四日目②
昼休みには新聞部から号外が配られた。
タイトルは【天河姫華。バスケ部員に陥落】
弁当を食べながら読む。
数日前なら、絶望してた記事の内容に、俺の心はみじんも動かなかった。
へえ。あいつ告白受けたんだ。
昨日は俺と一緒に壊したドアを直してたはずなんだけどな。
って事は、告白をOKしてから帰宅してたって事?
昨日はすごく反省しているように見えたのに、俺は、あいつがまたわからなくなったよ。
「家に……彼氏を連れてきてたりしてな」
自分で言った一言が、ありえそうで身震いした。
ちらりと姫華を見ると、いつも通りで、さほど気にしている様子はない。
周りの人も気を使っているのか、話題にしている女子はほとんどいない。
一部の男子だけが騒いでいる。
「ま、帰ったら聞いてみるか」
俺は、新聞を丸めてゴミ箱に捨てた。
帰りがけにスーパーによる。
姫華の風邪が治っていないときの為、葛根湯と生姜湯を買い、夕飯はあっさりめのメニューにしようと考える。
もしも風邪が平気そうなら、甘いスイーツもいいな。
スマホで検索して「ふわとろパンケーキ」をつくることにする。
家が近づいてくると、玄関先に姫華が座っていた。
なんで鍵を開けて中に入らないんだ?
すると、俺を見つけた姫華は、子犬のように走り寄ってきた。
かわいいかよ。
「どうしたんだ? 中に入ってて良かったのに」
「あ、うん。ごめんね。今日は謝りたくて」
彼女は言った。
「謝る? ああ、あの事か」
黙って告白を受けたことだろうな。
でも、妹には妹の人生設計があるだろ。
俺は別に気にしないよ。
「とりあえず入るぞ」
「え、うん」
玄関のドアを開けて中に入る。
リビングに向かって廊下を進んでいくと、ふと姫華の足音がしないので振り返った。
姫華は、玄関で靴を正しい向きに揃えていた。俺の分も。
俺は、黙って彼女が靴をそろえ終わるのを待つ。
「おまたせ」
「ありがとな」
俺がお礼を言うと、彼女はにこっと笑う。
なんか今日。
めちゃくちゃかわいいな。
姫華が近づいてくると、良い香りがフワっと漂った。
どこかで嗅いだ覚えのある香りだ。
「この匂い……どこかで……」
「匂い? もしかしてこれかな?」
姫華はそう言うと、かばんから小さなスプレーとハンカチを取り出した。
「それは?」
「内緒なんだけど。実は香水なんだ」
香水は学校で禁止されている。
「ほら、匂いどう?」
彼女はスプレーをハンカチに付けてから、俺に近づけてきた。
「あ、これだ。この匂いだ」
「でしょ? 私、この匂いをかぐと安心するから、大事な時とかはつけるんだ」
「この匂い。どこかでかいだんだよな。どこだったかな?」
「私も時々つけてるから、その時かもしれないね」
いつだっただろうか。
最近ではない気がするな。
「あ、このハンカチ」
思い出した。そう、このハンカチだ。
「俺、入学式の時に、このハンカチを拾ったんだよ」
「え、もしかして。あの時の人って……」
姫華も思い出したようだ。
「そう。拾ったの俺だよ」
入学式が終わった後、前を歩いていた人がハンカチを落としたので拾ったら、それが天河姫華だった。
俺がハンカチを手渡すと彼女は「ありがとう」って、輝くような笑顔でお礼を言ってきて。
それが、あまりに綺麗で、美しくて、俺は彼女に恋をしたんだ。
「そうだったんだ。改めてありがとうね。これ、大事なハンカチなんだ」
「……」
「どうしたの?」
「あ、いや。なぁ姫華。お腹減ってないか? よかったらパンケーキ作るぞ」
俺は早口に言うと、彼女は輝くような笑顔で微笑んだ。
「食べたい!」
「じゃあ座って待ってろ」
俺はいそいそとキッチンに向かい、買ってきたものをエコバックから取り出して、冷蔵庫や収納にいれていく。
買ってきた金属タワシを流し台に設置して、それからホットケーキミックスの封を切って、使わない分は輪ゴムでしばった。
「いや! おかしいだろ!!」
俺は自分で自分に突っ込んだ。
「なにあの可愛さ!! どう見ても朝までいた『姫華』じゃないだろ! 恐くて名前を聞けなかったけども!」
俺は、材料をボウルに入れて、ハンドミキサーでメレンゲを作りはじめた。
「なにがどうなってんだよ。3人目かよ。それとも最初の1人目なのか? 実は双子じゃなくて三つ子だとか?」
ガスに火をつけて、フライパンを温める。
「……わけわかんねえよ」
「ならご説明いたしましょうか?」
右耳のすぐ後ろから声がした。
「うわああああ!!!!」
「どうも。ただいま帰りました。六花です」
「はあ!?」
「すごく驚いてくれて嬉しいです。そう言うリアクションを待っていました」
「え。いや。待って。どういうこと?」」
「美味しそうな匂いですね。何を焼いているんですか?」
「いや、まだ焼いてないよ。フライパンを温めてるだけだよ」
「この材料は……パンケーキですね?」
「きけよ」
「良かったらお手伝いしますよ。何もしませんが」
六花と名乗った彼女は、張り切った表情で腕まくりをした。
「っていうか、ちょっと質問したい」
「なんですか?」
「お前。姫華だよな? 昨日、一緒にドアを直した」
「ド〇ラを泣かした? いえ。私、中〇ドラゴンズの関係者ではありませんので」
「間違いないな。完全にドアのやつだ」
「いえ。それは世を忍ぶ仮の姿。本当の名前は、高羽六花。あなたの妹です」
「地味な正体だな」
「お兄ちゃんはいま、こう思っていますね? 今朝まで姫華だったはずの妹が、いま、目の前で六花を名乗っているのはどうしてだろう?」
「そう。それだよ。それが聞きたかったんだよ」
「話せば長くなりますので、そのパンケーキを食べながら話ましょう。姫華も一緒に」
彼女はそう言って、不敵に笑った。
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