第四十二話 「ダークインサイド」

「最後の審判しんぱん、だと?」


『二度同じ事は言わぬ。では、始めよう』


「……なんかヤバい気がするな」


 俺は直感で分かるのだ。


 こういう事言い出す奴は、大体奥の手みたいな、大技を出してくるに違いない。


「いや〜、いつもはあれで仕留しとめられてたんだけどな〜……」


 剣をぶら下げたルカがこちらに戻ってきた。

 少し疲労しているようにも見える。


「だ、大丈夫ですか?」


「あはは……ちょっとキツいかな〜」


 ルカは剣を地面に突き立て、杖代わりにして立つ。


 これは……非常にヤバい。


 動ける者は俺とカルロスだけになってしまった。


「『アース・ブラスト』ッ!」


 カルロスが魔法を高速で放つが、またも紫の障壁しょうへきに防がれる。


 格が、違う。

 この世界の常識が通用していないように見えた。


 ヤマテンは、

 オーラをその身から放出させ、空気を揺るがす。


「やっぱり、何か来る!?」


「後ろにいろエバン。俺が受け止める」


『……受け止める? それは不可能だ。ほどを弁えるがいい』


 ヤマテンが紫色のオーラを再び放ってくる。


 先程の比ではない。

 もっと、と思わせる熱量ねつりょうが込められたエネルギーだ。


「あれは……本当に魔力? 全く未知の……」


 最上位の聖騎士であるルカでも、信じられないと言った驚愕きょうがくを露わにしている。


 カルロスが前に出て斧を両手で構える。


 魔法陣が展開され、

 前方に魔力で強化された分厚ぶあつ石壁いしかべが形成された。


「逃げろっ! あれは、俺達の知らない攻撃だ! 正直……俺達でも対処が追いつかない!」


『もう、誰も逃しはしない。ではくぞ……」


 浮遊していき、

 ヤマテンはその力を解放しまんとする。


 刀を前に掲げ、光が凝縮ぎょうしゅくしていく。


『地獄で悔い改めよ! ――黄泉よみの……暗獄あんごく


「「「!?」」」


 ――そのエネルギーの球体は攻撃と思える攻撃ではなかった。


 ゆっくりと……地に向かって落ちていく。


 紫から青、青から黒へ転じて発光を変え、戦闘中とは思えないほどの静けさがあった。


『罪ある者はり、罪なき者はながらえる』


 その球体は落ちていく。


 俺達は動けない。

 そのエネルギーにせられ、誰も、その黒に抗うことは無かった。


『さあ……判決の時である』

 

 地に、落ちた。


 その瞬間、俺の視界は暗黒あんこくつぶされた。


「クソッ!!」


「エバンッ!」


 ルカの声が最後に聞こえたが、やがて誰の声も聞こえなくなってしまう。


 抵抗は出来ないまま、ヤマテンのエネルギーに呑み込まれてしまった。



**



「……あ、れ?」


 意識は……まだある。


 痛みも感じず、体に何らかの異常は見られない。


 だが、何も視界に映らない。


 光が失われた世界で、俺だけが囚われてしまったかのようだ。


「おい! みんな大丈夫なのか!?」


 目が見えなくなっただけかもしれないので、誰か応答しないか呼びかけたが、何の音も聞こえやしない。


 そこで俺は気がついた。

 目だけではなく、耳も聞こえなくなっている。


 空気の流れる音や、足を地面で上下に動かしてもその踏む音は聞こえない。


 もちろん……自分の声もだ。


(あれは何だったんだ!? 体の感覚はあるのに……何も出来ない……!)



《――当然だ。お前はあれを食らった。全く……情けないな》



「な、誰だ!?」


 俺は突然聞こえてきた何者かの声に驚く。


《うるさいぞ。お前の脳に喋ってるんだ、こっちまで響く》


 ……脳内?


《俺は――。これで会うのは二回目だな》


 俺は脳内に語りかけていると言うよく分からない声の正体が、分かった。


 コイツは決闘の時の……。


《お前は、俺と会ってしまった。だから容易となった。そして、俺が来た。……この前は邪魔が入ってしまったが、ここなら問題ない》


(何を……言ってんだお前? もっと分かるように説明してくれない?)


《あの女の攻撃はいわゆる心、たましいを破壊する力が込められたものだ》


 ソイツは俺のお願いをスルーして、先程のヤマテンの攻撃の詳細を話す。


 魂の破壊。


 罪とかなんとか言っていたが、あんまり関係ないじゃねえか。


 防御壁でも防げない即死コマンド……だったって事ではないだろうか。


《罪は、関係ある。今までしてきた行いによって威力を変え、その者の命を冥界めいかい送りにしてしまう。お前はその対象に入ってしまっていた》


(……対象、つまり俺罪人つみびとだったのか?)


 なんて事だ。

 でも、俺あんまり悪い事した覚えなんてないんだが。


《それは単に忘れているだけ。奥深くには誰しも闇の一つくらいある。……だが今回のあれは無慈悲むじひすぎる裁定だ、ちょっとのカケラでさえ有罪としてしまっている》


(お前、なんか詳しいな)


《当然だ、お前とは違う》


 何だと?


 確かに何も知らずに戦場で無力化されてしまったが……あれは反則級の相手だっただろうに。


(って待てよ? じゃあ俺、死んだの? 魂を破壊されて……?)


《そうなる前に、俺が来た。あとは……お前が俺と切り替わるだけだ》


 うん、意味が分からない。


 切り替わる?

 何の話だ。


(お前がなんなのかも知らないし、理解できない話をされてもなあ……)


《お前は、鍛治師。俺は、――。大人しく武器でも作っておけ。戦闘は俺にゆだねろ》


(……戦闘?)


《簡単だ。、ってな》


 スイッチ。


 それを聞いた途端、俺の中の何かが突然暴れ始めた。


 制御なんてものは出来ない。

 憤怒ふんぬ憎悪ぞうお、殺意など。


 多くのが湧き起こってくる。


「な、何、を……!!」


《さあ、殺し合おう。早く俺を手懐てなずけないと、?》


「お前……は……」


 負のスキルボード。


 そのユニークスキルと同じ現象が起きる。


 普段抑えている感情、その本性をさらけ出してしまう迷惑なスキルだ。


 スイッチが、強制的にオンへと切り替わる。


《安心しろ、今はまだ……な。するだけさ。前と同じように、解放しろ。何故なら、俺は――》



【――真・モード。実行します】



**



 ……俺の視界が徐々にに光を取り戻していく。


 同時に、先程までの混乱こんらん状態も解けていく。


 顔が上を向き、両膝りょうひざを地面に突いている体勢だった。


 キンッキンッ! という金属音が聞こえて来る。


「みんなを元に……戻せっ!」


『その行為に意味は無い。罪人が裁かれただけの事。……生き長らえたというのに何故まだ戦う?』


「ふざけないで! そんな理屈、はいそうですかで収まってたまるものか!」


 前を向くと、ルカとヤマテンが再び剣を交えている。


 ……ほう、ルカはあれが効かなかったのか。


「おいおい……これが、聖騎士団?」


 周りを見てみると、

 カルロスを含めたルカ以外の聖騎士達が意識を失って倒れてしまっている。


「ああ……アイツを殺さなきゃな」


 負の感情が溜まっているのが分かる。


 俺はそれを力へと変換させ、

 武器庫から“聖剣”を取り出す。


「ヤマテン……この世界で生まれた悪感情が形を変え、の恐怖をベースにして具現化ぐげんかされた地獄王の紛い者にせもの


 だらりと剣を下げて踏み込みの体勢になる。


「――一体誰の仕業やら」


 地面を蹴り、剣の能力を限界まで引き上げる。


 俺はルカと少し離れたヤマテンの前まで一瞬で近づいた。


 風が舞い、遅れるように流れる。


 ヤマテンは俺の事など眼中がんちゅうに無かったのか、まゆひそめながら障壁をこちらへ向けてきた。


 破壊の聖剣を、勢いよく振り下ろす。


『――!!』


 紫のオーラはその刃にれた瞬間、バリィンッ! という炸裂音と共にくだった。


 剣はそのままヤマテンの胸元へと落ちていく。


 人の形をしていえど、俺に一切の躊躇ちゅうちょなど無い。


『ぐっ……! 何者だ!』


 そこで初めて彼女の顔にあせりが顔に見え始めた。


 刀が加速し、恐ろしい速度で聖剣が防がれた。


 細腕に宿った想像以上の腕力で、俺を弾いてみせた。


 俺は背後にバックステップし、相手の様子をうかがう。


 ヤマテンの刀を見てみると、一箇所だけ半ばこぼれしているのが分かる。


 おそらく聖剣で受け止めた場所だろう。


『お前は……あのふざけた球体の。どうやってこの防御壁を、いやまず何故動けるのだ』


「エバン……!?」


 ヤマテンは不快な表情を見せ、ルカはこちらに走って駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫だったの? それに、その銀色の眼は……?」


「取り敢えず落ち着け、俺は無事だ」


「明らかに雰囲気が違うんだけど……」


 俺が起きたのが予想外だ言いたそうだ。


 銀色の眼、か。

 それに関してはどうでもいいな。


『おかしい……確かにその娘以外は暗獄あんごくに囚われているはず。答えよ、一体何故だ?』


 俺に対して理解できないといった問いをかけてくる。


「そんなの、決まっているだろう?俺が上で、お前が下だったまでだ。本物ならまだしも、お前は紛い者にせものだからな」


 紛い者にせもの


 その言葉を聞いた時、ヤマテンは一瞬ピクリと眉を動かした。


 これは……自覚しているな?


悪感情あんなので作られた技で俺が負ける訳がない。お前の方こそ……――身の程を弁えろ」


 あおる言葉で揺さぶりをかけてやる。


 もっと奴の情報を聞き出したいが、カルロス達の方が優先だ。


 ヤマテンを殺せば……その暗獄あんごくとやらは解けるだろう。


『…………お前が、私の呼び手か?』


「俺が、わざわざお前のような傍迷惑はためいわくな奴をすると?」


『……それ自体は理解している、か。私という根本こんぽんのエネルギーを、すでに』


 ヤマテンの言う通り、俺はヤマテンが悪感情を元にして具現化した事を理解している。


 何故ならーー。


『お前も、だな。負の感情によって生まれた何かだ』


「御名答だな」


『だが、理解できない。先程の魂の者では無い。臆病な、それでいて他人頼りの者では、決してない』


「ああ゛?」


『お前は…………何者だ?』


 言っている意味が分からない。


 俺は俺だ。

 何者でもない……筈だ。


「……エバン・ベイカー。今からお前を、――本能のままに殺す者だよっ!!」


 俺は聖剣を構えて、ストレス原因である敵を消す為。


 殺気をスキルに吸収させ、地を蹴った。

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