四日目③



「ふう。もうお腹いっぱいです。一歩も動けません」


 妹は、パンケーキを5枚も食べて、それからソファの上でくたりと横になった。


 そして皿を洗ってくれている彼女の方に視線を向けると、


「双子なのに、どうしてここまで違うんでしょうね」


「そう思うなら、一緒に皿を洗ってきたらいいんじゃないのか?」


「いえ。彼女はクラスメイト。私は妹ですから。皿を洗うのは彼女の仕事なのです」


「普通は逆だと思うけどな」


「お兄ちゃん。ちょっとこっちきてください」


 妹が手招きするので、近づくと、


「よしよし」


と、俺の頭をなでた。


「何してんだよ」


「ご褒美です。パンケーキが美味しかったので」


「普通にいえよ。ご主人様と犬みたいになってるだろ」


「さて。ここで質問タイムです。ご主人様に何か聞きたいことはありますか?」


「お前。いい加減にしないと怒るぞ」


「では質問タイムを打ち切ります」


「わかったよ。ご主人様、貴方様の本当の名前を教えてください」


「うむ。私の名前は天河六花。母が離婚して桜井六花になり、いまは高羽六花。あなたの妹です」


「じゃあ、今朝までどうして『自分は姫華』だと言ってたんだ?」


「嘘をついていました。ごめんなさい」


 彼女はそう言って、頭を下げた。


「別に良いよ。なにか理由があるんだろ?」


「……もちろん理由はありますよ」


 六花は、その細くてきれいな指を、白い頬にあてて天井の方を見上げた。


「いま考えてるだろ」


「バレましたか」


「仲良さそう。二人でなに話してたの?」


 皿を洗い終わった姫華さんが、ハンカチで手を拭きながら戻ってきた。


「皿は洗い終わったんですか?」

 

 偉そうに言う妹。


「うん。ピカピカになったよ。パンケーキ、美味しかったね」


「そうですね。お兄ちゃんがお礼を言われたいそうですよ」


 は!?


 あいつ、何言ってんの!?


 最高かよ!!


「りく君。美味しかったよ。ごちそうさま」


「あ。いや。その……」


「なにキョドってんですか。気持ち悪いですよ」


「うるさいな。お前はもうちょっと慎みを覚えろ」


「二人はもうすっかり仲良しさんだね」


 うふふ。と、姫華さんは聖母のような微笑を浮かべた。


 きれいな声だ。


 彼女の声は、讃美歌を聞いた時よりも感動する。


「りく君。おとなりに座るね」


 すぐ隣に妖精が座った。


「……っ!」


 驚きすぎて、危うく悲鳴を上げそうになる。


 俺は胸を強く押さえ、深呼吸した。


「え? 大丈夫?」


「姫華。心配ならおでこで熱を測ってあげたらいいんじゃないですか?」

 

 ニヤニヤした六花が、とんでもない事を言い出した。


 最高だな。俺の妹。


「そうだね。ちょっと熱をみるね」


 彼女はそう言って、額を広げて近づいてくる。


 額が美しすぎる。


 これ以上近づかれたら正気を保てる自信がない。


 俺は、見ないように目を瞑った。


 …………。


 …………。


 …………。


 …………あれ? 


 いつまでたっても幸せがやってこないな。


 俺が目を開けると、六花が手に何かを持っていた。


「体温計がありましたので、これで熱を測りましょう。お兄ちゃん」


「……」


「どうしましたか?」


「……別に」


 こいつ。


 あとでぜったい泣かす。


 熱を測るが、とうぜん平熱だった。


「それではお兄ちゃん。質問タイムの続きをはじめますよ」


 楽しそうに六花が言った。


「あ。うん」


「乗り気じゃないんですか?」


「いや。色々と聞いておきたいことはある」


「じゃあ最初から説明していきますので、わからない所があったら挙手で質問してくださいね」


「わかった」


「それでは始めます」


 六花はソファの上で姿勢をただした。


 真面目な雰囲気だ。


 俺も、ソファの上にきちんと座りなおした。


「では。気付いているとは思いますが、実は、お兄ちゃんが告白したのは姫華ではありません。私です」


「それが不思議なんだよ。俺は姫華さんに告白したつもりだったのに、なんで六花だったんだ?」


「え!? りく君、告白したの!? 私に!? え!?」


「……そういえば忘れていましたが、姫華はお兄ちゃんに告白されたことを知りません」


「はやく言えよおおおおお!!!」


 俺は絶叫した。


 姫華さんは俯いて一言もしゃべらなくなった。


 俺も、恥ずかしくて顔が赤いままだ。


「では、姫華にしたはずの告白がなぜ私だったのかを説明しましょう。実はですね、姫華への告白は私が代行で受け持っているんですよ」


「お前。なんでこの状況で普通に喋ってんだよ。地獄みたいな雰囲気でよく平然としゃべれるな」


「ここは何丁目ですか?」


「ごめん。私、今日は帰るね」


 とつぜん姫華さんは立ちあがり、一度もこちらを見ずに部屋を出て行った。


 バタン、と玄関のドアを閉じる音が聞こえた。


 俺は一人、膝から崩れ落ちた。

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