9 死闘


「あなたたちはこの人たちを殺して内臓を売る気だったんでしょ。ああ、あたしが先に殺しちゃったから怒ってんの?」

「聞いてたな。人の中に潜り込んで操る――あの巫女のいたのか。あの女もお前が操ってたのか?」

「沙綺羅は沙綺羅よ。ちょっとした契約なの」

「お前みたいな化け物、契約なんぞ守るわけねえじゃねえか」

「あは。それはある意味当たってるわ。でもね、あたしは自分で言ったことは守るの。それがあたしがあたしに課する制限のうちの一つ」

 少女の姿をしたは奇妙なほどに陽気だ。放課後に談笑する学生のようだった。転がっているミチルの生首を気にさえしなければ。

 筋が通っているようで言っていることはムチャクチャだ。人だった頃の倫理などひとかけらもない、と言ってるのと同じ。

 全員を皆殺しにする気だ。

「ちっ。火のついた爆弾抱え込んでふらふらしてんじゃねえ。こっちは大迷惑だ、能無しの巫女だな」

 そうして宝田は動けないでいるボスに目配せをする。あいつをわざと挑発するから、俺に注意が向いているうちに逃げろと。

「……あたしがどうして沙綺羅と契約したかわかる?」

「そんなもん、知るかよ」

「沙綺羅を尊敬したからよ。あんたのような屑と違ってね」

 やっぱりこいつの鍵はあの巫女だ、と宝田は確信した。

「尊敬? 何言ってやがる。あの女に惚れたんだろ、歪んでる奴はどこまでも変態だな。お前、心は読めるのか? あの女がお前みたいな奴を体に巣食わせて、嬉しがってるとでも本気で思ってるのかよ。お笑い草だな」



 



 遊びは終わり。


 数々の修羅場を踏んだ宝田でさえ、恐怖で指が震えた。

 皮膚を刺すような冷気、というより妖気が肌を抜けて心臓を締め上げる感覚だ。

 あああっと悲鳴を上げ、ボスが出口を求めて滅茶苦茶に走り出した。


「ねえ、あなた。蛇はお好き? 田舎だから、こんなものはどこにでもいるのだけれど」

 いつのまにか少女の手には蛇が握られていた。緑色で、細い胴。

 不穏なものを感じて逃げようとするが、いつの間にか黒い髪の毛の塊のようなものが絡みついていて、身動きすら取れない。

 少女の顔が頬に触れそうなほどに近づく。

「蛇はね、昔から拷問にも使われていたそうよ。彼らは暗くて湿った穴が大好きなの」

 口を無理やりこじ開けられる。

 蛇が。

「やめろ……っ あがっ……」

 蛇がずるずる、と喉の奥を犯してゆく。それ程苦痛ではないが、生理的な嫌悪感が宝田をむしばむ。

「蛇のうろこはね、地面を這うために一定方向にだけ引っ掛かるようになってる。今の状態で言うと、体内の奥に進む分にはスムーズ、だけど逆に引き抜こうとすると――」

「ん、んん」

 宝田は目をいた。

 少女は信じられない力で蛇を宝田の体内から引っこ抜いた。

「んげぇっっ」

 食道に荒いヤスリをかけたようなものだ。

 灼けつく激痛。鉄臭い匂いが鼻の奥に満ちる。

 少女は蛇から滴り落ちる血を舌で受けている。

 宝田は痙攣けいれんに近い発作で血を吐いた。

「もういいや。死んじゃえ」

 少女はぽつりと呟いた。

 その手を宝田の首に伸ばす。


 拘束が解けたとみるや、宝田は短いドスの、白木の鞘を抜き払った。

「それであたしを刺して、何とかなると思った?」

「お前は無理だろうが……あの女は……どう……かな」

 宝田は地面に横たわる沙綺羅に向って跳ねた。

 白刃が届く――と思った刹那せつな、黒い大きな手が、指だけで宝田の身長を超えるような巨大で毛むくじゃらの手が宝田を受け止めた。まるで子供が人形を掴む様に無造作に握られる。

 ――髪の毛で出来た手か。

 ゴキッ。

 身体が潰れかねないほどの力で締めあげられ、宝田の両方の肩が脱臼した。

 ドスが手から離れて地面に落ちて、乾いた金属音を立てる。

 そのままトンネルの壁に投げ飛ばされた。

 ずるり、と壁にもたれかかる格好になる。もう立ち上がる力は無かった。


 少女が――くる。落ちたドスを拾って――


「切腹ってさ。介錯の人がいないと相当に苦しいんだってね」

 宝田の左腹にドスが食い込む。

 刃が右へと動き、さらに抜かれた後に縦に切り裂く。

 おびただしい出血とともに、腸がだらしなくはみ出る。

「あんたはよくやったわよ。でもね、沙綺羅を唯一の例外として、あたしに出会ったものはすべて殺す。老若男女美醜善悪関わらず――それがもう一つのあたしに課した制限。……そうね、自分にかけたといってもいい。それに」

 少女は言葉を吐き捨てた。


「あたしもあんたが嫌い」









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