第2話「俺は誰?女も誰?」

「まてまてまてまて…ナイナイどう考えてもそれはナイ。落ち着こう。一回落ち着こう。落ち着いて考えよう。えっと…俺は誰だ?この女も誰だ?…いやいや、俺は俺だよ。当たり前だ。で、ここは…俺の家だな。となるとこの女は………そうかそうか、まだ夢の中なのか。そうだよな。昨日シコタマのんだもんな。…よし。とりあえずもう一回寝よう。夢なんて寝れば醒める。寝てしまえば新しい夢が始まって今の夢はすぐに消えるはずだ!そうだ、間違いない!おやすみ!」


 冷静に状況を分析した結果、俺はまだ夢の中にいるみたいだった。

 そして、俺はその夢を夢の中へ還すために再び布団を被って眠りにつこうとした。


「んん……んうん………あはは……そこはおっぱいですよお……ミヤモトさんはエッチですねえ………にゃむにゃむ……」


 布団に入った俺の横で女の声がした。

 女というよりは女の子という感じのその声の主は、どうやら寝言を言っているらしかった。俺の姓はミヤモトではない。当然、名がミヤモトであるはずがはない。

 俺は雨宮あめみや元春もとはるだ。

 他人の名字を呼ぶその声を俺は無視し、声がしたほうを背にするように寝返りを打って瞼を閉じた。

 その時だった。


「んん?…むにゃ…あれえ、ここはどこですかあ?私の部屋じゃないですねえ…どなたのお部屋なのでしょうかあ?」


 女、いや、女の子の声が…いやいや、そんなのどちらでもいい。とにかく背中のほうから声が聴こえた。

 俺はその声が聞こえないふりをして強く瞼を閉じた。そして、そのまま眠ることによって夢から醒めて現実に還ろうとした。

 しかし、どんなに眠ろうとしても俺は眠ることが出来なかった。それどころか、その声を聞いた瞬間に一瞬だけ開いてしまった瞼の裏の黒いシャッター、その向こう側に見えたに寒気を感じ、その物体をもう一度見なければという気持ちが込み上げた。

 俺は心の中で自分自身に「大丈夫大丈夫」と言い聞かせながら恐る恐る瞼を開いた。


「マジか?いやマジでマジなのか?マジマジマジカルなのか?…ナイナイナイナイ。それは絶対にない。あーあ、目ぇ開けて損した。こんなの夢なんだから問答無用で寝ちまえば良いんだよ。…よし!今度こそ寝る!誰がなんと言おうと寝る!おやすみなさい!サイの瞳は人間そっくりクリスマス!」


 俺は視線の先にあるその物体を見てやや動揺した。いや、かなり動揺した。

 動揺している証に俺の口からは、「マジマジマジカル」、「サイの瞳は人間そっくりクリスマス」などという、言った俺にも意味のわからない言葉が衝いて出た。

 俺の寝転がる布団から少し離れた位置にあるソファーの上にそれらはあった。

 シワにならぬように丁寧に折り畳まれた紺色と灰色のチェックのプリーツスカート、同じく折り畳まれた灰色のブレザー、無造作に投げ捨てられた真っ白なブラウス、うっちゃられた艶のある臙脂えんじ色のサテンリボン、背もたれに左右別々に掛けられいる薄手の黒いソックス、同じく背凭れに掛けられている無地の白いシャツ、そして、それらの物が置かれたソファーと布団の中間辺りの床の上には、上下ともに薄い水色で統一されたのレースの下着があった。

 俺はそれらを見なかったことにして暗闇へと逃げ帰った。

 瞼がもたらすその暗闇は、カーテンの奥から照らす日光によって邪魔され、完全な暗闇と言えるものではなかった。


 ドクン…

 ドクン…

 ドクン…

 ドクン…


 どんなに強く瞼を閉じていても、胸の中に収納されている心臓は休むことなく鼓動を奏で、その鼓動は中途半端な暗闇で怯えた様に眠ろうとする俺に緊張感を与え、眠ることを許さなかった。

 そして、俺が独り言を言ってから十秒も経たないうちにそれは起きた。


「すみませえん、おトイレをお借りしてよろしいでしょうかあ?」


「えっ!?…あ、ああ、トイレね。良いよ良いよ。そこを出て三メートルくらい先の左側にある扉がトイレだよ」


「わかりましたあ、そこの扉を出て三メートルくらい先の左側の扉の中ですねえ」


 突然放たれたトイレを貸してくれという女の申し出に俺は思わず飛び起き、座ったままトイレがある廊下へと続く扉を指差してそう答えていた。

 それを聞いた女は布団から出るとトイレへ向かって歩いていった。

 一糸纏わぬ女の後ろ姿からは、その独特で甘ったるい様なゆっくりとした言葉遣いに似合わぬセクシーさが漂っていた。

 腰まで伸びた艶のある黒髪、程よい肉付きを残しつつ均整の取れた肉体、見覚えのないその女の後ろ姿を見た俺は、この事態が夢ではなく、現実に起こっている出来事であるを理解した。それと同時に俺は、もしかしたら自分がトンデモナイ過ちを犯したのかも知れないと悟った。

 畳まれた衣類はその女の物と思われた。

 そして、女の物と思われるその衣類を総合すると、それらは明らかに学生服だった…

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