孫の涙(下)

「ザイ、行ってくれ」

 バチは動けない松浦と神之里の手足のロープを解きながら言った。


「は?俺に探して来いと……?」

 嫌そうな顔をするザイに「すまない、頼む」と、バチはさらに嘆願する。


「もーう、分かったよ。お前はどうすんの?」


「私はまだやる事がある」


「OK(オーケー)」

 ザイはバチの肩をポンと叩き、すぐさまその場を後にした。



 そして夜は明けた。


 次の日の早朝、ザイは舞子に頭を下げ謝っていた。

「すまない、朝まで探したんだけど見つからなかった」

 泥にまみれた服装とヨレヨレになった髪型からも必死に探したであろう証がその様子に印されていた。


 舞子はザイに抱きつき笑顔で言った。

「がんばってさがしてくれて、ありがとう」

 そんないたいけな舞子の頭をザイは優しく撫でた。


「この案件は執行官の*不履行により無効となったため、原告舞子様には全額返金させて頂きます。誠に申し訳ありませんでした」

バチは舞子に頭を下げ深謝した。


 舞子は『事務所』を出ると何度も何度も手を振りながら去って行く。


「あーあ、今回は始末書だな」

と、落ち込むザイにバチは答えた。


「ああ、それはおそらく問題ない」


「えっ、どういう事だよ?」

 ザイは横にいるバチの顔を見て聞いた。



 神之里と松浦のひったくり被害者は、笠松千鶴だけではなかった。

 二人は常習的にひったくりによる窃盗行為を繰り返し、その被害者は数十件にも及んだ。その内、バチが請け負った依頼は全て合わせて8件。舞子の案件が流れた事による損害はないに等しかった。

 只、ザイには財布を取り戻せなかった不履行による信頼喪失のショックの方が大きかった。


「すまん、バチ」


 舞子を見送るように遠く一点を見つめたままのバチは言う。


「被害者のほとんどは高齢者だった。中には転倒した拍子に地面に頭を打ちつけ亡くなられた方もいた」

 

 ザイは昨日の「私はまだやる事があるのでここに残る」と言った、バチの言葉を思い出し理解した。

「お前あの場に残って他の依頼を果たしていたのか。それじゃあ、アイツらはもう……」


「ああ」

 バチは頷いた。


「でもバチ、お前は「恩赦を与えてやる」って言ったろ?」

と、さらに問い質すザイにバチはこう切り返した。


「私はと言った筈だ」


「なるほどね、相変わらず怖い人だねーー」

納得するザイ。


「罪と罰は平等でないといけない、これは私の中でどの言葉より重い」

「はいはい、知ってますよ」

 

 うつむいたザイは最後にボソリと呟いた。

「でも、財布見つけてあげたかったな……」


 笠松千鶴が盗まれた財布は、今は亡き夫が生前に千鶴へ誕生日プレゼントで渡した財布であった。その事を舞子から聞き、知っていたザイは本当に残念そうな顔をしていた。


 その様子を見てバチは少し微笑んだように見えた。


「人が落ち込んでんのになんだよ」


「いや、なんでもない」




 数日後……


 母親に連れられ祖母千鶴が入院している病院へ行った舞子は、驚きと喜びの声を上げた。


「えー、なんであるの?」


 千鶴の枕元には無くなった筈の思いでの財布が置かれていた。

「なんでだろうね。朝起きたらその棚の上においてあったんだよ」

千鶴はベッドの傍にある棚を指差し答えた。


「よかったね、おばあちゃん! からだいたくない? だいじょうぶ?」


「大丈夫だよ舞子。心配かけたね、ありがとう」


 半年後、千鶴は無事退院する。そして、取り戻した財布は今も大事に使われている。


 何故財布が見つかったのかは、また別の話でという事で……


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

不履行 契約等が実行されない事

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る