第二十五話 「前途多難らしい」
「――と、このように、世界は魔法、スキル、加護と色々な力が成立して支えているわけです」
1ーBクラスでは昼時の十二時前、情報社会の授業が行われている。
はあ、どの世界でも気の抜ける時間はあるんだな。
先生の声を聞いているだけで眠くなるなんて。
「次に人類の脅威となり得る者達について話しましょう。……眠くても起きてちゃんと聞くように」
あ、はい。すいません。
俺の事をしっかりと見つめながら言ってきた。
このまま低い印象を与える訳にはいかないので体を起こして姿勢を良くする。
先生は一回溜め息を吐いて授業を再開する。
「皆さん当然知り得ている事でしょうが、この世界には人類に牙を剥く勢力、魔王軍が存在しています。『紅の魔王』が討たれて二十四年、戦力は減ったものの、今もなお『黒の魔王』は私達に向けて憎悪の念を送り続け、進軍の機会を伺っていると言われています」
黒の魔王率いる軍団、通称『黒薔薇の軍』。
この話を聞いていると自然と怒りと殺意が湧いてくる。
俺の父親、ラバンを殺したあのクソ悪魔は元気にしているのだろうか?
なるべくくたばっていてほしいが、最後は俺の手で仇を取りたい。
「魔王軍には精鋭揃いの第一軍がいるので、最上位聖騎士クラスの実力の持ち主にしか倒し得ないとされています。『帝国』、『聖教国』と共に助け合いながら、今この瞬間でも戦い続けているのをどうか忘れないように」
他の国と支え合っているのは良いことだな。
帝国とか最初の頃は絶対協力的じゃないだろと思っていたが、とんだお間違いの考えだったようだ。
ただ三国が協力しても落とせないとは。
よっぽどその精鋭達が強いという事だろうか?
……クラウスほどの奴らでしか相手にならないとか、やっぱり人類追い詰められてるな。
「戦いの中心となってくれているのが、我らがアルセルダ聖騎士団の団長である『
一般常識を知らなかった俺でも知っていたくらい有名な人物で、救世主だの人類の希望だの言われている。
なんでも、『絶対に倒れる事はない』騎士らしい。
控えめに言って最強なのでは?
「あなた達はこれから戦争についてを学んでいき、長きに渡るこの戦いを終結させる者として成長していくのです。分かりますか?」
正直、実際には見た事ないが四色の学園にはとてつもない強者達が沢山いる。
総動員で動けば勝てないかな……。
「……ですが、そんな魔王軍以上に危険視されている者達がいます。最近は動きこそ見られませんが、下手したら魔王の上を行く程の実力を持つ人類共通の敵、――『世界共大悪』です。」
……ん? これは聞いた事が無いな。
いや、幼い頃に名前だけ知ったかも。
あの時はラバンが何も教えてくれなかったんだっけ。
「彼らは全世界の人類から指名手配をされている人間から逸脱した者達で、気まぐれに暴虐を繰り返す悪夢を具現化したような力を持っています。その強さ故に、今では崇拝者が現れるようにもなり、組織を作って行動しているとも噂されています」
「先生、質問してもよろしいでしょうか」
エウリアが先生に手を挙げて質問の許可を願う。
「何でしょうかコルデーさん?」
「その者達は先程名前を挙げられた
ま、そこは気になるよな。
って、世界最強の一人に数えられるって本当にヤバイですねケイオス様。
早い話、そいつが対処してくれれば万事解決ではとコルデーは考えたのだろう。
何せこの国最強の聖騎士団長だからな。
「……残念ながらそれは不可能でしょう。いくらあの方が居ようとも、
敗れてしまった。
この一言に皆んな動揺が走る。
あの団長が敗れた? それも一人の人間に?
魔王の精鋭ですら一人で相手をする最強が遅れを取るのは信じられない事だった。
「……初耳ですね」
「去年の出来事ですからね、初めて聞く者も多いでしょう。偶然遭遇した『一の悪』らしき『世界共大悪』と戦闘になり、死闘の末敗北してしまったと聞き及んでいます。生き延びはしましたが、『あれは、別次元の生き物だ』と言い残し三日間意識の無い状態になってしまったと」
「「「………………………」」」
……超ヤバイじゃん。
倒れない騎士、倒されてんじゃん。
えぇ、何? この世界の善良市民の人生難易度調整、間違えてないか?
神様達は一体何をしていらっしゃるのだろうか……。
そんな連中が何処にいるのかも分からない状態で生活するとかもう何もかも通り越して笑っちゃうね。
「皆さん心配はいりませんよ? 今世代の聖騎士や能力者達の実力は極めて高いです。勿論、あなた達を含めて。いずれケイオス様を超える者達は続々と出てくるでしょうしね」
そうかなあ?
「自らの力を驕る事なく、日々修練を続けて行きましょう」
**
今日の午前の一通りの授業を終えた昼時。
俺は昼食を取る為、アルフレッドと共に食堂へ向かっている。
ソーマは授業が終わってすぐにどこかへ行ってしまった。
昨日の件について少し話したかったんだけど……。
「はあ、あんな事知っちゃったせいで余計に夜しか眠れなくなっちまうよな?」
「寝れてるから良いじゃねえか。……まあ確かに、魔王軍よりヤバい連中らしいし、出会うなんて事があった時には恐怖で動けないかもな〜」
「最近も、何か大変な事件があったとかなかったとか。それも世界共大悪の仕業かもしれないな!」
先程の授業で新しく覚えた世界共大悪。
たったの五人が世界を脅かしているとは、早く英雄が現れて退治してくれるといいが。
「まあ俺たちは逃げる方向で行こうぜ?どうせ皆んなよりも弱いんだしよ」
「ばかっ、そんな事言うな。審査試合も控えてるんだぞ。もっと強気に行って底から這い上がるんだよ!」
「そうなんだがな? 審査試合の出場選手見たか? とても俺たちが特訓しても相手になるような奴じゃ……」
「――おいもう一回言ってみろよ? あ゛あ゛っ!!?」
その時、食堂から大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
何だよどうしたんだ?
今ヤンキーみたいな、あ゛あ゛が発生した気がしたんだが。
食堂の前に着き、怒鳴り声の原因を知るべく中を覗く形で入る。
そこには既に大人数の野次馬がおり、その中心と思われる睨み合う二人を見ていた。
皆んな俺たちのような目的で続々と集まってくる。
それだけ大きな声量だったという事だ。
「だから、あなた達がここに来ることは出禁となっていると言ったのだ。ルールをも簡単に破るとは、やはり謹慎処分にしてもらうべきだったな『不適合者』」
厳しめの声色で話す長い黒髪の女子生徒。
制服に付いている星の色からして二年生だろう。
いや、待てよ?
星のバッジの形は他の物とは違う装飾が施されているな。
ということは、もしかして『生徒会』の人か?
「俺は決めた事は何でも実行する性格でな。お前みたいな学校の僕野郎を見ていると吐き気がするだよ。おい、もう一回言ってみろよ。その前に殺しちまうかもしれねぇがな!!」
対して冷静でもないこの悪いタイプのヤンキー。
さっきから女子生徒に滅茶苦茶怒り狂っている。
一体何言われたの?
何か言われたとしてもそんなに怒るかねぇ。
「なあフレッド、あの二人の事知ってるか?」
「ぎゃ、逆に知らないのか? 仕方ない、説明してやるよ。あの女子生徒がこの学園の生徒会長にして全校ランキング二位、カレン・ファウブル先輩。超有名人だ。そして、怒鳴りつけている方が素行が最悪の不良と名高い全校ランキング八位のトウギ・リンベ先輩。超有名人だ」
超有名人なのか、知らなかった。
「施設の乱暴、他生徒への暴行、教室での強行支配。そして、食堂で騒ぎを起こし出禁になったにも関わらず無視して入り椅子や机を傷つける行為。もはや見過ごすことは出来ない。早急にそれ相応の処置を取らせて頂こう」
「はっ! たかが庶民が俺に何か下せると思うなよ? 勝負はまだ決まってねえ。この前の模擬戦は負けたが、次の試合はぜってえミスはしねぇぞ。その高い席から叩き落としてやるよ!」
「その前に退場するかもしれないがな?」
すごい口論が始まっている。
でもこれ生徒会長が圧倒的に有利な気が……。
「……さっきからその態度が気に入らねぇ。大半が学業の成績だけで成り上がった弱者が。やっぱりここで殺し合っちまうか?」
「君にやれるものならな。『弱い者虐めをする弱者』と言われただけで怒り狂う猛犬だろう?」
「――殺す」
おっとーヤバイか?
今ここで戦うなんてそんな馬鹿な……。
トウギは腰に掛けている剣を引き抜こうとして、
「……ちっ、本当に気に入らねえ奴だ。ここが学園じゃなきゃ襲い掛かってたぜ?運がいい事に感謝するだな」
寸前で思い止まったのか力を弱めて抜くのを止めた。
まあ、流石にそこまで馬鹿ではなかったようだ。
四色学園で許可無しで武器を向けようものなら一発退場だ。
今は周りの目もあるため、一番最悪な状況を避ける事にしたのだろう。
でもあんな不良をまだ許容している学校側は一体何をしているんだろうか。
あれでも、聖騎士とか目指しているのか?
何を目標として入学してきたのやら。
ていうか、よくこの学園に入れたな。
「おいフレッド、また後で来よう。ここにいたら食欲を削ぎそうだ。次来た時にはもういないだ…ろ……」
俺がアルフレッドに教室に戻ろうと提案した時、信じられない光景を見て固まってしまう。
トウギ陣営の取り巻きの中によく見慣れた者がいた。
最近友達っぽい関係になれたかもしれないと思っている奴だ。
弱々しい剣術使いの男子生徒。
俺たちと同じ『お荷物組』のはずの仲間。
――ソーマ・ハデイッド。
一緒に戦うはずの真面目そうなソーマが、何故か不良グループの一員に溶け込み、そこに佇んでいた。
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