第十一話 「オーグナー邸到着」

 俺はクラウスに連れられて、王国の東側に位置するとされる屋敷の前にやってきた。


 馬車が止まり、俺はゆっくりと不慣れな足取りで降りる。


「いや……アルセルダ王国、広すぎるだろ」


 ここに到着するだけでも随分時間がかかった気がするな。

 これだけ広いと国の端から端まで行くのにすごい労力が溜まると思う。


 俺はクラウスの後ろについて行き、目の前に佇む屋敷の門を潜る。


「……デケェな」


 日本で見たことがある大きさの数倍はある。


 備え付けてある大きな庭には青と赤色の花がいっぱいに咲いており、綺麗に手入れが施されていた。


 誰がどう見ても立派だと思えるほどの豪邸。

 

「こんな豪邸に住んでるってことは、クラウスさんってもしかして貴族の方なんですか?」


「いや貴族ではないよ、私は平民の身で上の位の聖騎士になれただけさ。聖騎士っていうのは給料がすごく高いからね〜。あ、あと私に敬語を使う必要はないよ?気軽に話しかけてくれていい」


「そうなんで……そうか、ありがとうクラウス」


 ほう、上級の聖騎士か。


 強くて金持ちの聖騎士に成り上がれるとは、平民でも待遇は変わらないのだろうか?


 クラウスはとても人が良いから、それも含めてか。

 ここまで来る途中でも親切にしてもらってるしな。


 屋敷の扉の前までくるとクラウスが扉の取っ手に手をかける。


「それじゃあ、中でじっくりお茶をしながら話をしようか」


 なんだこのイケメンは。


 発言がいちいちカッコ良く聞こえてくる。


 もし俺がこの口調になったらみんなから『どうしたの? 具合悪い?』って心配されるだろうな。


 そんな事を考えている内に、クラウスが大きな扉を両手で引き開ける。

 

「「「おかえりなさいませ。旦那様」」」


 扉の先には、数十人となるメイドさん達がいた。


 俺たちの方を向いて頭を下げておかえりの挨拶をしてくれている。


「め、メイドさんだ………!!」


 前世でもテレビとかでしか見た事が無かった人物レア度星三つの本物メイド。


 俺はその白いメイド服を纏った女性達を見ただけで感極まってしまった。


 ちなみに、俺はメイド喫茶で働いているメイドさんも実際には会ったことがない。

 文化祭で見たくらいだ。


 東京の秋葉原とか行ったことなかったし、埼玉の田舎暮らしだったからなあ…。


 いやあ、眼福眼福。


「ん? どうしたんだいエバン? そんな笑顔になって」


「え? い、いや何でもない、うん」


 おっと、つい顔に出てしまっていたか。


 ……メイドさん、頼むからそんな怪しむような顔しないでくれない?


「表情が回復してくれて何よりだ。君はここに来るまで笑顔を一つも見せていなかったからね、安心したよ」


 ……そう言えばそうだったか。


 やはりモノホンメイドさんは偉大だということか!!


「じゃあ客室に移動しよう。ちょっと普段着に着替えてくるから先に行って寛いでいてくれないか?自由ですまないね」


 ……本当に自由だな。


 先に俺じゃなくて服優先かよ。

 思ったより着心地良くないのだろうか。


 というか、クラウスって18歳くらいに見えるのにここの屋敷の主人なの?


 どれだけ人生成功させてるんだよ。


 早くラバン達の話の詳細を聞きたいんだが……。


「それじゃあ、君。エバンを案内してやって」


「はい、かしこまりました。旦那様」


 俺と同い年くらいのメイドの少女がクラウスに指名された。


 この子が俺を客室に連れて行ってくれるらしい。


 桃色の髪に空色の瞳、ストレートなロングヘアが特徴の可愛らしい少女だ。


 幼くてもメイドになることはできるのか…。


 親も主人に仕える身の使用人の家系とかそんな感じかな?


 俺はクラウスからメイド少女の後ろに移り変え、客室があるとされる通路の奥の部屋に案内された。

 

「こちらのお部屋になります。当家の主人が来られまで、しばらくお待ちくださいませ」


「あ、うん。ありがとうね」


 さて、俺は部屋を物色。


 12畳ほどの広さにいかにもな高級な机とソファー。

 質の良さそうなカーテンに窓の付いた上級客室。


「流石だ」


 それ以外にもう何も言わねえや。


 あと確認できるのは、この世界の数字が刻まれた丸型の時計のような物が壁に付いてるくらい……。



 ――え、この世界に時計ってあったの?



「ね、ねぇ」


 俺は近くにいたメイド少女に尋ねてみる。


「はい、どうなされましたか?」

 

「あの壁に張り付いているやつって、何かわかる?」


「…ああ、あれは「日月の刻」という二十年前ほどに作られた時間というものを正確に示す魔道具です」

 

「……へえ〜」


 時計はあった。


 前世の世界と同じ、十二の数字で統一されている。

 しかも魔道具。原理はどうなってんの?


 魔法があれば何でもできるというのはこのことか。


 やっぱり時刻がわからないと不便だよな、人間というものは今が何時か気になってしまう生き物だし。


 でもイーリッチ村には無かったな。

 時計って割と高価な魔道具なのだろうか。


 この国の人達は時計を見ながら生活しているということになるのか?


 いいなぁ、生活し易そう。


 今まで太陽の位置とかで把握してきたので、時計という物が存在していたことに驚きを隠せない。


 俺は国と村の発展の差に物申したい気持ちをしまって部屋の中心に配置されたソファーに座り、クラウスが来るのを待った。



「…………」

「…………」



 今客室にいるのは俺と部屋の隅で待機しているメイド少女だけだ。


 ちょっと気まずい。


 少し、話しかけてみるか。


「ねぇ、君。名前なんて言うの? この屋敷で何年か働いてるのかな?」


「………………………」


 無視は良くないぜお嬢ちゃん。


 俺は静かな空気に負けずにもう一度話しかける。


「俺は名前はエバンだよ。クラウスさんから連れてこられたんだ。何か気になることがあったら何でも聞いてくれてもいいよ!」


 こういう時は気さくな人だよっていうのをアピールしなければいけないと思うんだよ。


 何事もイメージは大事だからね。


 すると今度は無表情のまま少女の口が開き、物静かにこう言った。

 

「……では、一つ宜しいでしょうか」


「……! いいよ、何かな?」


「お客様は、イーリッチ村で壮絶な体験をし、お父様が故人様になってしまったと耳に挟んでおります。僅か三日後の今、そのことを忘れて私などに構っておられて宜しいのですか?」



「………えっ?」


「ですから、人としてそれで宜しいのですかと聞いております」


「………………………えっ?」



 え? 何? この子。


 俺と年ってあんまり変わんないよね?

 初対面でそんな事普通言うか?


 それに別に忘れてなんかありませんけど?


 今から今後について考えていくつもりなんですけど?


 バールのやつは許すつもりないんですけど?


 いつかこの手で報復させてやるんですけど?


 可愛らしい見た目よりすごい性格してるかもしれないんですけどこの子。


 もしかして、普通に俺に話しかけられるのが嫌だったのか?

 

「……一応、君の名前が知りたいな」


「メアリです。貴方様のことは気の毒に思いますが、ナンパはしばらく控えた方が宜しいかと」




 ――名前覚えたからな、おい。

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