二日目③


 六花が帰ってこない。


 彼女は部活も委員会もしていない。


 心配だ。


 こんなことなら一緒に帰ればよかった。


 心配で何をしていても落ち着かない。


 とりあえず勉強しようと集中するが、英語の教科書と日本史のノートで勉強していることに気づいた。


 ダメだ。とりあえずテレビでも見よう。


 リビングで降りたところでインターフォンが鳴った。


 やっと帰ってきたか。


 立ち上がってリビングのモニターで玄関を確認する。


 見覚えのあるワンピースの女の子が映っていた。


 無事だったか。と安堵する。


 あれ? でも制服で行ったはずなのに、何でワンピース着てるんだ?


 それに朝はリュック背負ってたよな? 彼女はキャリーバッグを持っている。


 ……なんか変だな?


 とりあえず俺は【通話ボタン】を押して『いま鍵開けるね』と伝えて玄関に向かう。


 鍵を開けて、ドアを開く。


「おかえりなさい」


「おかえりなさい?」


 なぜか疑問系で答える六花。


「遅かったね。何してたの?」


 玄関のドアを開けて、彼女に向かって「早く入って」とジェスチャーをすると、彼女は首を傾げた。


「どうしたの?」


「妙に親し気ですね」


「え? だって家族……だよね?」


「あれ。もしかして母かあなたのお父さんから連絡がいってましたか?」


「いや。来てないよ」


「じゃあ、なぜ私に親し気に話しかけるんですか?」


「え。それは六花さんが昨日説明してくれたよね?」


「私、姫華ですけど」


「は!?」


 え!? え!? 姫華さんなの!?


 俺が告白した方!?


 え。ヤバい。緊張で呼吸が出来なくなってきた。


 って事はあれかな? 告白の件で!? 告白の件で来たって事だよな!?


「大丈夫ですか? 顔色が真っ青ですよ」


「あ。えと。いえ。そうじゃなくて。でも。その。あれですよね? ハーッ、ハーッ」


 ダメだ。息が苦しい。


 すると、彼女は携帯電話を取り出して、どこかに電話し始めた。


 きっと救急車を呼ぼうとしてるんだろう。


「ハーッ。ハーッ。大丈夫ですよ。救急車を呼ぶほどでは無いですから……」

 

「警察ですか? 家の前に不審者がいるんです」


「いや間違ってないけど! ここ俺の家!!」


「どうやら呼吸も落ち着いたようですね」


 彼女は携帯電話から耳を離した。


 え。なに今の? 姫華さんジョーク?


 え。全然笑えないんだけど。戸惑いしかない。


「あの……それで。じゃあ今日はどういったご用件で?」


 俺聞くと、彼女は、


「とりあえず家に入れて貰えませんか? 話はそれからで」


 確かに外で立ち話もなんだな。


 俺は彼女を家に入れることにした。



「それで? 私の部屋はどこですか?」


 ズカズカと家の中に入ってくる姫華さん。


「あの。すみません」


「なんですか?」


「ここ、海外じゃないので靴を脱いで貰えますか?」


「失礼」


 彼女は大きなキャリーバックからスリッパを取り出すと、靴を脱いで中にしまう。


「さ、行きましょうか」


 そう言って、ガラガラと音を立てて家の奥に向かう。


 え? この人、本当に天河姫華さんなの!? 常識がまったくないんだけど!?


「待ってください!」


 俺はキャリーバックを家の中で使う姫華さんを止めた。


「まだなにか?」


「廊下に傷がつくのでキャリーを使わないでください」


「結構細かいんですね。お兄ちゃんは」


 ……お兄ちゃん。


 なんだ?


 今、胸の奥をギュッと掴まれるような感じがあったぞ。


「姫華さん」


「なんですか? お兄ちゃん」


 お兄ちゃん。


 お兄ちゃんは……ありだな。


「部屋を案内する前に、少し話をしませんか?」


 俺は部屋のリビングを案内する。


 彼女はスタスタとついてきて、ソファにふわりと座った。


 動作が本当に美しい。


「どうぞ」


 俺は麦茶とクッキーを彼女の前に置いた。


 彼女は、間髪入れずに個包装されているクッキーの包装を開けて、パクパクと食べ始めた。


 あれ? この人に告白したんだよな。俺。


 自信なくなってきたな。


「それで? 話って何ですか? お兄ちゃん」


 彼女はソファに腰を深く沈ませて、すっかりリラックスした様子で言った。


 まるで自分の家のようだ


「いろいろと聞きたいことがあるんですけど、まず、六花が帰ってこないんです」


「六花? どうして六花が帰ってくるんですか?」


「いや、昨日、六花さんが、うちの妹になるって話だったんですけど……」


「それは間違いです」


 彼女は麦茶の入ったグラスを持ち上げて一口のんだ。


「間違い?」


「はい。母親が再婚したのは六花でないです。私、つまり姫華の母親ですね」


「え、どういう事ですか?」


「私には、お兄ちゃんが言ってることの方がわかりません。手紙は届いていないですか?」


「手紙?」


「はい。お兄ちゃんのお父さんから「天河姫華が娘になったからよろしくな」みたいなことを書いた手紙が届いていませんか?」


「……いや。さっきも言いましたけど届いてないですよ」


「わかりました。じゃあ、今から書きますので少しお待ちください」


 そう言った彼女は、ペンケースとレターセットをキャリーから取り出した。


「ちょ、ちょっと待って」


「何ですか?」


「今から書くって何? めちゃくちゃ偽造しようとしてない?」


「お兄ちゃんのお父さんが書こうが、私が書こうが同じ手紙じゃないですか」


「同じじゃねえよ。別人が書いたら意味が変わってくるだろ」


「私の手紙には価値がないと?」


「いや。姫華さんの手紙なんか貰ったら有頂天になるよ。でも、そういう事じゃないだろ?」


「あ。そうだ。私、お腹が減りました」


「は?」


「お腹が減ったといったんですよ。何か気の利く食べ物でも出したらいいんじゃないですか?」


 え? なんなのこの人。


 俺が好きになった人って、プライベートだとこんなんなの!?


 意外過ぎて胃がキリキリしてきたんだけど!?


「なにか変なことを考えていませんか? お兄ちゃん」


「別に」


「ならいいですけど」


「とりあえず、なんか作るよ」


「楽しみにしていますね」


 そう言って、天河姫華はソファにふんぞりかえった。

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