さらば関ちゃん その後

 関が死んで一週間が経った。

 

 公園の奥にある雑木林の中に一本だけ椿の木が生えている。誰がどのような経緯で植えたのかは謎であるが、関がこの公園の中で一番愛した場所であった。

 

 しくも関が最後に発見されたのもこの場所であった。


「最後に頑張ってよくここまで来たね、関ちゃん」

 そこに花を手向け手を合わせるザイの姿があった。


「やり返してやったぞって言っても関ちゃんは喜ばないよな。アレは俺のただの自己満足だもん。あの世に言ったら謝りに行くよ」


 関の死後、ザイは毎日ここで手を合わしては関と会話している。

 文にとってもそうであるが、ザイにとっても関はかけがえのない友人であった。



 後方より人が近寄る音が聞こえてくる。


「こっちだ、こっち! ここで死体が出たって噂だぜ」

 時折、事件の噂を聞きつけ公園の奥地へと足を踏み入れるやから達が多い。


 ザイはその者達に凄み利かせ追い払う。

「安心しな関ちゃん、今度は俺がしっかり守ってやるからな」

 

 安心したのも束の間、間髪入れずはまたも人が近寄る音を耳にする。


「しつこいな、いい加減に……」


「――ってバチかよ。しかも文さんまで」


 バチと文もまた、関の墓参りに来たのであった。



「さすがにあの件があってから私も怖くてね。「さすがに一人では危ない」からってバチさんが付き合ってくれたんだよ」

と、文は言う。 


 片手に日本酒の一升瓶を待ったバチはもう一方に持つ紙コップを無言でザイに渡した。バチはザイと文の紙コップに日本酒を注ぎ、余った酒を全て椿の木の根元にかけると瓶を置く。そして、黙ったまま目をつむり手を合わせた。

 それを見たザイと文は、紙コップの酒を一気に飲み干し、バチと並んで目を瞑り手を合わせた。


「ザイちん私ね、施設に入る事にしたよ」


「えっ?」


 突然の話に驚き、思わず目を開けたザイは文の方を見た。

 文もまた目を開け、真っ直ぐザイを見つめた。


「やっぱり一人でこの公園は広いし寂しすぎる。それに今度は私が二人に迷惑をかけてしまうかもしれない」


「そ、そんな事はないよ。文さん」

ザイは今にも泣き出しそうな顔をしながら、文の肩に両手を乗せ必死に首を横に振る。


 今まで沈黙を続けていたバチが

「私もそれが良いと思う」と、ボソっと言う。


 ザイは「ふぅ」と息をついた。

「そうか」


「大丈夫。役所の人がすごく良い人で、とっても綺麗な施設を紹介してくれたんだよ。面会もできるらしいから、いつでもバチさんやザイちんと会えるしね」


 悲しみを堪え気丈に振舞う文を見て、ザイもカラ元気で答える。

「あ-美味しいもんを一杯差し入れに持っていくよ」


「ありがとうザイちん、楽しみにしておくよ」


 三人はそれからまた関の墓に手を合わせ、しばらく目を閉じた。


 一番先に目を開けた文は「じゃあ、私はこれから役所の人と手続きあるから先に帰るよ」と、その場を去ろうとする。


 途中まで送ろうするバチを、文は止めた。


「バチさん、まだ明るいから大丈夫だよ。ザイちんと帰ってあげて」

 そして、文はバチとザイに手を振りながら去って行った。

 

 文が見えなくなるまで見送った二人は椿の木を一心に見つめていた。



 しばらく沈黙が続いた後……


「帰るか」とザイが言うと、


「ああ」と、バチが答えた。


「辞めてもいいんだぞ」

 バチがザイにボソっと呟くと


「バ-カ、辞めねえよ」

 ザイはうつむいたまま、バチの胸に軽く拳を押し当てた。


「ありがとな……」

 ザイは照れくさそうにバチにお礼を言った。


「何が?」


「あーいろいろだよ」


「いつもそう素直なら扱いやすいのだが……」


「あ-うるせーな。早く帰ろうぜ」


「ああ」


「……って言うかバチ、あんな大量の酒を木にかけて枯れたらどうするんだよ?」


「ああ」


「ああじゃね-って!」


 夕日が二人の背中を照らす。

 長く並列した二つの影は切なそうで、でもどこか温かそうにも見えた。      



 椿の花言葉 『気取らない優美さ』                 (終)

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