二日目①


 彼女は、ピンクの可愛らしいパジャマを着て、スヤスヤとかわいらしい寝息を立てている。


 いや。これマズいだろ。


 なんで自分の部屋で寝てないんだよ?


 もしかして、トイレに行った後で部屋を間違えたとか?


 でも、ベッドに人が寝てたら普通は気付くよな?


「……ん」


 彼女が艶っぽい吐息をはいて、少しだけ動いた。


 これは、そうとうマズい状況なのではないだろうか。


 家族になったとは言っても、しょせんは他人だ。


 朝起きて、目の前に男がいたら、彼女は恐怖を覚えてしまうだろう。


 俺は必死に離れようとするが、なぜか彼女の両手は俺の腰に巻き付いたまま離れない。

 意外に力があるな。


 くそっ! このままでは人生が終わる! 生きなくては!


 俺は息を殺し、彼女の手を、そ~っとをつかみ、ゆっくりと、なんだこの手マシュマロかよ! って感想を抱きながらシーツの上に置いた。 


 そして、そのまま海老のように後ろにのけぞってベットから落ちた。


 いてぇ!!


 思ったより床が痛かったが、人生が終わることを思えば安いものだ。



「ん? ……あれ?」


 マズい。


 今ので六花が目を覚ました。


 早く逃げなくては


「あれ? ……私……寝てた? ん?」


 寝ぼけてるようだ。


 俺はゴキブリのように床を張って部屋を脱出した。


 四つん這いで階段を降りて立ちあがり、キッチンの時計を見るとまだ6時前だった。


 ……とりあえずシャワーでも浴びるか。



 俺はシャワーを浴びてから、朝ご飯の準備に取り掛かった。


 炊きあがったご飯をかき混ぜて、冷凍しておいたお弁当のおかずを弁当にいれる。


 朝食は、レタスときゅうりで簡単なサラダを作って、ジャガイモを切ってスペインオムレツを作ろうと思っている。


 しばらく無心で料理をしていると、


「あ。えと、おはよう……りく君」


 六花が、キッチンの入り口から半分だけ顔をのぞかせている。


 なんだあれ。天使かよ。


「おはよう。もうすぐご飯できるからね」


「うん。いま、髪がボサボサだから髪だけ洗ってきてもいい?」


「もちろん。パンとご飯はどっちがいい?」


「あ……じゃあご飯がいいかな」


 六花はご飯派か。


 俺と同じだな。


 髪を洗って来た六花からは、とてつもなくいい匂いがしてくる。


 うちのシャンプーとは違う匂いだ。


 学校の裏掲示板では、みんながあの匂いの秘密を予想していたが、その答えがうちの風呂場にはあるのだろうか。


 くくく。


 あの天河六花が俺の妹になったという事を知った連中は、血の涙を流して悔しがるだろうな。



 彼女は朝が弱いのか、先ほどから窓の外をボーっと見ている。


「今、鳥が来てるよ」


 俺は、庭に設置されている巣箱を指さす。


 むかし、母さんが設置した巣箱だ。ときどき餌を入れておくと鳥がやってくる。


「ほんとだ! かわいい!!」


 急にスイッチが入ったように彼女は目を輝かし始めた。


 まるで子供のように鳥を見続ける彼女に見とれてしまう。


 俺は微笑ましく思いながら、彼女の前に、スペインオムレツとサラダを置いた。


「わ! 美味しそうだね! りく君をお兄さんに欲しいよ。あ、もうお兄さんか」


 なんだよこれ。


 幸せかよ。


 俺、明日死ぬんじゃないだろうか。


「どうしたの?」


 心配そうな顔の六花に、俺は包んだお弁当を置いた。


「え? お弁当?」


「うん。良かったら食べて」


「嬉しい。何が入ってるの?」


「そんなに凄いのは入っていないよ。ベーコン巻きとか、ウィンナーとか」


「ベーコン巻きは何を巻いてるの?」


「アスパラガス」


「わたし、アスパラガス好きだよ」


「本当?」


 じゃあ、今日はアスパラガスを買い込んでくるか。


「野菜全般がすきなんだ」


 そんな。好きだなんて。


 よし、もっと言わせよう。


「レタスは?」


「すき」


「キャベツは?」


「すき」


 ああ、耳が幸せだ。


「ほうれん草はどうですか?」


「すき……だけど、どうしてそんなに聞いてくるの?」


 まずい。怪しまれている。


「理由は別にないですよ。聞いただけです」


「そうなんだ……」


「とりあえず、朝食食べましょうよ」


作った朝食を彼女の前に置く。


「美味しそうだね。これってオムレツ?」


「スペインオムレツですよ」


「食べてもいいの?」


「もちろん」


「やった!」


 かわいいかよ。


 彼女は姿勢を正し「いただきます」とお辞儀した。


 彼女は綺麗な姿勢で、綺麗に食べる。


 食べ終わった後の食器も、洗った後のようにピカピカだ。


 皿を洗って、歯を磨く。


 かばんにいれた教科書を確認して、一階に降りる。


 玄関先では、髪をおろしたままの六花が、大きなリュックを背負ってこちらを見ていた。


「あれ? まだ行ってなかったんだ」


 天河姉妹は、いつも早く学校に来る。


 人が多い時間帯だと、いろんな人に話しかけられて時間がかかるからだ。


「うん。りく君と行こうと思って」


 なんだよこれ。


 昨日、告白してダメだった人の妹が、俺の妹になって甘えてくる。


 人生って、何が起きるかわからないね。


「待ってて。すぐ行く」


 俺は自分の分の弁当をかばんに入れて、彼女と一緒に登校した。

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