第四十七話 「ホムンクルス」

「……っ!?」


 命の危険を本能で感じ取り、妙な物音がする天井を向いた瞬間、人間が真上から降ってきた。


 持っていた剣を瞬時に振り上げて、自分の身を守ることに徹した。


 その剣がキンッ! という金属音を響かせる。敵が剣を何かで攻撃したからだろう。


「はあっ!」


 俺は剣を精一杯の力で押し返して、敵を退ける。


 重い、少なくとも並の筋力ではない。

 自分がそれを押し返せたのは、相手が奇襲に失敗したと分かって自ら引いたからだった。


 正体不明の敵は軽やかなステップでカプセルの前まで下がった。


「……お前がホムンクルス、か?」

「…………」


 容姿は、整った美しい小顔と腰まで伸びた艶やかな黒い髪を持ち、真っ直ぐとこちらを見つめる曇りのない青い瞳。


 だがその瞳は……光を持たないようにも感じる。


 体を隠す粗末な布の服を身に纏い、しっかりとした細いボディラインが見て取れる為、性別は女性だろう。


「どう? これが、ホムンクルス試作8号。素敵でしょう? 人間味があって」


 追いかけていた白衣の女性はホムンクルス試作8号と呼ばれた少女の横に立ち、勝ち誇ったような顔で俺に言ってきた。


 さっきまで怯えてたくせに随分と強気になったものだ。

 だが、それだけその少女が危険だと言うことを表しているようにも見える。


「あなたには、土下座という腹が立つような屈辱を受けたわ。年下のくせに生意気なのよ」


「はあ? 聖騎士と勝手に勘違いしてビビってたやつが何言ってんだ。年上のくせにみっともないぞ!」


 俺が聖騎士だよと公言したわけではないので、俺は全然悪くないのだ。


 土下座させた件も、ちょっとエッチなセリフを吐かせた件も無実なのだよ。


「え、あなた聖騎士じゃないの!?」


 あ、ついバラしてしまった。

 勢いに任せて頭を動かしすぎたか。


「うん、そうだよ。学園から追放された最底辺学生だよ」


「!? よ、よくもこの天才科学者であるカイラ・ローンを嵌めたわね!」


 カイラさんっていうのか。

 何気に名前聞いてなかったな。


 って、すごいカイラさん顔真っ赤っすね。


「ホムンクルス! やっておしまいなさい!」

「…………」


 未だ無言の少女は、その言葉に従って紫と青に彩られた強大かつ大量の魔力を放出させる。


 魔力だけでこの威圧感。

 人間とは思えないほど空虚な眼差し。


「……人間味? どこがだよ、もう一回基礎から教え直したほうがいいと思うぞ俺は」


 彼女と目を合わせた時から、その視線がそう言えと物語っていた。


 俺はそんな苦言を呈して、ホロウ・ナイトメアをもう一度前へ構え直す。


 ところで、あいつはどうやって俺を攻撃したんだ?


 剣らしいものも見当たらないし、それおろか俺が持つ剣以外に、この場所に武器は無かった。


「…………戦闘を、開始、します」


 ホムンクルスは髪を魔力でなびかせながら、片手を前にゆっくりと出した。


 すると、手の平から何やら銀色に光るものが……。


「マジ? ズルくない?」


『剣』をどこからともなく呼び出したのだ。

 銀色の装飾が施され、俺の剣達と負けずとも劣らない研ぎ澄まされた刃。


 ホムンクルスはそれを構え、足を踏み込み、勢いよく走ってくる。


 速い、リーチと同等かそれ以上だ。

 トウギもなかなか速かったが、それと比較してもこちらに軍配が上がるように感じる。


「おいおい……。その便利な能力、俺にくれよ?」


 前方へ突き出すように放たれた細剣は、ホロウ・ナイトメアで僅かに横にずらして受け流す。


 だが、予想以上に鋭く、速く繰り出された突進剣撃は、俺の頬を少し掠める。


 洗練された動きだ。

 何も持たない俺が戦えば、一瞬で決着がつきそうだ。


 俺はもう片方の手にノーマルソードを装備して、すぐさまそれを斜め下から振り上げる。


 だが剣の軌道は彼女によって逸らされた。ルカとの課題組み手で培ったエセ剣術は、こうも簡単に防がれてしまった。


 ――新たに出現したもう一本の剣によって。


「なっ!?」


 当然、驚愕するだろう。


 今まで戦ってきた相手は限られた武器、一つだけの剣や大剣を使っていた。


 だがこのホムンクルスは、俺と同じくトリッキーな戦闘スタイルを持ち合わせていたのだ。


 反射的に横薙ぎに剣を振り払い、少女に距離を取らせる。


「……まるで写し鏡みたいな奴だな」


 最初から双剣ならまだしも、不意打ちとして利用できる戦い方をしてくるとは……。


 それを知った時、ますます警戒心が高まった。

 もし俺と同じように、様々な厄介な武器を呼び出せたら?


 そうだったとしたら、俺は容易に殺されてしまうかもしれない。


「!!」


 と、ホムンクルスは腕を振りかぶって剣を投げ飛ばしてきた。

 まるで剣が無くなることを躊躇しない動き、やはり俺と同じようにストックがあるのかもな。

 

 なんだか親近感が湧くが、それどころではない。


 ホロウ・ナイトメアを一秒も経たずに鎖の大盾と切り替えて、地面にずしんと置いてその剣から守る。


「…………」


「速いな、一手が。うちの学園に来ればモテそうな剣してるよ」


 ホムンクルスの少女は、顔色一つ変えずに向かってくる。研究所じみた大広間を駆け、俺の様子を窺っている。


 クールビューティーな美少女に手をあげるのは気が引けるが、やらないと俺が死ぬ。ホムンクルスだろうが関係あるまい。


 大盾から少しだけ手を出してスナイプブレードを発射させるが、どうやって見切っているのか、華麗な動きで弾かれる。


 右から大きく円を描いて再び素早く接近してきた。


「だけど、俺は負けない」


 ルカに比べれば、この程度の相手ならもうたいした事ないと思えるようになってしまった。


 飛び出してくるホムンクルスの意表を突くように、俺は大盾の能力を発動させ、縛りの鎖を出現させる。


 彼女は初めて感情のようなものを見せた。驚き、だろうか。


 鎖は空中でホムンクルスを止め、身動きが取れなくなる。


 この拘束は容易に解除できるものではない。

 少なくとも数十秒は効果を発揮し続ける、その間に……!


「ちょ、こっちに来ないで!」


 俺はこのホムンクルスを止める方法は無いかと考えた結果、取り敢えず作った奴は行動不能にしてしまおうという結論に至った。


 ホムンクルスを無視して、カイラの下へ走る。


「何してるの! 早く私を守りなさい!」


「……了解」


 俺の後ろで少女が小さく応答し、魔力を増幅させた。たちまち彼女を縛り付けていた鎖は木っ端微塵に破壊される。


「マジか……!」


 俺からカイラを守護する為、その魔力を放出させたまま高速で追いかけてくる。


 剣、槍、盾。


 全て試したが、ことごとくを受け流される。


 これほど剣が上手いなんて、俺ちょっと泣きそう。


「というか……ペット探しに来たんですけど……」


 どうしてこんな展開になっているんだ。


 あのピンクドラゴンはどこに行ったんだ?

 この部屋には姿は見当たらないし……。


 そう考えている暇も与えないように、ホムンクルスは二刀流で斬りかかる。


「――もう終わらせるか」


 長引かせるのはダメだ。

 彼女を剣を合わせた時に気付いた事があったからだ。


 反射的に俺はS級の武器を取り出した。


 もう片方の手にはライト・ジェネラル、加速の申し子の力を発揮させる。


 地面を蹴り、ハイスピードで迫り来るホムンクルスの剣を弾き返した。


 彼女の体は大きくよろめき、片手から剣が離れる。


「…………!」


「はあっ!」


 聖剣の刃が金色に煌めく。


 防御貫通が、ホムンクルスの持つ剣による防御という働きを相殺し、もう片方の剣を刃ごと砕く。


 彼女は完全に無防備となった。


 ガラ空きの胸元に、俺は聖剣の突きを繰り出した。


「……やっぱりな」


 聖剣が刺さり、一気に生命力を削られたホムンクルス。


 後ろに倒れようとしたところで俺は体を支える。


「呼吸、してないな。剣を交える時って、どんな相手でもその動作だけは現れるって聞いた」


 ホムンクルスは、死体だった。


 指先を握ると、温もりのない非常に冷えた感触が伝わってくる。


 なるほど……想像以上の悪事。

 こんな実験が、王都で行われているとは。


「ホムンクルス、何をやられているのよ! 早く起き上がって敵を殺しなさい!」


 ……落ち着け、怒りを抑えろ。


 すでに活動限界を迎えた彼女は、何を表しているのか分からないような表情だった。


 それが、何より悲しさを覚える。


 命を奪われたのか、それとも元から存在しなかったのかはまだ不明。


 だから……まだ抑えるんだ。

 スキルを発動させてはならない。


「助けてください、! このままでは、今までの研究結果がすべて……」


 俺は無意識的にスナイプブレードを発射していた。


 美しい軌道でカイラの眉間に命中し、そのまま倒れて絶命した。


「……散々だよ、この世界は」


 闇がすぐ近くに存在した事に吐き気がする。


 人間の尊厳を奪うのは……地球人である俺にとって理解しがたい問題なのだから。


「……キュウア!」


 と、俺の足下でそんな声が聞こえた。


 いつの間にかヒールドラゴンが俺の側まで来て頬ずりをしていた。


「お前、今までどこにいたんだよ……」


 名の知らない少女を抱えながらしゃがんで、ヒールドラゴンと背丈を合わせる。


「ほら、もう帰るぞ。この事をルカ達に……?」


 ピンク野郎? 何をしている?


 小さい手をホムンクルスにぺたぺたと張り付けていた。謎の行為に俺は困惑する。


「何してんの? それどころじゃ――」


 と、突然ヒールドラゴンは光を放った。


 桃色に体全体が発光し、体の形、大きさを変えていく。


「お、おい……本当にドラゴン、なのか?」


 手足が伸び、ドラゴンたるトカゲ顔はの頭部へと姿を変える。


 そして、あっという間に彼女になった。


「……ドラゴンじゃないじゃん」


 ヒールドラゴンと呼ばれた者は、今抱えている彼女と瓜二つ、ホムンクルス試作8号へトランスフォームを果たした。


「…………」


 何も喋らない、喋れないのかどちらか。


 全く意味が分からず、俺は硬直してしまった。


 だって、ピンク野郎が人間に、それも彼女になったんだ。驚かないはずもない。


 30秒ほどドラ……彼女になった者と見つめ合い、ようやく我を取り戻す。


「お、お前は――」

〈第三研究所の襲撃を確認しました。

 創造主の命により、自爆機能が起動しました。

 ただちに研究員は退避してください。

 繰り返します……〉



 ……おや?

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転生鍛治師の最強再起法〜才能<武器だったんだが〜 ない @NagumoOutarou1

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