第四十五話 「ペットはいなくなりがち」
「そのドラゴン、何……?」
「まあ、気にしないでください。今日から飼うことになったんですよ」
「キュアア!」
いつもの日課に戻り、課題であるルカとの組み手を始めようと思う。
ドラゴンは近くにあったベンチにおとなしく座っててもらおうと思う。
今は食堂で貰った果実をかじっている。
管理人みたいな人に確認してみた所、やはりタリアが来て直接許可を下ろしていたらしい。
抜かりないな、もしダメだったら強制返却を考えていたが読まれていた。
「気にするなというのが無理な話だね〜。それ、ヒールドラゴンでしょ? ピンク色だし、何より可愛いし。かなり珍しい竜族だね」
「そうなんですか?」
「うん、私も初めてお目にかかれたぐらい希少な種族だよ。傷つける能力を持たず、癒す力を持つとか」
なるほど、だから回復の『ヒール』か。てっきり悪者の『ヒール』かもと思ってしまっていた。
俺たちは話をしながら剣を抜き、組み手を始める。
あの時のような超人的な身体能力は出ない。
また素の、『最弱』の状態での課題消化だ。
「そう言えば、名前は何で言うのかなっ!」
「ぐっ……! 知りません、よ!」
高速で向かってくる攻撃をなんとか受け流しながら応戦する。
手加減はしてくれているのだろうが、相変わらず力量の差が出てくる。
「うーん……あの時のスーパーパワーはやっぱり出せないんだね」
「はあ、はあ、俺はこれがいつも通りですよ」
こんな短時間の組み手でも息を切らしてしまうほど体力は無い。
はあ、改めて才能の差を感じる。
だってルカって最上位聖騎士なんだよな?
俺じゃなくても一本取るなんて不可能な気がするんだが。
「あと二十日もあるんだ。三時間、気長にやろう!」
「そ、そうですね……」
昨日よりもルカは生き生きしている。
動きもなんかキレがいいしな。
だからこその前途多難だ。
この前も思ったが、いささか無茶がすぎるぜ。
**
「はい、終わり! ではまた明日〜!」
「はあ、はあ、はあ!」
結局三時間、休憩無しのぶっ通しで組み手を終えた。
これが俺の実力の向上に繋がる事を願う。
「さて、それじゃあ帰ろうか……って、ピンクちゃんはどこに行ったの?」
「…………え?」
ベンチを見てみると、そこにヒールドラゴンはいなかった。
食べかすだけを残して、誰も座っていない。
「……マジで?」
数十分まであくびをしながら待っていたはずだ。
ちょくちょく確認はしていたのだが、こんな一瞬でどこかに?
「本部に戻ったのか? いや、そんな事出来るとは思えない」
俺は急いで剣をしまって、あの竜を追いかける事にした。
「ルカさん、ちょっと探してきます」
「あ、私も……」
「いえ、俺だけで大丈夫でしょう。すぐ見つかる気がしますので」
俺は内心思った。
このままあのドラゴンが失踪してしまえば、タリアに怒られてしまう。
そして、“希少”だと聞いた。
そんな存在を、俺の注意不足で逃してしまったとなると……………………。
「人手は多い方がいいかもしれないけど、別にすぐ連れ戻せるよな?」
さっきまでベンチにいたんだ、そこらへんにいるだろう。
**
「おいおいおいおいおい! いないじゃん!」
困った、ぬかった、余裕かましてしまった。
二十分探し回ったが、それでも見つからなかった。
第二地区であるレッド、一番小さい広さの地区だと聞いたのだが……。
「これの、どこが、最小、地区なんだよ……!」
息切れで苦しくなる。
俺は十分ほど探してから焦り出し、『イダテン』を使って高速捜索をしていた。
それでも、見つからない。一体どこに行ってしまったのだろうか。
「ルカさんも、やっぱり連れてくれば良かったか」
本当にいつまで経っても俺は詰めが甘い。
一刻も早く、見つけなければならないのに!
と、下を向きながらヘロヘロと歩いていると、ドンッと人にぶつかってしまった。
「おい! 前向いて歩きやがれガキ!」
「……ああ、すいません」
「ったく……」
怒られてしまった。いかつい兄貴に。
ビクビクなるのも疲れるぐらい疲れているので、前を向く気力もなかった。
ヤンキーにぶつかるってこういう気持ちなのか。どうせならもっとカッコよくて優しい兄貴に――。
「おい、大人しくしろ!」
「――キュアア!」
…………おっと?
俺は聞き覚えのある独特の鳴き声に反応して、バッと前を向いた。
そこには、いかつい男に抱えられた、ピンクドラゴンが鉄の檻の中にいた。
「…………いた、けど」
呆気に取られてしばらく眺めるだけだった。
裏の路地に、男とドラゴンは入っていく。
そこで、ようやく意識が正常になる。
「ちょっ、待て!」
俺は慌ててその背中を追う。
だが路地を曲がってすぐ、そこにはもう誰もいなかった。奥は行き止まりであり、建物に入った痕跡も見られない。
「どうなってんだ……?」
民家と酒屋の間の小さな道。
酒の空瓶と何も植えられていない植木鉢しかない。
この状況であの男はどこへ行ったんだ?
転移の類いの魔法は非常に高度な魔法だ。あんなチンピラのような兄貴が使えるとは思えないが……。
俺は取り敢えず奥へ歩いていった。
コンクリートで作られた大きい塀だ。
強化の魔法を使えば飛び越えられるかもしれないが、こんな一瞬で?
「うーむ参ったな。あのピンク野郎、外出する許可なんて取った覚えが……?」
と、突如俺の持つあるスキルが引っかかった。
ビンビンとその知らせを脳に伝えてくる。
俺はコンクリート塀のすぐそばに妙なくぼみがあることに気がついた。
その中に、なにか光るものがある。
「何だこれ。ここだけコンクリートじゃないな?」
“鉱物探知”。俺が持つ一番低いランクであり、長年放置していたスキルだ。
自動的に、俺が探したいと考えたのがそれを発動させたのだろうか。
このスキルは純粋な鉱物にしか反応しない。鉄鉱石であっても砂利などと混ざり合っている場合は反応しにくいのだ。
「これは……魔純石か?」
魔純石。それはよんで字の如く、純粋な魔力が含まれた希少な鉱石だ。
俺も実物を見るのは初めてだ。ついこの間、魔法の実験の授業で話を聞いた程度だった。
「何でこんなところに……」
明らかに意図的に隠してあるものだった。
こんな小さな隠し要素、スキルが無ければなかなか気がつかないだろう。
俺はそのくぼみに指を入れ、興味本位で魔純石に触ってみると、魔純石がピカッ! と紫色に輝いた。
「うおっ! ……おお」
すると、コンクリートの壁の中心に扉の形をした青紫の穴が出てきた。
奥の道へ続くような隠し扉を開くための装置だったのだろうか。
「すげぇな。どういう仕組みなんだこれ?」
俺はその隠し穴へ手をそっと突っ込んでみる。
コンクリートに当たる事なく、別の空間へと繋がっている事が分かった。
「気持ち悪い感触だな……。あの男とピンクはこの中に入って行ったのか。さてどうしよう」
手を引っ込め、どうすればいいのか考える。
ルカに伝えた方がいいか? 仮にも俺のペットを檻に入れて盗んだクソ野郎だ。
間違いなく犯罪であり、こんな空間を作っている時点でアウトだろう。
「でもまあいいか。突撃しよう。ルカとの課題の成果が出そうだし、何よりピンク野郎が心配だ。この魔法が複数あるのなら、どこかに飛ばされかねない」
ルカのところまで戻るのが疲れたとか面倒だとかは決してない。
というか気付いてはいけません。
ヒールドラゴンがいなくなれば、責任は全てタリア校長か俺だ。
というか、ちゃんと見張っていなかった俺に九割は押しつけられるんじゃないか?
「そんな事、あっちゃあならない!」
一応すぐに武器を出せる警戒だけは怠らずに、俺はその壁の中へと足を踏み入れた。
やがて全身が青紫へと到達し、その奥へと進んだ。
やはりこれは転移魔法によって生成されたものだったらしく。
明らかに裏路地ではない、むしろ地下のようなじめじめとした場所だった。
「設置型の転移魔法とは敵ながらあっぱれっ!?」
「ぐは!? な、誰だお前!」
暗い見知らぬ所へ出たと思ったら、同時におでこに痛みが走り、思わず地面に尻餅をついてしまった。
目の前を見てみると、同じく尻餅をついている男が驚いて俺を見ていた。
「おいどうした……って、なんだそのガキは」
やばい。
なんか奥の通路からわらわらといかつい兄貴達が出てきた。
全員がこちらを怪しむように睨みつけ、俺の前で止まる。
「どうやってここにやって来やがった? おいお前、ちゃんと扉は閉めてきただろうな?」
「は、はい。確かに扉は閉じたはずです……ってこのガキ、さっき俺にぶつかってきた奴……」
あ、さっきぶりだな。ヒールドラゴンを檻に入れて抱えていた男だ。
もうドラゴンは持っていない。となると、アイツはこの施設のどこかにいる……と思う。
「どうする? 追い出すか?」
「バカっ、ただ逃すわけねぇだろ! 取るもん取って、裸にしてから半殺しで捨てるんだよ!」
「そうだな。どうやってかは知らないが、ここを知られたからには簡単に帰してはいけない」
「ちっ……どうせなら女がよかったぜ。こんなクソガキとっとと殺しちまおうぜ?」
……物騒な話が飛び交っている。
あれ? また命の危機ですか?
こういうの多すぎない?
「じゃあまずは……コイツの両足を奪って逃げられないようにするか!」
目の前の男が腰に提げていた剣を抜いた。
それに連鎖するように、周りの奴らも一斉に剣を抜刀する。
「……あー……今からでも許してもらえな――」
俺の話を聞く気は全くないらしい。
汚い笑みを浮かべた盗賊じみた大人達が、問答無用で俺に襲いかかってきた。
……全く、ほんとこんなイベントばっか。
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