いた。



 翌日、この出来事は【天河六花。姉と間違えられる】と校内新聞で一面を飾った。


 学校の掲示板サイトには、3年生が犯人を追いかけて、教室を出ていくまでの完全版を誰かがアップしてくれていたので、俺の方は削除した。


 それからしばらくの間、3年生は、姫華に言い訳をするためにクラスに毎日顔を出した。


「あれは誤解だ。俺ははめられたんだ! 姫華!」と、わざわざ大声で教室に入ってくる。


 そして教室に姫華さんがいないのに気付いて帰っていくのまでがセットだ。



 後日、バスケ部の3年生と天河姫華の付き合いは消滅したと校内新聞が告げた。


 だってそうだろう。


 学校には六花しかいないんだから。いない人とは付き合えない。

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