第二十四話 「夕暮れの二人」


「………………う、ん? あれ、フレッド?」


 俺は小さな揺れと共に目を覚ました。


 どうやらスキルの連続、高速使用の反動で意識を持

っていかれたらしい。


 魔法の使いすぎは魔力枯渇、スキルの使いすぎは予測回数制限の突破による疲労状態になってしまう。


 最近ロクに休んでなかったからか、蓄積された疲れが一気に押し寄せてきたかもしれない。


『異次元武器庫』は比較的燃費の軽いスキルだ。

 今までこんな事なかったのだが、バンバン連発したのが悪かったのだろうか。


「おお、目が覚めたか? このまま送ってやってもいいんだが、俺も滅茶苦茶疲れてるんだよ。大丈夫なら降りてもらってもいいか?」


 アルフレッドが人工森林の門の前まで俺を背負ってくれたらしい。

 空がもう赤いな、もう夕暮れ時か? もうそんなに時間が経っていたとは。

 アルフレッドの背中から降りて地面に立つ。


「すまないな、フレッド。わざわざ気絶した俺をおぶってくれて」


「大した事じゃないぜ、気にしなくていい。そのまま置いていくなんて事はねえよ」


 そう言ってフレッドは笑って返してくれた。

 良い人柄だなぁ……。


「いやあ驚いたぜ! これで訓練授業の時の撃破も納得した。同じ『お荷物組』でもここまで違いがあるとはな」


「入学当日に『問題児』認定は良くないと思うんだけど。俺の『お荷物組』加入決定が早すぎるんだよ、まだ実力も見ていないってのに」


「そりゃあそもそも推薦入学ってのは青色学園じゃ初めてだからな。実力主義のこの学園じゃ有り得ないような事だったんだよ。どうせ大金積んで進路を確定させた野郎だと大半のやつは勝手に思ってしまったんだと思うぜ?」


「なんて早い誤認識力だよ……」


 はあ、勝手な想像をされてもなあ。


 遅刻、クラウス・ワーグナー、成績最底辺。

 これらのキーワードがその印象を作り出したのだろうか。

 それでソーマも最初に会った時避けるような……。


「あれ? そういえばソーマは?」


 俺はソーマがいないことに今更気がついた。

 辺りを見渡しても俺たち以外には誰もいない。


「ソーマならもうとっくに帰ったぞ。帰りに何処かに寄る予定があるとかなんとかで早めにここから出て行ったぞ?」


「そっか、それなら仕方ないけど」


「ソーマはともかく、俺は特訓の提案に乗ることにしたぜ! あんな事を言った手前、考えた。エバン程の奇天烈な鍛治師はそういない。今のうちに縁を作っておこうってな!」


 どうやらアルフレッドは重剣特訓に付き合ってくれるらしい。

 考えを改めて武器に魅力を持ち始めてくれたのか、自分も使ってみたいと思ってくれたのだろうか。


 どういった経緯でもいいか。

 今は特訓を受けてくれるアルフレッド君に感謝しよう。

 審査試合までに強くなれるといいが、


「ありがとうフレッド。でもソーマはまだ来てくれないのか〜。ま、待つしかないか。さっきみたいに無理に誘うのはやめる事にするよ」


「ソーマは……。――ああ、その方がいい。アイツも色々あるだろうしな」


「色々?」


 なんだろう、気になる。

 確かにさっきも『敗者』がどうとか言ってたな。


 でも、何がソーマをそれに縛り付けるのだろう。

 剣の腕も全然悪く、反応速度も一般人離れしていた気がする。

 伸び代があるし、『無能』と呼ばれる意味がよく分からない。


 そう言えば、この学園はどういう基準で合否を判断しているのだろうか?

 俺たちのような、『成績不良者』も入学出来たのは何でだ?


「そろそろ俺たちも帰ろうぜ。あんまり遅くまでいると先生達に怒られちまう」


「あ、ああ。そうだな。フレッド専用の大剣も新調してやるから楽しみにしておいてくれ」


「おお! そりゃ嬉しいな。お前が使っていたようなユニークな武器を期待してるぜ?」


「任せとけ、俺は戦う前に鍛治師だからな」


 俺とフレッドはそんな前よりも打ち解けたように会話を交わしながら自分の家へ帰宅するのであった。



**



 そんな生徒達を見つめる一羽の鳩。

 その鳩の眼を通して観察していた二人の人物がいた。


「いやあ、白熱したね。彼らの模擬戦は。特に君の養子のエバン君! あんな戦い方が出来るなんて、今まであんな生徒は見た事がないよ」


「そうだろう? エバンは鍛治師でありながら戦闘のポテンシャルも兼ね備えていたんだ。小さい頃から不思議な考え方もしていて、最初に披露してもらった時は流石に驚いてしまったよ」


「良いものを見せてもらったよ。これは夏の祭りがますます楽しみになってきたね」


 クラウスとタリアだ。


 『監視伝鳩』のモニターのような光で映し出した光景を見て、彼らの感想を共有していた。


「彼、君に会った時よりもう別人のようなんだろう?村で襲撃を受けて絶望の淵にいたとか。感慨深いものがあるのではないかい?」


「そうだね、五年前のピリピリしてた頃より今の方がずっと良い。父親が亡くなっても前を向くという姿勢をするようになってから、何というか逞しくなったかな」


「きっと、そうしていた方が気が楽になるんだろうね」


 校長室が静かになる。

 彼に同情し、これからを強く生きてほしいという思考が浮かんでいる事だろう。


 彼らはそういう人間、『聖騎士』に育ったからだ。


「……おっと、クラウス。君に来てもらったのはソーラス村の件について話してもらうんだった」


「ああ、まだ報告が届いていなかったのかい?それで私は呼ばれたのか。ではお菓子を出してもらえるかな? 仕事の疲れが溜まっていてね」


「少し待っていてくれ、紅茶とショートケーキを出そう。……全く騎士団長は、私が少し任務をサボった程度で情報も回してくれなくなるなんて。ちょっと真面目すぎるとは思わないかいクラウス?」


「君ももう30代なんだから良い大人だろう。団長は君の怠け癖の姿を若者に見せたくないんじゃないかな」


「だからと言って仲間外れはやめてほしいものだね」


 夕方、少し遅いティータイムを楽しみながら話は始まる。


 話の内容は、「ソーラス村の魔王軍による襲撃」


「約五年ぶりの村襲撃。イーリッチ村以来の魔王軍侵攻だ。聖騎士団がたまたま税金徴収の際に滞在していた為、村は幸い小さな被害だけで済んだ。怪我人はいるが、死者は出さなかった。イーリッチ村のような酷い有様にならなくて良かったよ」


「……奇跡だね。もし君達がもしその場にいなかったら五年前の二の舞になっていた所だっただろう」


「本当にその通りだ。私達がいなければ、敵の大将を落とす事が出来ずに撤退させることも不可能だった。不幸中の幸いってやつだね」


 魔王軍の追撃が可能となったのは最上位の聖騎士であるクラウスがいたおかげでもある。


 並の兵だけではとても対応できる戦いではなかった。

 クラウスは六人いる最上位聖騎士の中でも一、二を争う実力の持ち主。


 そこに居合わせていたのは奇跡以外の何ものでもなかったのであった。


「魔王軍の目的は、やはり不思議で不吉な魔力を含んだ高純度の宝石だった」


「これでもうはっきりしたね。奴らの襲撃は偶然なんかじゃなかった。一体何なんだいその石は?」


「……分からない。何故そこに置いてあったのか、誰かが意図して置いたものなのか、どのようにして利用するつもりなのか。何一つ今のところは判明していない。今後その石らしきものを見つけた場合は直ちに破壊するように、と団長から命令が出されたよ」


 五年前からまだ何も魔石の細かな情報を得られていない。

 ただ分かっている事は一つ、魔王軍の手に渡ってはよからぬ事が起きるかもしれないという事だけだ。


「……はあ、こちらの別件も気を抜いちゃならないっていうのに。ほんと前途多難だ」


「? 別件とは何の事だい?」


「そりゃ、『世界共大悪』の連中の事さ。実は最近それらしき人物の目撃情報があってね? もしもの時の対策を練っている最中なんだ」


「……『世界共大悪』か、とんだ大物が出てきたね。これはもう休みはあまり取れなくなってしまうかな」


「今まで何の音沙汰も無かったんだけど、四日前にブルー地区の南の街にある大聖堂の前で虐殺事件が起きたんだ」


「――虐殺事件? 私達がいない間にそんな事が?」


「この時点で相当ヤバいが続きを聞いてほしい。被害者はその街でチンピラと呼ばれていた三人組。事件が起きたのは放置時間からして深夜だ。その全員が特徴のある攻撃方法で殺されたと推測された」


 大聖堂、それは最も神聖な場所であり祈りと祝福で作られた大いなる聖堂。


 その大聖堂の前での殺人は、もはや正気の沙汰ではない。

 誰が何と言おうと死刑は免れぬものとなる。


 たとえ殺人であっても、誰もその場所で平気で実行する者はいない。



 ――ただ例外を除いての話だが。


 神をも恐れぬその狂人は自然と絞られてくる。



「体の一部に刻まれた大きな風刃の跡、それ以外の外傷は見当たらない。強烈な無慈悲の一撃によって彼らは絶命したんだ。風属性の痕跡も無く、その一撃を連続で放てる人物。これでもう限られてくるね」


「……最悪な気分だね。まさか、この国に?」


「かつて殺戮の限りを尽くした狂人。『恐怖』という感情を持たないと自称し、強大な暴風を操る力を有する『世界共大悪』の主力の一人と思われる者……」


 彼女は呪われた者の名前を口にした。



「――『二の悪・ルドラ』。彼が、また動きだし、この国に潜んでいるかもしれない。十分注意することだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る