第六話 「バッドイベント開始」
「おいおい……どう、なって……」
俺は村に帰るや否や絶句した。
なぜなら、村が燃えているからだ。
は? いやマジでどうなってんだ。いくらなんでもこれは洒落にならない状況だ。
今まで平和スローライフを送ってきた村は、血と殺戮の場所と化していた。村には見たことのない魔物たちで溢れかえっており、皆が皆黒い鎧を身にまとっている。
そのすべての鎧に黒い薔薇の紋章のようなものが描かれているのが見えた。
コイツらは一体なんなんだ!?
「くそっ! 助けてくれ! 誰か助け…ガハッ!!」
「イヤ、近づかないで、どうかこの子だけでも、見逃してくださーー」
「ガアアアアアアアアアッッ!!!」
「……! おいやめ――」
気づいたときには、目の前にいた人たちは、剣で斬り殺され、食い殺され、焼き殺されていた。
俺は異世界に来て初めて、人の死を目の当たりにした。それも大勢の、だ。村の人の悲鳴、魔物たちの咆哮で村の広場は埋め尽くされている。
……本当に洒落になっていない。唇が恐怖で震える。
俺は、人型の魔物や猛獣のような魔物たち惨殺される人達をただ呆然と眺めることしかできなかった。
「……クソッ! いきなり何なんだよ一体!」
いくらなんでも急すぎる、何が起きてるって言うんだ。
とりあえず、ここに留まっていると俺も危ない。
一刻も早くここから……、
待て、俺は正気か? さっきのリザードマンと言い逃げすぎだ。
ラバンたちの安否がわからない、今あいつらは一体どこにいる? 避難はできたのか? いやできるはずがないだろう。ラバンは俺と同じただの鍛治師だ。
こんなに魔物がいるならすでにもう…………。
「違う!」
さっきから不穏なことしか考えられてない、これじゃ前世の頃と全く変わらないじゃないか。
不幸なことが続いて頭が少しおかしくなってきているのかもしれない。
まだ生きている、きっとそうだ。そうだ、そう考えろ。
……この異世界では、もう失敗はしたくない。
「俺が行ったところで何が変わるのかはわからないけど、後悔はしたくない」
「ギャッ! ギャッ!」
「……!」
すると、目の前に短剣を持った一匹のゴブリンらしき魔物が俺目掛けて攻撃してきた。俺はすぐさま武器庫から剣を取り出し防御する。
「くっ!」
キンッ! という音と共に二つの剣が火花を散らす。大丈夫だ、コイツはあのリザードマンより強くない。
「お、らあ!」
なんとか敵の剣を押し返し、その勢いに乗ってゴブリンの横っ腹に回し蹴りを食らわせた。
「ギャギャ!?」
ゴブリンは吹っ飛び、そのまま地面に叩きつけられる。
「な、舐めんなよ前世サッカー部! お前らに構ってやる体力と余裕はないんだよ……!」
さっきの洞窟での作業の疲労が完全には回復していない。早くラバンやユナを見つけて一緒に逃げなければ。
あのゴブリンが立ち上がる前に、俺は北の方向にある自分の家に向かって走り出す。途中で見かける民家は荒れ果てた姿になっていたのが確認できた。
「はぁ……はぁ……はぁ! ついたっ!」
坂を登って少し先。俺はベイカー家の前に到着した。着いたのはいいが、周囲に誰かの気配はない。
ひょっとして、もう逃げられたのか? 俺は家の中に誰か残っていないか確認したがリビングにも、鍛冶場にもいなかった。
――何も知らないで動いてたのは俺だけかよ……。
「……ははっ、何だよ。俺が心配する必要もなかったじゃないか。とんだ無駄足だったな!」
俺はその場にへたり込んでしまった。
そうだよ、何の心配もいらなかった。何故なら、彼らは俺に負ける要素なんて一つもないのだから。俺が来たところで何も変わらないのはわかっていた。
….…何でこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。
「さて、早く俺も避難するか。あいつらはどこに避難して……」
俺はこの場から離れようとして、
「――――――――あ?」
――どこからか飛んできた槍に、左肩を貫かれた。
急激に鋭い痛みを感じる。
血が、俺の、肩、血、痛い。
「ぐああアアッッッ?!」
俺は絶叫した。
なんだ? 何が起きた? 今怒ったことに理解できない、一体なぜ、肩が、血が、いたいいたいいたいいたいたいたいたいいたいたいたい。
「ぐ、ああ、あ」
妖しい光を纏った槍が突然意思を持ったように動き出し、俺の肩から抜かれる。俺の左肩を貫いた槍は空中を舞、とてつもない速さで空に向かって飛んでいく。
あれは能力を持った魔槍、か?
俺は血が出るのが治らない傷口を抑えながら、槍が飛んでいった方向に目を向けた。
そこには、同じく浮遊している人陰。いや、人ではない。人の形をした何かを俺は見つけた。
そいつは青い髪をなびかせ、禍々しい大きな翼を持っていた。テールコートのような物を見に纏い、上空で暗い紫の瞳で俺を見ている。
そして、
「何、だ。あの、ク、クソ野郎、は……!?」
――笑っている。
俺をあの槍で貫いてケラケラと笑っていた。あの笑う姿が、俺にはこの世の者ではない悪魔に見えた。
「何が……おかしい、んだよ! てめえ! 人様の肩、抉りやがってッ!」
空を飛ぶ人影の口が動き、俺の問いに答えるようにこう言った。
『人間の苦しむ姿は滑稽で仕方がないのでなあ!』
そいつは俺の真上でまるで全ての人間を嘲笑うかのように、高らかに笑い続ける。この世界に来て、俺は初めて明確な殺意をあの悪魔に向けて抱いた。
ああ痛い、いたい、イタイ、どう、すればっ!!
血が!! 止まらないっ!!
追い討ちをかけるように悪魔の持つ槍が再び妖しい紫色の強い光を放ち出し、高速で回転し出した。
――まさか、またあれが飛んでくる?
俺の肩を貫いた、真っ赤に染まった魔槍。
再びアメジストのように美しく、禍々しく光る紫の魔力を放出しながらドリルのように速く、さらに速く回転していく。
「おいおい、うそ、だろ……!?」
あの強力無比な一撃がまた放たれようとしている。あれを食らったら今度こそ終わりだ。なんとしても逃げなければ。
しかし一体どうやって?
俺が視認できない速さで攻撃してきたのだ、避けるなんて到底無理だ。
左腕が自由に動かない。激痛が今も俺の身体の全てを支配している。
――今できるのは助かる方法を考えることだけだ。
あの悪魔に命乞いでもしてみるか? ……いや、悪魔なのだから聞くはずもないな。
家の中に逃げ込んで……それもおそらく無駄だな、ああもう思うように思考ができない!
静寂な空気が流れていく。
「…………もうダメか」
俺はもう、何も考えられなくなっていた。
この世界ではまともに、人の為になるなんて思いながら転生したけど、そんなことは何一つできていない。
ラバン達に助けられるだけの第二の人生。肝心な時に俺は今日どこへ行っていた?
自分の為だけに、鉄鉱石を取りに行っていたのか?
誰にも伝えずに?
とんだ大間抜けだな。
この世界はスローライフな生活ができるはずのない理不尽な世界なのに、俺は長いこと勘違いをしていたようだ。
最近までは楽しかったのだ。
なのに、コイツらのせいで一瞬で崩れてしまった。
俺は、何の為に転生してきたのだろう。十一年特に何もせずに生きて、最後に無様に死ぬだけの為に?
俺は、自然とそんなことを考えながら絶望していた。
『おや? 逃げないのか? もっと醜く足掻くと思っていたが、……まあいい。すでに目的は果たしたのだ。もう遊ぶ必要はあるまい』
何か言っている。だがそれはもうどうでもいい話だ。
魔槍の音が大きくなっていく。
「………もう、いいんだ」
そう静かに呟き、俺はゆっくりと顔を下に向け――
「――諦めるな!!!」
「……?」
だれだ……?
俺は、俯かせた顔をもう一度上げる。
――そこには、俺を庇うように立つ、金色に輝く剣を持った勇者……。
ではなく、俺の知るなかで最も熱い人物。
父親、ラバン・ベイカーがいた。
**
約10分前。
村の一番東にある、祝福神メリディウスの教会に生き残った村人たちは避難をしていた。
突然の魔王軍の侵攻。
それに臆せず、俺がなんとか冷静を保ち、中心となって何とか教会まで逃げることに成功した。
「今、言伝の魔法でアルセルダの聖騎士団に救援要請を致しました。到着するのはあと15分程度だと」
「ありがとう、神父様。15分、か。いつもは短すぎると思っていた時間だが、今日は本当に長く感じるよ」
本当に長い、長い時間だ。
いつ奴らがここを見つけるかわからない。
……アルセルダ王国の聖騎士団。彼らが来てくれるまで何とかして持ち堪えなければ。
最上位に位置する聖騎士が助けに来てくれれば、この状況は一変する。
「まさか、魔王軍の兵たちが何の予兆もなく攻めてくるとは」
そうだ、なぜこの村に奴らは攻めてきた?
イーリッチ村にはこれと言った特別なものもなく、得になることは少ないはずだが……。
「ああ、何を考えているのかわからない連中だ。最近はあの
「わかりかねますな。」
「ーークソッ! こんな時に一体どこへ行ってしまったんだ!! エバンッ!!」
先程から姿を見せない息子エバンに、俺はとてつもない不安を抱いていた。
「こんなに魔物が入ってきたんだ、隠れていたって今頃はもう……」
「……おい、今言ったやつ前に出てこい!!ぶん殴ってやる!!!」
「お、落ち着いてくだされベイカー様! 皆混乱しているのです!」
拳を上げて怒鳴るが、神父がそれを収めてくる。
「…ああ、悪かった。でもエバンはきっと生きているはずだ!! あいつは他の子供とは違う!!!」
「そうよ! エバンは違うわ!」
村長の娘さんのユナが俺に同意し、声を上げる。
「エバンは一番賢かった! 私に勉強を教えてくれたし、私がいじわるをしちゃったときも、ただ笑って許してくれたわ! 魔法も使えないのに、私に負けないってずっと言ってきてた! だから、きっと、きっと……!」
今にも恐怖で泣き出してしまいそうなのに、ユナはエバンが無事でいることを誰よりも信じていてくれた。
「……ありがとう、ユナちゃん」
そうだ、俺は信じている。
エバンは昔から子供らしくない雰囲気を纏っていた。俺よりも冷静だし、何事にも順調にこなしていく。
何も欲しがらず、ただ自分の夢を見続けた、純粋で、賢い少年。
あいつなら、きっとこの騒ぎにもいち早く感づいてどうすればいいのか行動できるはずなんだ。
そうさ、なんたって俺の――。
「ーーっ! なんだ?」
突如として放出された、とてつもなく邪悪な魔力をラバンは感じ取った。
襲撃に遭ってから、今までこんなに強い魔力は無かった。
俺は教会から出て、その魔力の出所を探る。
「俺たちの家の方か……?」
北の方向だ、少し坂を登った先のベイカー家。そこの真上から感じる。
「――行かなければ」
「!?、なぜだ!! 正気なのか!? あそこに行って何をするというのだ!!」
村長が俺に向かって声を荒げ言う。
「直感だが、エバンがそこにいる気がする。そして、今危ない状況にいる」
今魔力を放つということは、そこに攻撃対象がいるということ。
そこにエバンはいるかもしれない。
教会の椅子から急いで剣を持ち出し、そこに向かおう準備を済ませる。
「……行くの?」
「ああ、これからもエバンと仲良くしてやってくれ」
「う、うん! 仲良くしてあげるわ!!」
俺はユナに息子のことを頼む。こういう良い娘は今のうちに確約をとっておかなきゃな。
……俺はおそらくあの魔力を持つ者には勝てない。
戦えば、生きて帰れる保証はないだろう。
「本当に行くのか? もしそこにエバンがいなかったらどうする?」
「その時は走って逃げるさ。ついでにその辺にいないか捜索してきてやるぜ!!」
「気をつけたまえよ、君はもう若くない。それにその剣も……」
「大丈夫さ、俺はミアと約束したんだ。エバンは何があっても守る、死なせないってな」
「そうか……では無事を祈るぞ。『輝剣の鍛治師』」
「……久しぶりに呼ばれたな。ありがとうラムレイ」
俺は皆と別れを告げ、エバンがいるとされる我が家へ急ぎ足で向かった。
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