第三十八話 「命よりも重い」

「はい、またやり直し!」


「はぁ、はぁ、ちょっと、休憩を…」


 かれこれやって二時間。


 俺は一度もルカに一本を入れられていない。

 

 そりゃそうだろう。

 俺の身体能力はこの世界では平均以下らしいからな。


「生身で、なんて、……無理だっ!」


 この教育監督は、俺に何の補助もなく組み手をしろと言ってきた。


 俺が作った数々の武器はほとんどが能力付き。

 ただの、何の変哲もない剣を振るなんて久方ぶりだった。


 剣を折れては替えて折れては替えてを繰り返しているほどに、ルカはテクニックに優れていた。


 そんな聖騎士に、俺が敵うわけなく。


「大丈夫だって、まだ一ヶ月も時間があるんだから!思う存分向かってくるといいよ!」


「も、もう向かう体力ないですが……」


「えー? まだ始まって二時間だよ、もっと気合い入れていこうよ少年!」


 ……優れた戦闘技術を持たないもんでね!

 

 あなた達みたいに無尽蔵むじんぞうで走り回れるわけじゃないんだよ!


「やっぱり、ちょっと休憩します……。なんならもう明日に追加でも構いません…」


 俺は日陰のある木の下へ向かい、そのまま幹に体を預けて座り込んだ。


 ああ、疲れた。

 俺って、こんなにも中身は小物だったんだ…。


 あまりの非情な現実に心が揺らぐ。


「う〜ん、ここまで剣に技が無いと逆に可哀想に思えてくるね。本当に絶聖決闘したのかな? よくこれで勝てたものだよ」


「お姉ちゃん、エバンさんは自作の武器中心で戦うらしいから、これはちょっと厳しいそうだよ…?」


 何やら俺の事について話してるな。


 どうせ、エバン・ベイカー大した事ない的な事だろう。


「でも、それを許可したら意味がないってタリアさんが……」


 ああ、風が気持ちいいな。


 手がなんかめちゃくちゃじんじんするけど、そんなことを気にしない気持ちになれる。


「う〜ん……じゃあこうしよう」


 ルカが休んでいる俺の方へ歩いてきた。


「え? もう再開……で、すか?」


「ううん、今日はこれで終わりにしようと思うよ。エバン君が必死に『もうやめたい!』って顔で訴えていたしね」


 そんなに顔に出てたか。

 イライラした感情が表に出ないだけでも安心だが。


「明日からの課題は、一つだけ能力付きの武器を使うことを許してあげよう!」


「え! 本当ですか!?」


「ほんっとうに一つだけだからね! 君があまりにも弱々しいから許可しただけだから、努力するように!」


 突然の使用許可が降りてきた。

 これだけで目の前の女性を救世主と呼びそうになってしまう。


 たった一つだけでも嬉しい。

 それだけで俺のモチベーションも上がるってもんさ!


 今さっきどうやって失踪しようかと考えていたが、その作戦は中止しよう。


 ルカさんは気まぐれな人だが、他人に優しい人でもあったのが分かった。


「じゃあ戻ろうか、ルシェ。今日の晩御飯はなっにっかな〜♪」


「あ、待ってお姉ちゃん! ……頑張って下さいねエバンさん。応援してますから」


「え? あ、ああうん。ありがとう…」


 一日目の課題演習は、こうして終わりを迎えた。



**



「ここが、俺の部屋……ね」


 俺は一ヶ月の間、聖騎士団の元で暮らすことになっている。


 クラウス邸でもいいのだが、黙って絶聖決闘をした罰として頭を冷やせとのこと。


 これにはメアリもさらにジト目が深くなっていたな。


 毎日あそこから通うのも怠いし、特別にタリアが部屋を手配してくれたのだ。


 俺は疲れ切った体をベッドにダイブさせて沈ませる。


「あ〜、今日から一ヶ月ここに住むのか〜」


 部屋は中々広い。

 クラウス邸には劣るが、こっちの方が俺は好みだな。


 普通の宿屋の部屋みたいでなんか良い。

 やたら豪華なのは一般市民には合わない。


「……眠いな。ちょっと一時間くらい寝るか。まだ六時だけど……流石に、疲れーー」


 俺はベッドでそのまま寝落ちしてしまった。

 夕飯は、申し訳ないが後で謝っておこう。


 それか、夜食としてとっておいて、ほしいな……。


「………………………zzz」



**



 ガチャガチャ。


 ……何やら音が聞こえる。


 静かにしろ。

 今、気持ち良く寝てた途中なんだよ……。


「……何だようるさいな」


 俺は止まないその物音のせいで目を覚ました。

 体を起こしてその音がする方向を見る。


「クローゼット?」


 最初から置いてあったこの部屋のクローゼットから音がするのが分かった。


「……心霊現象とかはテレビの中だけに留めておいてくれ」


 俺はベッドから立ち、扉の鍵を開けて部屋から廊下へ出る。


「体、洗いたい……」


 クローゼットはもう無視だ。

 なんか、怖いかもしれないからかな。


 意識が、まだはっきりしないな。寝ぼけてるのだろうか……。


 ふらふらとした足取りで階段へ向かう。


 まだ意識が完全には覚醒していないのか背筋がシャキッとしない。

 まあ、いいけどね。


「あれ、もうこんな暗いのか……?」


 少しの明かりがついているだけで、もう本部の建物は消灯していた。


「早くないか? みんな寝るの…」


 これくらいが普通なのかな?


 そんな中を気にしないで、俺は目的地へと歩き出す。


「……お? 確か、ここだったような」


 浴場だ。

 明かりがついている、幸いまだやっているらしい。


 この世界にもお風呂の習慣はあった。

 湯を沸かすにはそれ用の魔道具を用いるらしい。


 これには最初は驚いたっけな。

 今では別に何も思わないが。


「男、男って……暖簾のれんないじゃねえか」


 この世界で書かれた『男』『女』という表記ののれんが無かった。


 そして、入り口は一つ。


「……ま、いっか」


 が、そんな事は気にせずに中へ入っていく。


 というかそういう判断が出来なかった。


 疲れが溜まっていて寝起きな為、風呂に入れるなら何でも良いと考えていた。


「日本と、同じ作りみたいだな」


 日本によくある市民銭湯と似た設計だ。

 自然と違和感は無い。


 短い廊下の奥の扉を開け、脱衣場に入った。


 俺は服を脱いで、籠に入れる。

 

「ルカさん強かったなあ。あの人に勝てるビジョンがまだないよ……」


 タオルを大事な息子の前に持ち、浴場のドアを開けようとする。

 さっさと汗と汚れを落として眠りについてしまいたい……。


「取り敢えず……今日の疲れごと流してしまおう」


 俺は扉の取っ手に手を……。


 ガラガラガラ。


「ん?」


 しようとしたら、何故か勝手に開いてしまった。


「おお? まだ先客がーー」


「え!!??」


「あ? ………え」


 扉の向こうには、目を見開くルシェがいた。


 俺達はお互いを見て固まる。


「「……………………」」


 当然、ここは浴場なのだから、ルシェは衣類を何も纏っていなかった。

 お互いに裸のまま対面する。


 俺の意識が、急速にはっきりとしてきた。


 俺の目線が顔から体、上から下へとシフトしていく。

 ルシェは手にタオルを持っているだけで隠してなどいなかった。


 俺との遭遇なんて思ってもいなかったのだろう。


 透き通る白い肌と、転生前にも見た事が無かった美少女の美しい曲線を描く膨らみが……。


「ーーき」


 そして男としての本能的に抗えず、俺はさらに下の方へーー。


「きゃああああああああ!!」


 その悲鳴のおかげで、俺は正気を取り戻した。



**



「全く! 君は一体何をやらかしているんだい!?」


「はい、やっちまいました」


 皆が寝静まる中、ルシェの悲鳴が聖騎士団本部全体へ響き渡った。


 皆がここへ駆けつけたが、ルカが一番乗りで、それも雷を纏って到着し、何が起こったのかを俺たちを見て把握。


 色々理由をつけて勘違いだったと説明して皆を帰してくれた。


 服を身につけ、俺は今正座で反省中だ。


「で、でも! 俺男女の入浴時間とか聞かれてないですよ!?」


「伝えようとしたら全然返事しなかったじゃないか! 扉に鍵もかけてたし、何時間経っても出てこなかったじゃないか〜!」


「ぐっ……」


 これに関して俺に反論できる材料は無かった。

 確かに、何にも言わずにそのまま夢の中へと出かけてしまったが……!


 でもこのままでは痴漢として扱われてしまうことになってしまうのだ。


 なんとか思いつく限りの弁解を……。


「もういいよお姉ちゃん…あれは不慮の事故だったし、元はと言えば私が……」


「ダメ! 私の可愛い可愛いルシェちゃんの裸を見られたんだよ!? ルシェが許しても、私が簡単に許してやるものですか!」


 間違いなく、真っ当な正論であった。


 ここが日本であれば、俺は今頃パトカーの中だ。


 まさか、つい数時間前まで初対面だった相手の裸体を拝んでしまうとは……。


 大変絶景でしたありがとございます! とお礼したいが、そんな冗談かましたら殺されるだろう。


「皆んなには、面倒な事にならないように帰したけど、相応な罰は絶対要ると思うんだ」


「罰……はい。もう何でも受けます」


「君には、え〜と……もう一つ課題を追加してやる」


「か、課題ですか?」


「私の君への好感度は現在進行形で駄々下がりだよ。よって、ルシェが大丈夫って言っても容赦なく、かつてないほどの難易度の課題をプレゼントしてあげるよっ!」


 かつてないほどの難易度の課題、か。

 むしろそれで済むなら安いものだと感じてしまう。


 だって、普通はそれだけじゃ許されないもん。

 この姉妹が優しすぎるが故か。


 ……しばらくルシェと視線を合わせられない。


 俺、鍛治師から最低にまた成り下がった気がする。


「君には、三日後の任務に私と一緒に来てもらうよ」


「任務?」


「そう、聖騎士の仕事だよ。そこで補佐をしてもらうの。普通は行くことも許されないけど…騎士長に頼んで何とかして捻じ込んであげるよ」


 おっと、会って一日も満たない相手にとてつもない殺気が向けられているな。


 まあ、当然の事なんだけど。


「どんな任務なのか、聞いてもいいですかね?」


 ルカさんの目が怖い。

 組み手の時よりも、ずっと。


「…軽いね。本当に反省しているのかい?」


「も、勿論ですとも。この度は貴方様の妹さんにとんだご無礼を……」


 ルシェの方を見るが、ルシェは反対の方へ体を向けてこちらを見ないようにする。


 顔が赤いな。

 やっぱり怒ってるんだろうなあ……。


「…まあ、いいさ。教えてあげよう。今回の任務は【|異空いくうの使徒】と呼ばれる侵略者の制圧だ。ーー死も覚悟しておいてね?」


「……またヤバそうな名前が出てきてしまった」


 異空の使徒、とはなんだろうか。


 俺はまだ聞いた事もないし見たこともないな。


「ルシェの代償は高いよ。君の命よりも、ずっとね」


「……………………」


 思ったよりも、重度なシスコンかもしれない。


 俺を、任務の中で殺そうとしている気がする。


「やっぱり一つ目の課題はノーマルの武器でやってもらうね。もうボッコボコにしてあげるから!」


「え」


 ああ、女の子の裸って命よりも重かったのか……。


 ただの停学。

 それは来て早々に崩れた。


 俺の停学は、聖騎士体験になってしまったらしい。


 難易度は、ベリーハードモードへと切り替わった。

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