第十話 「アルセルダ王国」

 ――風に揺られ、心地が良い。


 電車に乗っている時のような、眠ってしまいそうなあのほど良い揺れの感覚。ずっとこの時間が続いてほしいと思わせる綺麗な空気。


 俺は、今どこにいるんだ?

 俺、何してたんだっけ………?



**



 気がつくと俺は我が家の椅子に座っていた。

 

 こんなところで寝てしまっていたのか?


 ダメだろ俺、時間は有効的に使わないと。

 さっきまで自分が何をしていたのか思い出せない。

 


 何か最近大変で辛いことがあったような……。



 まあ、いいか。辛いことなら忘れていた方がずっとマシだ。


 今日からまた鉱山で取ってきた鉄鉱石を使って鍛治師になるための特訓だ。せっかく命懸けであのリザードマンのいる洞窟で材料調達をしてきたのだ、早速武器の作成に取り掛かりたい。


 今はなんだか気分が良い。いつもより良い出来の武器が作れそうな気がする。


 これだけ鉄があれば、外より鍛冶場にいる方がずっと長くなるかもしれない。俺はいつも通り作業用のハンマーを持って鍛冶場に入る。


 ラバンはどこだ?

 まあ、そのうち来るか。



 炎をその身で感じ、力強く鉄を打つ。熱さを取り込み、形を作る。


 一手を確実に経験値へと変えていくために、気を決して緩めず集中力を研ぎ澄ます。まだ半人前程度の俺でもこの瞬間だけは真剣に、丁寧に作業をする。


 ああ、勇者にでもなって無双したいとか考えていたけれど、鍛治師も案外いいものなのかもしれない。



 “武器は自分の身を守る為の道具にすぎないが、職人の技を象った魂の結晶のようなものだ。


 一つ一つに自分の想いを乗せるんだ。

 だから、その工程の全てを無駄にしてはならない。


 失敗は何度でもできる、その失敗を積み重ねろ。

 たとえ完璧じゃなくても、それは決して悪いことではない。”



 ……って、いつも言われてたな。


 だから俺はどんなに普通の剣でも、全力を込めて作ったんだ。無駄にはしたくないからな。


 さて、今日もラバンから暑苦しいけどありがたくて素敵なアドバイスを――。



「ん? お父さん?」



 ラバンが鍛冶場の入り口にいつの間にか立っていた。なんだろう、ラバンの顔がよく見えない。まるでモヤがかかっているようだ。


 さっきから一言も喋らないし……。


 おいおい、どうしたんだ?

 ラバンみたいな熱血漢でも悩み事でもできたのか?

 

 すると、ラバンは何故か後ろを向き、少しこちらを見ながら、静かに口を開いた。



 その口はゆっくりと動き、こう言った。



『意志を、想いを、お前が繋ぐんだ。そうすれば、俺たちはずっと、お前と一緒にいてやれる』



 ――え? 何を言って……。



 その瞬間、家が崩れていく。


 ガラスが割れるようなバキバキという音を立てて、空間が壊れていくようだ。

 

 俺は突然の異常事態に反応できない。


 ずっと後ろを向いたままのラバンに視線を向けるが、ラバンはその場から動かない。


 そして、日の前が激しい光に呑み込まれる。


 一体何なんだ!?

 


「お父さん!」



 ――俺の意識は覚醒し、現実へと引きずり戻された。



**



「おーい? えっと、ベイカーくん? もう王国に到着したよ、もうそろそろ起きた方がいいんじゃないかな〜?」


「………………あ、え?」


 俺はその声に応じるように目覚めた。


 ここはどこだ?


 知らない天井とガタガタと馬の足音と車輪の音が同時に聞こえてくる。ということは、ここは馬車の中か? 背中が少し硬いな、今俺は席に寝転がっている状態らしい。

 

 

「お、ようやく起きたね。私は何度も起こしたんだけど、君、ちょっと寝起きは遅いタイプかな? でも仕方ないか、何せ三日も寝たきりだったからね」


 ………誰だこの美青年は。


 俺は自分の顔立ちはまあまあだと思っていたが、それは自惚れだと考えさせられるほどの美形の持ち主が俺を上から覗いている。


 俺は身体を起こし、その人物と対面するように席に座り直す。


 あ、でもちょっと覚えてるかも。


 確か救助要請をして駆けつけてきてくれた聖騎士団の――。


 ………やっぱり夢にはならないか。



 タチの悪い悪夢だと信じたかったが、これは非情な現実だったらしい。


 ん? ていうか、三日寝てたとか言いました?


 俺は怪我をした左肩を見る。


 包帯が巻かれている感覚が服の下からあり、もう治療された後だと把握した。治療院? に世話になったのだろうか。


 マジか、あれだけの深い傷を数日程度でなんとかしてしまうとは……。魔法で治したとかなのだろうか?


 俺は少し驚きながら再び青年の方へ顔を上げ、話しかける。


「えっと……」


「ああ、まだ自己紹介を済ませていなかったか。私はクラウス。クラウス・オーグナーだよ。ヨロシクね?」

 

「クラウスさん……。俺は、エバン・ベイカーです。…….あ、そうだ! お父さんは!?」


「……ああ、お父さんは、今馬車の後ろで気持ちよく寝ているよ」


 ………………………………。


「後日に、立派なお墓を建てて、そこでまたゆっくり眠ってもらおう」


「………そう、ですね」


 俺は小さくクラウスに同意する。また、俺の目頭が熱くなってきた。


「……さて、ここからは君の今後についての話をしたいんだが――」


 クラウスが別の話を切り出そうとしているが、俺はその前にどうしても聞きたい、いや聞かなければならないことがある。


「クラウスさん、お父さんは、お父さん達は一体何者なんでしょうか? 輝剣、の鍛治師? 勇者パーティって……?」


 そう、俺の両親についてだ。


 今まで一度も過去の話をされたことがない。

 今後の為にももっと、自分の親なのだから知っていかなければならないのだ。


 そして今回の襲撃といい、ラバンの剣術といい、何がなんだかわからない。


 実は俺は馬車で運ばれていた途中、クラウスと誰かが話していた記憶が薄っすらとだが覚えている。


 詳しくは思い出せないが、勇者パーティが何やらとか言ってたよな?


 まず、間違いなくクラウスというこの男は何か知っている。


「まあまあ落ち着いて、それを含めて私の家で話をしようと誘おうとしたんだ。長話は、こんな道端で話すよりもゆっくり室内でしたほうが気分は良いだろう? 丁度今向かっているところなんだよ」


「へ? 家? というか、今俺がいる場所って……」


 そうだ、確か俺を大都市部のアルセルダ王国に運ぶとかいう話をしていた気がする。


 俺は馬車の窓を開け、その外を見た。


 そこには本当にファンタジー王国と言っていい立派な街並みが広がっていた。


 石畳でしっかりと敷き詰められた道に整備されており、強固な岩で作り出されたとされる立派な建造物。


 さながら、中世のヨーロッパを思い起こさせるようなザ・ファンタジー街だ。


 人が多勢賑わっているのが確認できる。


 今まで転生してきて一度にこんなに多勢の人は見たことがなかった。


 というか、まずイーリッチ村付近から出たことがなかったな。


 遠目には、明らかにそこに王様いるだろ感を醸し出している大変城っぽい城が見える。


 その奥にはこの国全体を囲っているとされる大きな防壁のようなものがそびえ立っていた。


 ……いや、それにしても広すぎでは?


 まだ自分がどこにいるのかもわからない。

 地球の都市で言ったら、どこにも該当する広さの土地を有している国はないのではないだろうか。



 俺はようやく王道ファンタジーな世界をこの目で拝見したのであった。

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