第三十二話 「バーサスタイラント・②」
ーー『全て才能で決まる世界』。
実にその通りだと、俺は諦めていた。
異世界からこの世界に転生してきてはや十六年。
大変だった事なんてざらにある。
魔王軍や世界共大悪のせいで、戦闘職や武術の才能に溢れた者が優遇される世の中。
不満なんて何回この口から漏らしたことか。
何度も他の者の力を見て羨ましい、憎たらしいと考えた事か。
だが、俺にも才能はあったのだ。
いや、元々は俺のものじゃなかったな。
優秀と評された鍛治師のスキルを神さまから授かった。
これじゃなくてあっちが良かった、なんてもう二度と言えない。
何故なら、俺の下にも多くもの恵まれなかった人達がいるのだから。
何の力も貰えなかった可哀想な弱者。
その者達の気持ちを汲んでやらなければ、あまりに自分が滑稽だと思う。
だからこそ、俺はそんな奴らの無念を背負ってーー
「ーーお前に勝つ」
「……ほざけ」
槍で剣を防御し、下段斬りを受け流す。
その動きにトウギは驚きを覚えていた。
「……こいつにまだ一撃も入れられていない。何故防ぐ事が出来る?」
致命傷までいかなくとも、少しの斬撃すらまだ出来ていないことにトウギは納得がいかない顔をする。
勝手に背負うなと思うだろう?
だが、よく考えてほしい。
そう、もうとっくになってしまっていた。
そして強敵である天才剣士を前に、まだこの舞台に立っている。
ようやく、戦えるという自信がついた。
だが、それと同時に後には引き返せない事に気がついてしまった。
もう今更戦えない非戦闘の職だなんて言い訳はできなくなり、死ぬ時がくればもう誰も守ってくれる事はない。
五年前のあの悲劇では何も出来なかったが、今なら何かを成し遂げる事が出来る気がするんだ。
もう失敗は許されない。
ソーマもアルフレッドも、俺自身も助ける。
その為には、目の前にある障害を超える必要がある。
長らく待たせたな、下克上を開始しよう。
この世界の常識を勝手に捻じ曲げるが、文句はねえよな?
「……何で、弱者の分際で俺の前に立っていられるんだよ?」
「は?」
「俺は捕食側だ。お前らは大人しく従っていればいいものを、何で俺と同じ舞台に上がり、戦い、立ち塞がる?」
……突然どうした? ライバルみたいなセリフ吐きやがって。
トウギは攻撃をやめて距離を取り、そんな事を俺に聞いてくる。
「立ち塞がるって、お前から申し込まれたんだけどな。それに何故戦うかだって? そんなの決まってるだろ」
当たり前の事を聞いてくるから俺は堂々とトウギに言ってやる。
「ーーお前らが気に入らないからだ」
俺は思っている事をそのまま口に出すことにした。
「自分で何かを成し遂げる力を持っている、お前らが妬ましいんだよ。お前も、エウリアも、リーチも、クラウスだって少し気に入らない。良いやつもいるけど、大抵の奴は下を見ずに上だけを見続ける」
転生してきて、すぐに絶望を味わった。
その事が俺の足を引きづり、平和にこの国で育ってきた者達に時々嫉妬してしまう。
だが、
「俺が勝てば、少しはその気も晴れるだろうな。勝手に自称させてもらうが、全世界の不遇者を代表してお前という壁を乗り越える。これが、俺の戦う理由だ。正直笑っちまうだろ?」
弱者である俺は戦える力を手に入れた。
だから勝手に背負わしてもらう事にしたのだ。
「……ああ、くだらねえ。聞いた俺が馬鹿だったぜ、お前らの気持ちなんて知った事じゃねえからな」
剣をしっかりと握りしめ直し、再び攻撃体勢になった。
それに反応するように俺も気持ちを整え、武器庫にある武器をどう使うか考える。
即座にクイックチェンジできるように準備する。
「それに、今更この学園から去ったら武器作るだけの人生で終わりそうな気がするんだ。色々な問題も取っ払えるチャンス、絶対に負ける訳にはいかない」
「寝言は寝て言いやがれ! 俺に勝つなんざ、何年待っても来やしねえんだよ!」
また真っ直ぐに向かってきた。
これを利用するか。
俺の真横まで今でも信じられないほどの速さで近づき、剣の横薙ぎを食らわせようとしてくる。
防御をする所だろうが、トウギの素早さに追いつく為奇杖ライト・ジェネラルを取り出す。
「『イダテン』」
能力を発動させ、極限まで自分のステータスを速くする。
俺はその攻撃を体を低くして剣をスレスレで躱す事に成功。
何気に自動回避なしで動けた事に感動してしまうが、次の行動に移る為その雑念は早めに捨てる。
「ちっ!!」
一撃を躱された事に動揺したのか、約二秒の隙がようやく現れた。
その瞬間を俺は見逃さなかった。
イダテンが消えるまで残り一秒。
後ずさったその懐に潜り込み、拳を勢いよく入れた。
その右手はビリビリと光り輝き、
そして、トウギが後ろに吹っ飛ばされた。
「がっ!!?」
地について尚、謎の痺れが体を襲い動かせない状態になる。
右の拳に装備した武器、それはメリケンサック。
ありそうでこの世界には無かった武器だ。
約二年前に作ったもので、まだ誰にも見せていない武器だった。
それに上手く引っかかってくれた。
「この風、痺れるだろ? 色んな意味で」
能力は『スタン・ストーム』。
麻痺させる強い突風を巻き起こし、一瞬だけだが行動を制限する事が可能な能力。
トウギは剣を杖にして立つが、意外と効いたのか少しふらつきながら剣を構える。
そこでさらなる追い打ちをかましてやる。
スナイプブレードを二本呼び出し同時にトウギの方へ発射させた。
だがトウギはすぐに回復したらしく、剣で美しいとも思わせるような受け流しでそれに対応してくる。
恐るべき耐久力だ。
相当な力を込めたはずなのにもう麻痺状態が解けるとは。
トウギの言う通り、やはり状態異常は効かないらしい。
だが、絶対ではない。
本当にほんの一瞬だがかかってはいるのだ。
完全に無効化する訳ではなく、何かしらのスキルが解除しているのかもしれない。
これではまだ決定打に欠ける…。
だったら…!
俺はスナイプブレードの後に続いてトウギのもとへ駆け出す。
「近づけさせるかっ! 『ライトホーミング』!」
何かを企んでいる事に気がついたのか、トウギは遠距離の魔法を編み俺に向けて放つ。
光属性中級魔法、ライトホーミング。
初級魔法である『ライトボール』に自動追尾を加えた地味に発動させるのが面倒な魔法。
それをトウギは一瞬で完成させ、平均的な威力を超えた無数の光熱玉を発射した。
奇杖を一旦しまって高速で次の武器を取り出す。
もう一度『イダテン』を使うには十五秒かかる。
それまで何とか持ち堪えるんだ!
盾を取り出して魔法を防ぎながら少しでも前に進もうとする。
「ぐ、おおおお……!!」
一つ一つがとんでもない破壊力を持った光熱の玉に必死に耐えながら走る。
これで中級魔法だと言うのだから嫌になる。
魔法威力軽減の盾を持ってしても、腕がお釈迦になりそう程の衝撃が伝わってくる。
次々と被弾し、足が止まりそうになる。
何とか全て防ぎ切るが、既にトウギは次の魔法を完成し終えていた。
「『フォトンレイ』ッ!」
続いて破壊光線が俺に向かって放たれようとしていた。
光属性上級魔法であるフォトンレイ。
これも同じく威力がまるで違うものだった。
「剣士のくせに魔法ばっか使ってんじゃねえよっ! こちとら魔法も使えないんだぞっ!」
この時を待っていたのだ。
真っ直ぐに飛んでくる魔法をな。
名前から直線に放たれる攻撃魔法だと察した俺は、盾から先程とは違う槍をクイックチェンジした。
先端部分が少し紫色に変色している。
通常の槍と比べると少し絞ったような細い体。
“投げ槍”だ。
フォトンレイを迎え撃つ為投擲の構えをする。
間もない内に破壊光線が放たれた。
その数秒で俺の前まで辿り着くが、当たる直前で槍を魔法に向かって全力で振りかぶってぶん投げた。
「おう、りゃあああああ!!」
槍と光が衝突し、閃光を散らした。
魔法に触れた瞬間、槍は本領を発揮する。
槍に触れた部分から、光が分解されていく。
どんどん力が増していき、突き進んでいく。
「何だとっ!?」
それは、光線攻撃系魔法を穿つ魔槍。
魔槍ストレートブラスト。
能力は、『魔力拒絶』。
先端に当たれば魔法必殺の武器になり得るもの。
投げ槍故に扱いづらく、炎系や魔球系は上手く能力が発動しない使い所が限られる武器だったが、一直線に向かってくる光線系魔法は良い的だ。
槍が高速でトウギに向かう。
鬱陶しく思いながらもそれを振り払う。
魔力拒絶以外はただの槍だ。
それが通用するとは思っていないが……。
「ーー『イダテン』」
奇杖のクールダウンが終わり、その好機を見逃すまいともう一度円形の舞台の外側に沿って走る。
皆の大歓声が俺の耳に届かなくなっていた。
そんな状態になるほどに集中し、全力で駆け抜ける。
「くっ…! ちょこまかと、うぜぇんだよ三下ぁ!」
冷静に剣術していた感情は何処へやら、苛立ちを露わにしてライトホーミングを再び放つ。
だが、今の俺には追いつかない。
駆け抜け終えた後ろの壁に激突する。
「はあああああ!!」
二秒間、その僅かな時間を使ってトウギとの距離を一気に詰める。
トウギはその場から動かない。いや、動けない。
俺が攻撃的になってからずっと警戒しているのもあるかもしれないが、上級魔法の影響だろう。
基本的にこの世界の魔法に詠唱は存在しない。
特定の魔法にはいるものもあるが、口に出したりして使用する事は無い。
魔力回路を循環させ、取得している魔法の陣を頭の中で描く。
あとは位置情報を正確にキャストする事が出来れば、自然と完成する。
それだけの工程で魔法が成り立っていると聞いた時は真実かどうか疑ったな。
実際この情報は仮らしく、まだ完全には解明できていないらしい。
まあ神様のおかげで使えるよって事だけ分かればそれでいい。
そして、上級ともなる魔法を数秒で編むという行為は脳、体全体にとても負荷がかかるものなのだ。
きっとその反動で上手く動かずにいるのだろう。
それでも魔法を連続して使用するのは、悔しいが天才だというほか無い。
そんな孤高の天才を、俺は撃ち落とさんとする。
「何、としても! 回復する前にお前を倒すっ!」
イダテンが効果を失う。
急激に体が重くなるが気にしていられない。
そのまま走り続けてクイックチェンジをすかさず行う。
ーーもう己の限界が近い事を悟っているのだ。
クイックチェンジをほぼ休みなく使い続けている。
早く決着をつけなければ、この前のソーマとアルフレッド戦のように途中で倒れてしまう事だろう。
それともう一つ。
体を無理矢理動かしすぎて先程から筋肉が悲鳴を上げ続けている。
「『魔強・剣光』! 来い! 終わりにしてやるよ!」
トウギがかつて無いほどの魔力を込めてこちらに放とうとしているのが見える。
おそらく魔力のままの斬撃、『光刃』を繰り出すつもりだ。
それを受け流す為、俺は取り出した『風刃』の剣で対抗する。
ズバアアアアンンッッ!!
風と光の凄まじい威力の刃が放たれ、衝突する。
どちらも一歩も譲りはしない。
俺が最初に作った武器の思い出の能力、風刃。
あの弱々しかったものが、ランクA+として生まれ変わり、理不尽とぶつかり合う。
やがてさらに大きな音を立ててエネルギーが爆発し、どちらの剣撃も力を失って消滅してしまった。
「まだ動け……俺の足!」
発生した土煙を抜けて、ついにトウギの前にたどり着く。
光刃で決めるつもりだったが、それを破られてしまったトウギは、今日何度目になるか分からない驚愕をする。
ーー勝てるっ!!
最大限まで出し切った風刃の剣はボロボロと崩れ落ちてしまった。
「はあああああっっ!!!」
残りの力を振り絞って最後と思われるクイックチェンジで武器を呼び出し、上に掲げて渾身の一撃を繰り出す。
俺が呼び出したのは、ソーマの為に作ったSランク武器。
「今は少しの力でもいい! 発動してくれ、
最強だと思われる能力を引き出し、精一杯踏ん張る。
防御体勢のトウギに、聖剣を振り落とそうとーー。
「ーーおいおい、遊びなんかでマジになってんじゃねえよ。……クソガキども」
そんな言葉共に。
俺とトウギを挟むように、突如として流星の如く。
そいつは空から、降ってきた。
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