第三報 笠松 千鶴
孫の涙(上)
今回の登場人物
泣いている少女に一枚のメモを渡す女性。
「この人達が必ず、あなたのお婆さんの仇を取ってくれるよ」
8月16日
「こんにちは-!」
バチとザイの『事務所』の前で少女が大きな声で叫んでいる。
「おいおい、人んちの前で何叫んでんだ? 少女よ」
ビールを片手に少し酔っぱらったザイが、事務所から玄関に出てくる。
少女は真っ直ぐにザイの目を見つめる。
「おねがいがあります」
「ふっ」と、笑ったザイは
「オジサンはね、ニートなのニート。わかるかな-? お願いされてもお金はないよ」と、少女の頭を撫でる。
「ふくしゅうしてください」
「ん-復習ね。オジサン勉強苦手だから無理なんだよ。文字を見るだけで頭痛くなるから」と、答えた。
「ちがいますー!」
『事務所』前の道端でザイと少女の押し問答が繰り広げられる。
その状況にばったりと出くわした買い出し帰りのバチ。
「とりあえず、中に入って頂こうか?」
エコバックにスーパーで買った惣菜をたんまりと詰め込んだバチは、ザイと少女と共に『事務所』へ入って行く
少女の名前は笠松舞子。バチとザイに事の経緯をつたない言葉で伝えていく。
7月21日午後14時12分、孫を連れた老女がひったくりに合う。
ショルダーバッグを原動機付自転車に二人乗りした男達に奪われそうになった老女は、バックを必死に押さえ抵抗した。
バッグから手を離さなかった老女はそのまま原動機付自転車に50m先まで引きずられた。二人乗りした男達はそのまま逃走、老女は2万4千円の入った財布をカバンごと盗まれた。被害者の老女の名は笠松千鶴。
笠松千鶴はその後、救急搬送され左手首骨折と複数の打撲創と裂傷により全治六ヵ月の重傷と診断された。
「おばあちゃんのかたきをうってください。あと、いつもだいじにしていたサイフをとりかえしてほしいの」と、舞子は涙を浮かべ必死に訴える。
ザイはビールを一気に飲み干すと
「舞子ちゃん、それはそうとオジサン達の事誰に聞いたの?」
バチの買ってきた惣菜をあけながら舞子に問いかける。
「ん-しらないおねえさん」
「そうか-。でもオジサン達のお仕事はね、とっても高いんだよ。舞子ちゃんはいくら払えるの?」
舞子はポケットにしまっていた可愛らしいがま口財布の口を下に向け、地面に小銭をばら撒いた。
「ぜんぶあげます」
そんな舞子を見てザイは申し訳なさそうに吐息を洩らすとバチに尋ねる。
「どうする? バチ」
「受けよう」
「だよね。受けないよね……って、え?」
「受けよう」
思わぬ返答にザイはバチを二度見した。
「受けるの?」
「ああ」
感情的には動かないバチが少女の願いを承諾した事に一瞬困惑したザイだったが、元々情に厚いザイはこの手の仕事が好きだった。
次の日の深夜、執行。
バチとザイが住む町の郊外にある廃工場の庭に二人の姿はあった。
「おい、この縄をほどけ! 聞こえてんのかおっさん」
「お前等、こんな事してただで済むと思うなよ!」
威勢よくバチとザイに罵声を浴びせる二人の男達の名は、神之里大樹と松浦冬夷。笠松千鶴を重傷を負わせたひったくり犯である。
仰向けに寝かされた二人の前にはバイクが置いてあり、双方の足から伸びたロープはそのバイクの荷台に括り付けれている。また、抵抗できないように二人の両腕もまたロープにより背後で縛られていた。
「ここは
ザイは二人を見下しながら言うと、バイクに乗りエンジンをかけた。
沈黙を破りバチが口を開く。
「それでは始めます」
バチは仰向けに寝る二人に対し罪状を述べる。
暴言を吐き暴れる神之里と松浦は、バチの話を聞こうともしなかった。
「早くほどけよ、コレ!」
「ざけんなよ、クソ野郎が!」
粛々と話を進めるバチは
「被告人両名、異論はないか?」
と問うも、二人は全く聞く様子はなかった。
「いいかげんにしやがれ!」
「オラ、そこのデク訴えんぞ!」
バチは手に持っていたノートを閉じ
「異論がないようですので、これより執行します。尚、今回の原告は未成年でありバイクの運転が不可能であるため、私達が『代執行』とさせて頂きます」
と言うと、バイクへ
バチとザイはバイクに跨りエンジンを噴かす。
「おい、お前ら聞いてんのか?」
「冗談やめろって!」
それを見て慌てふためく神之里と松浦。
バチはこのように言う。
「76歳女性の平均歩行速度は約50m/分、それに対し20台前半男性の平均歩行速度は77m/分、被害者の千鶴氏が引きずられた距離はちょうど50m程であるため、20台前半男性の体感で言うと約77m。まずは、それで行ってみましょう。」
「お二人さん、フルスロットルで行くぜー、気合いれろよ!」
「3・2・1……Go!」
ザイの掛け声により、ほぼ同時に二つのバイクはアクセル全開で走り出す。
「あがががーががっががが、ばばばばぶびっぶ-ばべがばっば」
神之里と松浦は、上下が分からなくなる程に激しくバイクに引きずられ、時にはバウンドし地面に顔を叩きつけられながら激しい悲鳴を上げる。
バチとザイが運転するバイクは約77m程走った後、ほぼ同時に停止した。
「ずいませんでじた、ゆ゛るしてだざい(許してください)」
神之里が体をビクビクと震わせながらも、必死に命乞いをする一方で、
松浦は頭から血を流し意識を失っていた。
それを見るバチは冷静に
「やっぱり個人差がありますね。まだ、裂傷も少ないし骨折もしていない。これだから執行は難しい」と、見解を述べた。
「もうコイツでやっちゃう?」
ザイは手に持った鉄パイプをバチに見せた。
「ひいぃぃぃい」
神之里は恐怖し、尿を洩らした。
バチは座り、神之里に顔を近づけ問う。
「答えろ! 7月21日老婆から奪ったカバンを覚えているか?」
神之里は深く考え込んだ。
「バチ、コイツ覚えてなさそうだぜ。もう手を折っちまおう」
「ま、ま゛ってくだざい。覚えています」
ザイに必死な形相で訴える神之里。
バチは冷酷な目で見つめながら
「その時に盗んだ財布をどこにやった? それを答えれば、この件については恩赦を与えてやる」と、神之里に言う。
「すて・・・捨てた、捨てました。●●橋で川に投げ捨てました。」
力のなく怯えた声で神之里はあっさりと自白した。
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恩赦 憲法及び恩赦法の定めに基づき、内閣の決定によって刑罰権を消滅させる又は裁判の内容・効力を変更もしくは消滅させる制度
バチ達の間では温情を与えるもしくは
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