第三十九話 「スイッチの使い方」

「はい、やり直し」


「はぁ、はぁ、は、はい…」


 翌日、ルカさんとまた組み手だ。


 宣言された通り、俺は今ボコボコにされている最中だった。


 昨日よりも手加減が無いように感じる。

 顔もニコニコではない。


 どうやら俺の好感度はたった一日で地の底まで下がったらしい。


 ま、そりゃそうか。

 妹の裸は俺の命より重いらしいからな。

 

「任務に必要な用意はこっちで揃えておくよ。現地に着いたら渡すから、心配しないでね」


 口を動かしながら体を動かす。


 ルカさんの操る木剣はかなり強力だ。

 一撃が重い。


「ぐっ……そ、そうですか。なら荷物は軽くていいんで、すかねっ!」


「うん。武器だけ持ってくればいいけど、君の場合は手ぶらでいいかもね」


 呼吸の乱れが段違いだ。


 ルカさんは顔色を一切変えずにこちらに剣を振るってくる。


「はあっ!」


「甘い」


「ぐあっ…!」


 こちらも負けじと攻撃を繰り出すが簡単に避けられてカウンターを食らう。


「はあ、はあ、はあ」


「まだまだ剣筋が甘いよ。まず構えが剣術じゃないし……一応聞くけど、本当に決闘したんだよね?」


「そ、そうですが…なんか文句でもあるんですか?」


 仕方ないじゃない、体力ないんだから。


 剣術なんて剣士がやってればいいだろ……。


「剣術は、アルセルダ、オウハ、ロマルア流が主だけの、君はそのいずれにも該当しない」


 ルカさんが歩いてこちらへ来る。


「このままじゃ、学園に舞い戻っても変わらないよ」


「それは……分かりませんよ? だって俺、鍛治師ですし。武器を製作する事が天職であって――」


「君は四争祭に出るつもりなんでしょ? だったらもっと剣を鍛えた方がいい。……今年はすごいらしいからね」


「いや……俺が出るつもりはないんですけど……」


武の聖戦あれ』に俺が出る必要性なんてない。


 審査試合さえ勝ち残ればいいので、適当にソーマやリーチ達に任せようと思っている。


 ……正直、もうトウギのような化け物達とは戦いたくないからな。


「あ、そうだ。異空の使徒に関してまだ何も言ってなかったんだった」


 話を強引に捻じ曲げて別の話に切り替えた。


 俺のマイナス思考が伝わってしまったのだろうか。


「異空の使徒。それは文字通り、別の空間から来た侵略者のことだよ」


「侵略者?」


「この世界の人間を見た途端に攻撃してくる。一般のモンスターとは違う、世界共大悪や魔王軍と同じ類いの奴らなんだよ」


「……あれ?」


 もしかして、また強敵ですか?


「使徒達は空間の割れ目から出現する。その位置情報が今回特定する事が出来たんだ」


「空間の、割れ目?」


 ……急に異世界らしくなくなってきたな。


「まあ簡単に言えばこの世界の歪みが形になったものさ。この世界の人族の恐怖や怒り、そう言った怨念おんねんと嫌悪の集合体だよ」


 溜まりに溜まった負のエネルギー、って事?


 そんなのが出てくるシステムがこの世界に存在しているのか?


 なんか…ねえ?


 その使徒とやらが出てくる理由が曖昧な気がする。


「使徒達は人間を襲う、そうなる前に阻止するのが聖騎士団の役目でもあるのさ」


 魔王軍に世界共大悪、そして今度は異空の使徒と来た。


 いつになったら、この世界に平和が訪れるのだろう。


「今回はアルセルダ王国付近の森林だ。被害が出る前に撤去しないとね」


「そうですね……っ!!」


「はい、集中を止まない」


 キツい一発が腹に直撃した。


 ぼ、木剣って持つ人が振るとこんなに痛いのな…。


「そろそろ終わりにしようか、最後にかかってきてもいいよ」


「そうですか……。じゃあ遠慮なくっ!!」



**



「はあ、はあ、……ですよねー」


 簡単に返り討ちに遭った。


 雲一つない空を横たわりながら眺める。


 聖騎士、その肩書きは伊達ではないらしい。


 一つも息を上げる事なく、ルカさんは本部へ戻って行ってしまった。


「そりゃ、まだまだ敵わないと思うよ?でも、この先に明るい未来が待ってる気がしない……」


 圧倒的な実力差。

 その事実に正面から打ちのめされてしまった。


 結局、能力付き武器の使用も禁止されたし…。


「……この一ヶ月で、ソーマ達にあっと驚かせる新作作ってやる」


 この考えしかない。


 転生直後の異世界英雄妄想譚なんてとうの昔に捨てた。


 今は、鍛治師としてより最高のものを……。


 って、


「そう言えば俺、鍛治師じゃん。何でこの課題にされたのか意味分からないんだけど」


 非戦闘職、そして武器による補助無し。


 毎日筋肉痛になる未来が見えてくるな。


「……もう、戻るか」


 少しでもこの疲労を休めて、本業の方に取り掛かろう。


「あれ? 俺の仕事量、多すぎ?」



**



「…なんか、昨日より動きが鈍く感じるんだけど?」


「はぁぁ、はぁぁ、え、えぇ? き、気のせい、じゃないですかね……!」


「…………………」


 ルカがジト目でこちらを見てくる。


 だ、だって仕方ないじゃん。

 徹夜で武器製作してたん、だから…!


「やあっ!」


「よっ!」


「ぐへっ!!」


 脇腹に良い一撃を貰ってしまう。


「ぐっ……はあ…」


 痛みをなんとか我慢しながら剣を構え直す。


「でもなんだろう、耐久力は昨日よりも上がっているような気がするね」


「そ、そう見えます、かねっ!」


 満身創痍であれながらも、必死に剣を振るうが…。


「そんな攻撃、当たると思う?」


 ひらりと躱された。


 俺の剣は空振りし、格好の悪い形に終わってしまう。


「…どうする? もう止めようか?」


「だ、大丈夫、です! まだ三十分も経って、ないじゃない、ですか…!」


「でも、君が動けなくなるのも困る。今日は一日休もうよ。明日も、控えてるしね」


 明日の任務に支障を出さないためにも、今は回復に専念すべきだ。


 だが、俺にもプライドくらいはある。


 このまま何もしないで一日を終わらせたくないんだ。


「あと、一回だけ…」


「…じゃあ、一回だけね? もうこれ以上はやらせないからね?」


 俺の意地が通ったのか、もう一度だけ手合わせしてくれるようだ。


「……何かないか。俺が、この剣だけで勝つ方法は」


 悔しいが、この聖騎士にただの剣のみで勝利するのは無理だ。


 二日で理解できるほどに彼女は強いのだ。


 生半可の戦法じゃ剣は当たらない。


 剣術もなく、戦闘スキルも持っていない。


 ああ、段々自分にイライラしてきたな。

 どうしてこんなに何も出来ない?


 いやまあ俺は鍛治師ですし?

 実際戦うことのない職ですし…?


 ああ、クソッ!

『戦う鍛治師』っつったろうが!


 忘れてんじゃないよバカ!

 ああ、苛立ちが収まらな…………。


「ーー苛立ち?」


 ある。


 そういえば、あった。


 俺の身体能力を、で強化するスキルが…!


「さあ、早く来て。速攻で終わらせて君を休ませる!」


 ルカが手のひらを上にして手招きしてくる。


「……よし、これに賭けるか」


 俺は脳内に今までの苦労を思い描く。


 弱者の不遇率。


 あのクソ悪魔どもの襲撃。


 メアリの毒舌。


 トウギとのほぼ強制決闘。


 世界共大悪の大迷惑。


 現在進行形の無茶な課題……。


「ーーよし、充填完了」


 沸々と怒りや悔しさ、無念、虚しさが心の底から這い出てくる。


 そして、それに反応するスキルが一つ。


 自分の感情を一箇所にまとめ、それを糧とする。


 ストレスを抱えすぎると禿げると言うが、今はそんな事どうでもいい。


 スキルが、スイッチをオンへと切り替える。


「『負のスキルボード』、初めてお前に頼る気がするよ」


 今まで、意識しないで使っていたと思われる【負のスキルボード】。


 自分から使うとなると、変な感覚になる。


 まるで俺の感情が鍋の中でかき混ぜられているような感覚だ。


 それが完成したとき、俺は強くなるらしい。

 自然と、どうなるかが理解できる。


 徐々に、力が湧いてきた。

 非力な俺にはありえない、そんな力だ。


 苛立ち中心の今回の強化。


 思っただけでどれだけの効果が見られるのか、今更ながら実験してみよう。


「行きますよ? ーールカッ!!」


「え? と、突然呼び捨てーー!?」


 俺は走り出して距離を詰める。


 その速さの変化に驚いたのか、ルカが今まで見せてこなかった表情を見せた。


「はあっ!」


「……っ!!」


 剣を力強く振り落とす。


 それに瞬時に対応してルカも美しい防御を決める。


「い、いきなりだね。まさか、力をまだ隠していたとか…?」


 ……前よりも強くなっている。


 前とはトウギと対戦した時だ。


 あの時と比べ物にならないほどの力がみなぎってくるのだ。


 スキルを使うのと使わないとでこんなにも違いが出てくるとはな…!


「らあっ!」


「くっ…!」


 ルカに回し蹴りを食らわせる。


 そんな事が出来るようになるくらい体が軽く感じるんだ。


 これは、もしかしたら…?


「まだ、届かないよっ!」


 だが、蹴りも無駄に終わる。


 かなり力を入れて攻撃したはずなのだが、それはパシッと受け止められて勢いが止まる。


「いい加減に……」


「お、おお……!?」


 俺の足を信じられない馬鹿力で持ち上げ、体が浮く。

 そのまま、足を軸にして俺の体を……。


「や、やばい!!」


 もう少しで地面に思いっきり叩きつけられる。


 俺は体を空中でくるりと反転させ、もう片方の足でもう一度蹴りを繰り出した。


「あ……!」


 攻撃は見事に命中し、ルカの体勢が崩れる。


 俺はその隙を狙って脱出し、頭ではなく足で地に着くことが出来た。


「あ、危ねえな…」


 あと少しで大変な事になっていたかもな。


 でも、行ける……!


 この身体能力なら、この強化具合だったら。


「ーー勝てる!!」


 俺はすかさずもう一度剣を振るうため距離をーー。


「ーーもう、おしまいにしよう?」


 刹那せつなが通った。


 黄金に輝く一閃が目の前を通過していった気がするのだ。


「アルセルダ流剣術ーー雷鳴らいめい金桜きんおう


 遅れて、音がグラウンドに鳴り響く。


 まるで雷が落ちたような、そんな轟音だ。


「何のスキルを使ったのか分からないけど……、今の君の顔」


「か、はあっ!!?」


 俺の腹部に強烈な痺れと痛みが突如襲いかかる。


 そんな、無慈悲な攻撃に耐えれるはずもなく……。


「ーー見てられないほどに、……辛そうな表情をしているよ」


 ああ、最近……。



「……この、終わり方……多く、ない、か……」



 俺は、意識を失って倒れ込んでしまった。

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