さらば関ちゃん(下)

「バチさん、ザイちんこれで関ちゃんの仇をお願いします」

と文は言い、華那に情報を売った金額の一千万を支払った。


「文さん悪い! せっかく手にした金なのに。」

 文は謝るザイの手を握り答えた。

「私はすでに世間からドロップアウトした身だ。金なんていらないよ。」


「本来、リスク回避と原告(依頼者)の尊厳で我々は手を余り出さないのですが、どうしても委任される方については料金が少しばかり割高になってしまうのです」

 バチはスッと文に頭を下げた。


「構わないさ、それより華那さんに感謝するよ」

 文は華那に頭を下げた。


「いや、良い情報頂けました。これを欲しがるお客(官僚)様は山ほどいらっしゃいますからね」

 ボイスレコーダーを片手に満足そうな華那。


 文が情報を差し出す間、席を外していた早見は、交渉がうまくいったと悟る。

 続けて「二人ともくれぐれも無茶しないでくださいね。バチさん達に手錠かけるのは嫌ですよ」と、バチとザイに忠告した。


「大丈夫だって早見さん」

 余裕の笑みを浮かべでザイは言った。


「私はをするだけですので、ご安心を」

と、バチは続けて早見に言った。

 

「それが、心配なんですよ……」

 嫌な予感しかしない早見。早見は起伏の激しいザイよりも、冷酷無比で掴み所がないバチの方が心配だった。



 その夜、ザイとバチは標的の男を飲み屋の外へ呼び出すと、スタンガンで気絶させ捕まえた。


 標的の男を車に乗せザイの運転で車を走らせる事、30分。



「う……」


 薄暗い部屋で椅子に縛られた男は滴る水の音により目を覚ます。


「ここは……」


「おはよう」


「うわっ!」


 目を覚ました男は、鋭い目でにらむザイに驚いた。男のすぐ目の前で向き合い静かに座るザイは、持っていた金属バットの柄に顎を乗せジッと男を見つめる。


「なんなんだ、お前は」

 男は戸惑いの声を上げる。


 バチはいつものように男の質問には答えず、無表情で机の上に置いたノート開き話を始める。


「それでは始めます」


 NPO法人『救いの御手みて』主たる活動内容は生活困窮者及び引きこもり支援による社会復帰。現在、最も注力するのは『ホームレスの基本的人権の回復及び社会復帰』。ホームレスに生活保護を受けてもらい、住む場所の提供を行う。その後も必要に応じて相談・支援を行っていくといった内容である。


 数々の実績により若くしてブロック長となった荻野おぎの 明楽あきら25歳は、ホームレスに住居を斡旋した際、その見返りに住居のオーナーから金銭を授受。最初は「一度だけ」と思いながらも欲に目がくらみ、幾度となくその行為を繰り返し、次第に恐喝じみた行為まで行うようになった。

 

 ある日、断固入居拒否をするホームレスの老婆ともみ合いになり両者は転倒。そのはずみで老婆は骨折し入院となる。入院により下肢筋力が低下した老婆は満足に歩く事ができなくなり、生活保護を受け介護施設に入所する事となった。


 荻野は思う。

「ケガをさせて入院させてしまえば、強引に施設送りにできる。見返りはその施設から取ればいい」


 そして、今回の事件が起きた。



「被告人荻野氏、間違いはないか?」

バチは荻野に問いかける。


「昨日の夜、お前と関ちゃんがもみ合って公園の奥に入って行くのがコレに残ってんだよ!

 ザイはUSBメモリを荻野に見せた。


「お前等アイツの復讐か。いやそれとも金が欲しいのか? いくらほしい? 払ってやるからこの縄をほどいてくれよ」

 悪びれる様子のない荻野は言う。


「そうか、じゃあ1億で許してやるよ」

ザイはそう言い放った。


「ふざけるな! 払える訳ないだろ、そんな金。だいたいあんな小汚いジジイの価値なんて100万でも高いくらいだ。アイツは、俺に「クズにはなるな」と説教垂れたんだぞ。クズにクズと呼ばれる屈辱がお前にわかるか?」


 ザイは持っていた金属バットの先で荻野のみぞおちを強く突いた。

「関さんはクズじゃねえよ!」 


 痛みで表情が歪める荻野。

「なっ、何するんだ」


 ザイは続けてバットの柄で荻野の顔を殴った。


「ううう……」

  荻野は思わずうめき下を向いた。


「ザイ!」

 バチがザイに注意すると、


「あ-、悪い悪い」

 ザイはバチに謝った。


 二人が脅しも透かしも効かない危険な人間だと気付いた萩野は

「すまなかった、ちょっとやり過ぎただけなんだ。余りにも抵抗してくるんで、つい熱くなってやりすぎてしまったんだ。許して、許してください!」

と、必死に詫びを入れる。


 するとバチが待っていたかのように口を開く。


「罪をお認めのようです。それでは原告関氏の代理人であるザイ氏、彼に相応の処罰を与えてあげてください。尚、この度は正確な回数が定かではないため関氏と相応の状態になった時点で終了とさせて頂きます」



「だってよ。ようやくお許しがでたぜ」

ザイはそれを聞き、素手やバットで荻野を痛めつけていく。


「いや、がっ、ゆる……許して。あ、ゆ。ばばば…………」

見る見るうちに荻野の体から力が抜け、顔面はパンパンに膨れ上がっていく。


「ば、っばって(待って)」

必死に許しを請う荻野を見てザイは一旦手を止めた。


「なんだよ?」


「び、びちぼくばらヴ(一億払う)だんど、がぼういぶるぼで(何とか用意するので)ごろざだいで(ころさないで)……」


 

「関ちゃんに一億払ったら許してやるよ!」

 ザイは目に涙を浮かべながら荻野を殴る。


「ぼんだ…ぶりだん…(そんなの無理じゃん)」

 

 ザイは荻野を容赦なく殴る。手の皮が捲れ、出血しながらそれでも殴る。


「ザイ!」

 バチが名を叫ぶ。


 荻野が全く動かなくなりぐったりとした頃合いで、バチがザイを止めたのだ。



「それでは代理人ザイ氏、次で最後になります。関氏の無念と原告文氏の思いを込め、頭部へ最後の執行をお願いします」

 

 ザイの目から大量の涙が溢れていた……。ザイは金属バットを強く握り締めた。


「あの世で一億払って詫びて来い!」






 執行を終えたザイは金属バットを投げ捨て無言で部屋を後にした。



 それから一週間、ザイは未だ『事務所』に顔を出さない。







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