純粋なる欲望

 都内にある高層ビルにある四つ星レストランで優雅に夕食を嗜む二人の男女。

 男性の名は咲良一以さくらいつい32歳、女性の名は宮松香織みやまつかおり28歳。マッチングアプリで知り合い、今夜が二人にとって初デートとなる。

 紳士的な容姿に巧みな話術、そして経済力面でも豊かであろう咲良に宮松は好意を寄せる。


「咲良さん、ごめんなさい。初対面なので、精一杯服装に気を付けたつもりだったのですが、まさかこんな素敵なドレスを用意させてしまうなんて……」

 宮松は申し訳なさそうに言った。

 

「大丈夫だよ、気にしないで。そもそも私が勝手にこのような場所へ誘ったのが悪いんです。本当に申し訳ありませんでした」

 咲良は頭を下げ謝った。


「そんな……謝らないでください! 私こういうところ初めてで嬉しいです。ただ、少し緊張していますけど」

 

「大丈夫です。マナーなど気にせず、自由に食べてくださいね」


「ありがとうございます。でも、咲良さんも野菜とワインしか口にしていませんよ」


「実は私、この手の肉料理はあまり食べれられないたちでして」

 そう言う咲良は、白ワインを口に含み広がる香りを楽しむ。

 

「そうですか。なんだか……悪いです」


「大丈夫だよ。さあさあ食べて」


 宮松の席に豪華なコース料理が並べられていくなか、咲良の席にはサラダとスープしか置かれていなかった。宮松はそんな咲良に遠慮し、あまり料理に手を付けずにいた。


 宮松はごくごく普通の女性、むしろ素朴感すら感じられる。

 そんな宮松を咲良はジッと見つめ答える。


「いや、実にい。私の理想というべき素材ひとだ」


「そんな……お世辞にしても褒めすぎですよ、咲良さん」

 宮松は照れて頬を赤くする。


「お世辞ではないよ、最近の女性はピアスを至る所に開けたり、無駄にきつい香水を振ったり厚化粧したり。その点、宮松さんは……あっ、少しおじさんぽかったかな? 申し訳ない」


「いえいえ全然平気ですよ。むしろ、完璧そうな咲良さんの違う一面を見れたようで嬉しいです」


 話が弾み二人は瞬く間に、意気投合していく。

 その後もデートを楽しんだ二人は、近くの公園のベンチに座り、口づけを交わした。


「痛!」

「すまない、少し噛んでしまったようだ」

 謝る咲良に宮松はギュッと抱きついた。


「大丈夫……」


 咲良は宮松の頭を軽く撫でた。

「私の家はこの近くにあるんだ。来るかい?」


「でも……」

 咲利の突然の申し出に少し戸惑う宮松。


「大丈夫だよ、もう少しだけゆっくりと話がしたいだけなんだ。お茶でも飲んで酔いを少し覚すといい。それから家の近くまで送って行こう」


 初めは躊躇したものの、これまでの紳士的な振る舞いもあり咲良を信用した宮松は彼の後に付いて行く。咲良は宮松と談話しながら歩き、公園からそう遠くはないタワーマンションの自宅に宮松を招待した。


「本当に少し飲み過ぎた見たい」

 頬を赤らめる宮松の肩を咲良は抱き寄せる。そして、二人はまたも口づけを交わす。


「少しお口直しをしようか? 先程は私に遠慮して料理をあまり食べれなかっただろ?」

 咲良は台所に立ち、料理を作り始める。その手つきはとても鮮やかで、見て惚れ惚れするほどの腕前だった。


 ワインのつまみになりそうな軽い料理を三品ほど作り、再度二人でワインを飲みながら話をする。


 宮松は咲良の料理に舌鼓を打つ。

「美味しい、とっても美味しいです」

 

「ありがとう」


 自分の作った料理を美味しそうに食べる宮松を咲良は嬉しそうに見つめていた。


「もうさすがにお腹いっぱいです」と、にこやかに微笑む宮松。


「そうかい? じゃあ最後の締めとしよう」


 咲良は再び台所に行き……


「特別な出汁だしで作ったスープなんだ。そして、これが食後のデザート」

 

 宮松は咲良に勧められるままにスープとデザートを食べた。


「飲みやすい。こんなにおいしいをスープ飲んだのは初めてです」


「そう言って貰えると嬉しいよ」


 食後のデザートを楽しんだ後、ソファーに二人で並んで座る。

 二人はまたも口づけを交わす。宮松がぎゅっと咲良に抱きつく中、咲良は頬・首筋にとキスをし、最後に耳を甘噛みした。


「あっ」

 思わず声が漏れる宮松。


 宮松を抱きしめる咲良の手にも思わず力が入る。


「痛!」

 痛がる宮松に咲良は再度、謝った。


「すまない、また少し耳を強く噛みすぎたようだ」


「ううん……大丈夫」

 宮松は咲良にすっかり心を許していた。


 咲良はテーブルに置いていたリモコンを手に持ち、テレビを付けると

「宮松さん、洋画は好き?、突然宮松に問いかける。


「ええ、まあ人並と言うか、たまに見る程度ですが……」


 咲良はリモコンを操作し、洋画を映しだした。


(恋愛物の映画でも見るのかな?)

 宮松は思う。


「私は無類の洋画好きでね……特にこういうのが大好きなんだ」


 咲良が映し出した映画には目を疑う様な光景が映っていた。なぜなら再生された洋画は人間が次々と惨殺されるホラー映画でだったからだ。


「えっ? えっ? どういう事ですか?」

と、宮松は困惑するばかり。


「特に私は『食人鬼』っていう映画が好きなんだ。一部のマニアにはめっぽう受けが良かったらしくてね。1000万ほどの安い製作費で作られた自主製作映画なんだが、思わぬヒットで日本では8億円程の配給収入を得たらしい。すごいよね! 旅行客6人が、とあるアマゾンのへき地で出会った食人鬼の部族に出会い、最後には全員食い殺されるってラストなんだけど……。斬新だろ?

 特にあのジョンが殺される残虐なシーン、あれが良い。製作費が乏しい中、実にリアルで真実みのある映像だった。むしろ、実写ではないかと疑ってしまう」


 その話を聞いた宮松は少し震えながら咲良との距離を空けようとする。しかし、咲良は宮松が逃げれないように肩へ手を回し、さらに話し続ける。


「ただ、一つ言えば……映画の最中に何度か流れる強姦シーン、あれには美学がない。食に対する冒瀆だと言える。 食への感謝の念を忘れてはいけない。自らの糧になってくれる相手を、そして生命を尊重し、綺麗に最高の状態で食べる行為こそ美学だと思うのだが……君もそう思わないかい?」


 宮松は咲良の異常とも言える発言に怯えながら

「咲良さん、な……何をおっしゃっているんですか?」

と、聞く。


「君もあのスープ美味しいって食べてくれたじゃないか……良い出汁だったろう?」

 咲良は尚も話す。


「さっ……、さっきから何を……」

 宮松は恐怖でうまく話せずにいた。



 そして、咲良は答える。



「私も食人鬼なんだ」


 宮松は恐怖におびえ逃げ出そうとするが、咲良はそんな宮松の体を抱きしめて離さない。そして、宮松の耳元で優しい声で呟いた。

「もうそろそろ薬が効いてくる頃だ。大丈夫だよ、僕は食材を大切に扱うから心配しないで」


 咲良の出したスープには薬が盛られており、それを飲んだ宮松は恐怖に怯えながら意識を失っていった。


「はあ、良い香りだ。下手な装飾もなく香水も振っていない。余計な着色のないまさに天然もの……僕の想像以上の女性だよ、君は……」


 

 それから数日後、宮松香織の両親は警察に行方不明者届を出す。だが、未だに宮松香織は見つかっていない。


 日本全国で警察に届け出される行方不明者数は、年間8万人前後と言われている。














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