第九話 「救援」
ラバンが死んだ。
最後まで俺を想いながら、安心したような笑みを浮かべながら命を途絶えてしまった。
……ああ、なんてことだ。
やっと、この世界で生きるということを決めたのに。大切な人がいなくなってしまった。
母親が亡くなった時すら、何とも思わなかったのに。二人が、こんなにも俺を愛してくれていたなんて。
――全然気付いてやれなかった。
「ごめん……ごめんなさい……」
ラバンの体を支え、強く抱きしめる。
俺は声が枯れるほど、涙が出なくなるまで、泣きじゃくった。こんなに泣いたのはいつぶりだろうか。
ああ、もっと早くこの感情と出会えていたら。
そんなことを思いながら涙を拭っていると、ふと強烈な吐き気が襲ってきた。
「なっ……に!?」
異次元鍛冶場を未完全な状態で発動しっぱなしだったからだ。スキルは発動し続けると、疲労感、眠気、酷い時には吐き気や激しい頭痛などの症状が発生する。
俺はかれこれ二時間近く初期状態の中身の無い黒い箱のまま展開し続けている。
まずい、意識が朦朧としてきた。バールはまだそこにいるかもしれない。
「でも、もう、限界………だ――」
俺は異次元鍛冶場の力を解いてしまう。
黒い箱がスキルによる維持が保てず、じりじりと音を立てながら消えていく。
そこには、魔槍を構えたバールが……。
「ん? てっきり正体不明の爆弾か何かだと思っていたが、この村の生存者かな?」
そこに立っていたのはバールではなかった。
俺より七歳ほど年上だろうか。誰が見ても美青年と思わせる容姿。優しい声色だが、その身に纏う圧倒的なオーラを前に、俺は少し警戒してしまう。
「ああ、心配しなくてもいい。あの魔人はもうお帰りになってくれたよ。これを取り戻すには少々手こずったけどね」
青年はそう言って蒼く輝く宝石を取り出し、俺の目の前に近づいてくる。
「その人は……君のお父さんかな?」
しゃがみ込み、ラバンを見ながら聞いてくる。
俺は無言のまま頷く。
「そうか……すまない、もう少し早く到着していれば助けられていたかもしれないのに」
………全くだ。
この青年がおそらくバールを退けてくれた。
そんな追い払えるほどの強さを持ち合わせているなら、ラバンはかすり傷程度で済んだかもしれない。
だがこの青年にも、聖騎士団にも非はないことはわかっている。
「でもよく耐えてくれたよ。お父さんは、命懸けで君を守ってくれたんだね。君はその意志を絶対に忘れてはいけないよ、いいね?」
言われるまでもない、俺はラバンの犠牲の上に今こうして生きている。
ラバンの身体からは熱が消え失せてしまった。だが、俺はそれを受け継いでいかなければならない。
ラバンの期待は決して裏切らない。何があっても生きることに専念すると決意できた。
「さて、君の左肩を治すためにこれから君を王国の治療院に運ぶが、異論はないかい?」
そういえば忘れていた、左肩がまだひどい状態のままだということを。
あれ? 思い出した途端に痛みが再生してきた。
じわじわと鋭い痛みが走っていく。スキルの酷使で疲れも溜まっているし、血も全然足りない。
ああ、これダメだわ。
「君? 大丈夫かい?」
大丈夫に見えるのか?
「――もう、無理……」
俺の意識は、そこで途絶えてしまった。
**
ガタガタと揺れる。
車輪が動く音がして、乗り物に乗っているような感覚がある。
意識がはっきりとしない。まるで夢を見ているような……。
なんだ? 誰かの、声が聞こえる。
「まさか、この子の父親があの『輝剣の鍛治師』の息子とは。いやあ、この子だけでも間に合ってよかったよ」
この声は、あの青年の声だ。知らないやつの声も聞こえてくる。声色が高いな、女性か?
「『輝剣の鍛治師』? それって、鍛治師なのに剣を振るうことで有名だった勇者パーティの?」
「そうそう。何故か行方不明になってたんだけどさ、まさかこんな近くに隠居していたとは誰も思わなかっただろうね!」
「そうね、同じパーティで一緒に行方を眩ませた魔術師とこの子を産んだのかしら?」
「ま、そういうことになるかな」
何やら俺の親のことを話している気がする。
輝剣の鍛治師? 勇者パーティ? 何のことだかさっぱりわからないな。
実は、ラバンって噂以上にすごいやつだったのか?
それに一緒に行方を眩ませた魔術師って……。
「でクラウス、あなたその子をどうするの?」
「どうするって?」
「いや、そのままの意味よ。左肩が回復し終わったら行く宛はあるのかしら?」
やっぱり俺に関することを話しているな。
クラウスと呼ばれた青年は答える。
「最初はラムレイ家に預けようって考えたんだが、それはやめた。彼らもそんな余裕は多分ないだろうしね。この子の親戚と思われる人はいなかったし、引き取り先はどこにもない」
え? そうなんですか?
「だから、私が引き取ろうと思う。この子には襲撃前の暮らしを再開できればと思っているよ」
「そう、それなら安心したわ。でも、あんまり遊び相手にしないでやってよ? あなたすぐ遊ぼうと周りの人を巻き込むし、剣術の相手欲しさに引き取ろうとはしてないわよね?」
「カレン、そんなに私の性格は悪くないさ。そんな風に思われていたなら割とショックだよ?」
どうやら俺の次の生活場所はもうすでに決まっていたらしい。
クラウスか、どこかの貴族なのだろうか?
「それに、手を差し伸べることができるなら進んで助ける。それが私達聖騎士の役目だろう?」
……聖騎士、か。
そういえばそうだった。
屋敷を持っているほどなら、相当上級クラスの聖騎士なのだろう。実際バールを退けたしな。
しばらくして、話は違う方向へ移行し始めた。
「魔王軍の動向がまだ掴めていない。奴らの目的と思われる石は手に入れることができたが、これは何だろうね?」
「さあ、わからない。ただ村を直接襲撃するに値する代物らしいし、絶対に渡しちゃダメなやつね」
「王国に到着したら、早めに破壊するとしよう。何かわからないものは、取り敢えず破壊しておくに限るからね」
そうだ、アイツの目的。
それはクラウスが手に持っていた宝石のことだろう。一体何に使うつもりだったんだ?
まあ、壊すならもうその目的も遂行することはできないだろう。
今度また会うことになったら聞いてみるか。
そして、仇として殺す。
そのためには、力をつけなければ。
新しい武器の製造をしてみるか。
それが俺の今後の目標だ。
そう心に誓って、再び俺は意識を失った。
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