第三十話 「誰の為に」


「やったわ」

「やっちまったな」

「やりましたね」


 本当にやらかしてしまった。


 悪い意味で一同の感想が一致してしまう。


 今回の一件は間違いなく俺だけが悪い。

 契約を交わし、禁じられている絶聖決闘にYESと応じて約束してしまった。


 授業終わり、現在教室の隅っこに身を縮め、体育座りで反省中。


 だってしょうがないじゃないか、何も考えられなかったんだから。


 トウギが現れた時点で俺の感情は切り替わっており、耐え難い悪感情が押し寄せてきた。

 またあの忌々しいスキル負のスキルボードのせいだろうか。


 手が出なかったのはいいが、決闘やります宣言してからも興奮状態が続いた為、無理矢理道を作って教室に逃げ込んだ。


 畜生、これ制御とか出来ないのか?


 自分の意思に従わない事にまた苛立ちを感じてしまう。


 ……いや、もうやめよう。

 エバン、平常心だ。平常心。


 もう起きてしまった事はしょうがない。

 今は、そう出来る限りの準備をして前向きに……、


「ーー君は何を考えているんだい?」


 縮こまっていた俺に向けてそんな言葉が掛けられる。

 顔を上げて見ると、少し怒ったような顔のソーマがいた。


「どうして、あんな決闘を受けてしまったんだ?どうして、無視しなかったんだ?」


 何故絶聖の決闘を受けると言ってしまったのかと問い詰めてくる。


 ……確かにちょっと迂闊だったかなぁ。


「いやあ、トウギの奴なんか好き放題してるじゃん? 無視するのもなんか嫌なんだよな。ソーマも同じだろ?もういっその事、後の事は気にしないでーー」


「何を言ってるんだ!!」


 ソーマが突然声を荒げる。


 教室中が静まり返り、四人がいる方へ注目が集まる。


「なんだよいきなり」


「……分かっているのか? 君にとってこの決闘に何のメリットも、意味も価値も無い。正直、何を考えているのか分からないよ」


 いつもの弱気な雰囲気ではなく、強気な口調のハキハキタイプのソーマになっている。


「勿論分かってるつもりだよ。ーーそれに、意味はある」


 体育座りを解除し、真剣な顔でソーマの前に勢いよく立つ。


 それに気圧されたのかソーマは一歩後ずさるが、俺はそんなソーマの腕を掴み、制服の袖を捲る。


 するとそこには今までにないような程の傷の悪化が見られた。

 それは今まで見た中でも特に酷いものだった。


「……これは何だ? 説明してみろ」


「…………」


「学園内だけじゃなかったんだな。ここまでやるとは思ってなかったわ」


 誰が見ても分かるような酷い怪我。


 少なくなった、これは間違いだった。


 学園での暴力は確かに減り見なくなっていたと聞いたが、放課後の外でも行われていたようだ。

 もしかしたらと思って袖を捲ったが、良くない勘が当たってしまった。


 何故分かったかと言うと、それは違和感だ。

 ソーマの顔には毎回裏面がある。


 どんなに平気な顔をしていても俺には誤魔化せない。


 そんな苦しそうな、何かを堪えるような表情が、俺には理由はよく分からないが、分かる。


 ……転生前にも似たような事があったからだろうか。

 いや、そんな話は今はどうでもいい。

 とにかく分かるのだ。


 俺の前に来た時も右手を抑えてながら立っていたし、俺達を囲む際もその動作はちょくちょく見られた。


 これだけの違和感が揃えば何かあるなと思うのは当然になってしまう。


「お前を見ているとこっちまで痛い気持ちになるんだ。その原因を叩く機会が訪れた、勝てば意味がある事になるな」


 その傷にはいつものように包帯などの処置が施されていたが、完全までには治療されていなかった。


 クラウスに聞いたが、治療院での回復魔法は効果が絶大故に大変お金が掛かるとのこと。


 ソーマは確か魔法での処置は一度もしていなかったはず。

 今まで医療道具で何とかしてきたらしいが、時間が経つに連れて質が悪くなってきている。


 もう底が尽きる寸前なのか?

 それを買う事もままならない程に?


 全く、どれだけ俺を強くさせる気なんだろうか。


「誰かに頼ったのか? 家族に伝えたのか? 今まで、自分だけで耐えてきたと、お前は言うのか?」


「……………………………………」


 また何も言わない。


 それはこちらに対する何かしらの意思表示か何かだろうか。


「俺には分かる。お前がどれだけ苦しいか、辛いか、逃げ出したい程悔しいかがな」


「……君には何も分かる筈が無い」


「いいや、それがわかってしまうんだな。何でか教えてやろうか? ーー今まで俺に笑顔を見せた事があるか?」


「……え?」


「俺に笑った顔を見せた事があるかって聞いてんだよ。俺だけじゃない、この学園に上がってからお前は心が休まる時間は少しでもあったか?」


 ソーマと立場が入れ替わり、俺が問いをかける側になる。


「トウギの下に着いた時、殴られた時、斬られた時、『無能』と罵られた時、…お前は一言でも不満を漏らした事があったか?」


「……っ!」


「一度でも、冗談交えて笑った所を見せた事があるのかって聞いてんだよ」


 教室中の誰もがその様子を見守っている。


 アルフレッド、リーチ、エウリアさえもその光景を何も言わずにただ静かに見守る。


「そんなお前を理解してやれる。俺も、何も出来ずに終わってしまった事があったからな」


「で、でもエバンがやらなくても別にいい筈だ! どうして、まだ会って間もないのにどうしてそこまで僕を気にかけてくれるんだ!」


「俺は決してお前の為に戦うつもりはないぞ? ただムカついただけ、それだけに過ぎないんだよ。トウギは完全に俺を舐め腐っている、今が絶好のチャンスだからな」


「それは、……無理だ、出来っこない。相手は絶対強者、僕らは……『お荷物組』じゃないか」


 そう言って下を向き、自分達は弱者だと悲観する。


 こうやって言い聞かせてきたんだろう。

 トウギに逆らわずに大人しく家族への矛先を自分に向けて守る。


 機嫌を損ねないように、家族が少しでも楽出来る様に。


「あのな、何事もまず『諦めない事』が肝心って習わなかったか?」


 英雄が残した言葉を思い出させ、それをソーマに分け与える。


「まだ始まってもいない。だからこそ、諦めてはいけないのだよ。まあ見てろ、全て明日で決まる。残りのメリットも価値もあるって事を勝って証明してやるよ!」



**



 翌日、決闘当日になり闘技場は大いに賑わっている。


 全校の殆どの生徒が集まり、一部の教員までもが観戦に来ていた。


 なにせ『不適合者』対『問題児』という異例の対決の上に、絶聖決闘であるという噂も出てきているからだ。


 俺は待機室で決闘の時刻を待つ。

 ちなみにアルフレッドとリーチが一緒について来てくれた。

 一人だとなにかと心細いからな。


「エバン、何か作戦はあるんだろうな?」


 今日の決闘での俺の考えを聞いてくる。


「ん? 無いに決まってるだろ。その場の勢いで昨日は乗り切っちゃったからな。いつも通りで行くさ」


「あんなにハディッド君に啖呵を切っておいて策なしですか……」


 やめて、昨日のアレは思い出さないで。


 ソーマにかけた言葉、あれはが言った言葉だ。


 スキルによって調整された興奮気味の俺。

 また気付かない内に入れ替わってしまっていたらしい。

 無責任だったかもしれないが、まあ偽りの事は言っていないからギリギリ良しとする。


 あの感情は、怒りか?

 二日連続でなるとはついていない。

 元に戻った後はちょっと疲れるんだよな。


「ソーマの奴よ、これで考えが変わると良いがな。自分だけでなんとかするっていう心を止めるって」


「俺が強制的に変えてやる。トウギに立派な条件を突きつけて被害者がもう出ないようにするんだ」


 ソーマに自分で決着つけろとか言っていたが、この決闘で全て終わるんだから意味なんてないだろうに。


 昨日の自分が全然理解できないな。


 そう思い出しているうちに、出番が来たようだ。

 決闘の審判に舞台に上がるよう言われる。


「それじゃ、時間らしい。行ってくる」


「はい、頑張ってくださいね。私達は観客席で応援していますから!」


「気を抜くんじゃねえぞ? 今回の相手はマジモンだ。今までの生徒とは比じゃないって事だけは忘れるな! じゃ、頑張れよ!」


 そんな元気の出る声援を送ってくれた。

 二人が後ろから見送り、俺は舞台へと続く廊下を歩いて行く。


 やがて日の光が俺の身体に当たる。

 それが出口だという証拠なのだろう。

 そこを抜けると、決闘の会場に出た。


 席は満席で埋まり、熱気が溢れんばかりの大歓声が俺に向けて発せられる。


 俺とトウギといえど、決闘は盛り上がるらしい。

 全学年の生徒達がこの戦いを見届ける為に足を運んで来ていた。

 ソーマやエウリアの姿も確認できる。

 特に二人にこの決闘を見ていてほしいと思っているのだ。


 本当に、なのかどうかを。



 俺は全生徒達の注目の中、舞台の階段を上がる。

 既にトウギはそこにスタンバイしていた。

 いつも提げている物ではない見慣れない剣と聖紋を装備していた。


「来たのか。てっきり逃げるかと思っていたが、そこは褒めてやるよ」


 実に楽しそうに、そして偉そうに言う。


 それだけ俺と戦うのが楽しみだったのか?

 冗談はやめてくれ。


「当たり前だ。ここで先輩とはけじめをつけさせてもらうぜ」


 両者共に元気満タンなようだ。


「始める前にこちらの勝利報酬を提示させてもらうけど、いいか?」


「それに何の意味があるってんだ? どうせ勝つのはこの俺だ。聞くまでもねえな」


 確実に勝つつもりで来ているらしい。

 くそ、それが慢心だって事を教えてやるわ!


「いいから聞けよ。もしもの時を考えた方がいいぞ?俺だって負けるつもりなんてさらさらない」


 その言葉に一段階歓声のボルテージが上がる。


 まだ始まってもないのにこんな盛り上げてくれるとは、君達さては根は良いやつか?


「俺が提示するのは三つだ。異論は認めない、俺は実力最下位だからな」


「…はっ。いいぜ? 聞くだけならしてやるよ」


 そう、トウギは最も弱いとされる俺に決闘を挑んだ。


 そして退学、一生の服従を求めた。

 当然俺が勝利した際の報酬は跳ね上がる。

 昨日の夜に徹夜で考えた、メリットも価値もあるもの。


「すぅぅ……。ひとーーつっ!!」


 闘技場にいる全員に聞こえるように俺は高らかに叫ぶ。


「絶聖決闘に敗れた者の契約の撤廃っ!!」


「………何?」


 そんな声がトウギから漏れる。


「ふたーーつっ!! ソーマ・ハディッドに対する接し方の改善及び横暴の手出し禁止令っ!!」


 提示された内容に皆がざわつき始める。

 何故ならそれはエバン・ベイカーにとって何のメリットがあるのか疑うからだ。


 最後の要求をしようとしたところで、闘技場の特別席と思われる場所にタリア校長と四人の教員達が座っているのが見えた。


 丁度いい、俺がどれだけ善良な生徒か見せつけてやるか。



「最後の三つ目、それは……心の入れ替えだ」



「…………お前、馬鹿だろ」



 は? 馬鹿とはなんだよ。

 今後の事を見据えた素晴らしいアイデアだろ?


「全部お前にとって何の得もねえものばかりじゃねえか。俺を追放するなり、配下に加えるなりもっとマシな考えは思いつかなったのか?」


 トウギは鉄剣を勢いよく抜き、自分の肩に担ぐ。


「もういいぜ、お前は。今すぐ俺を舐め切った心を叩き潰して、後悔させてやるよ」


 そう言って剣を俺に向け戦闘体勢に入った。


 審判が舞台に上がり、片方の腕を上に掲げる。

 試合が始まる合図だ。


 もうすぐ激突する。


「後悔? そんなの知るか。今を全力で生き抜けば何とかなる。そうすれば、後の事なんか気にしなくて済むからな」


 武器庫から細剣を取り出して構える。


 そう言えば、こうして誰かと戦うのはリーチぶりだな。


 この一ヶ月、何もしていないわけがない。

 三本の大物の剣の休憩代わりで、気分転換に何本か新しい物も製作する事が出来たからな。


 必死に負の感情を込めてレベルアップしながら作業した。

 俺の武器の大体はそうやって出来ている。


 憎しみの道具なのかもしれないが、利用できるものは何でも利用していくつもりだ。

 何故なら、俺はここで退場するわけにはいかないからだ。


 不安要素はここで取り除く。

 トウギ、ソーマが壁となってしまっている。

 壁は邪魔だ、今後の障害になり得るものは早めに撤去するべきだ。


 だから、この決闘を受けた理由でもある。


 この学園の成績優秀者であるが暴君でもあるトウギを大人しくさせ、痛々しいソーマを見ていると感情の制御がおぼつかなくなるので暴力等をやめさせる。


 さらに絶聖決闘に敗れた者達を解放させ、学園内の問題も無くさせる。


 もしこの決闘に勝つ事が出来れば汚名返上も可能になるかもしれないのだ。

 学生序列が入れ替わり、成績も見直されるだろう。


 そうすれば審査試合にも出る必要が無くなる。

 危険をわざわざ冒さなくて済む。

 それが、メリットだ。


 そう、全て俺の勝手な都合。

 昨日も言ったように、決してソーマの為ではなかった。


 



 ひねくれた考えだと思うが、こう思いながら行動しないと思い出せない。


 俺がここに来た理由は、あのクソ悪魔に復讐を遂げる為の通過点なのだから。

 今日この絶聖決闘で価値を生み出す。

 弱者でも強者に立ち向かうという事の価値を。



「さあ、ありきたりな下剋上の時間だ。散々才能で好き放題してきたんだろ? 『お荷物組』を代表して、お前に敗北感を味わわせてやるよ!」



「やれるもんならやってみるんだな! この学園、いやこの世界は弱肉強食だと言うことを改めて教えてやるからよぉっ!!」



「では両者、準備はよろしいですね? それでは……………決闘、開始っ!!」



 審判が決闘の開始を宣言し、ついに対トウギ戦が始まった。

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