10 鏖殺

 女は闇雲に走っていた。

 普段からあまり運動などしていない。肺がきりきりと痛むが、それよりも何よりもこの闇から一刻も早く出たかった。


 何をしくじった。

 冴えないヤクザの愛人から始まって、親分に気に入られて――ー金だって身体だって奪われたし、与えた。ようやくほかの組からも一目置かれるようになって。

 こんなところで化け物に殺されるのか。


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


 前方がぼんやりと明るい。まさか――もう日が昇った?

 一縷いちるの希望が沸き上がった。

 この闇さえ抜け出せれば。

 もう少しで――


 プル、プル、プル。

 電話。あたしの携帯が鳴ってる。

 思わず発信元を確認。


 宝田。


「無事だったか、あいつはどうした」

『あいつ、ってあたしのこと?』

 ああ、駄目だった。

『彼はもう話せないから、代わりに言うわ。忘れ物してるよ』

「……何のこと」

『変装に使ったんでしょ。

 知るかボケ。

 もう少し。

 もう少しで外へ――。


 何かにつまずいた。

 こんなところに何が……。


 首の無い女の身体。

「え?」

「思い込みって怖いわ。もう何分も走って逃げたと思ってたんでしょうけど」


 ここは。


 


 嘘。


 壁に宝田と飯島の死体。腹から内臓を飛び出させて。血だまりが出来ている。

 道に首の無いミチルの死体と、腹にナイフが刺さったまま倒れているタケシの死体。

 そして立っているのは――。


 どうして、あたしはここにいるの?


「安物の杖ねえ」

 ガリガリと、杖を地面に引きずるように――いや。違う。

 使

 削られて杭のようになった杖の先があたしの目の前に。


 やめて。


 殺さないで。



「あんたを逃がすはず、ないでしょ」



 少女は二回、女の眼球を貫いた。

 あたしは絶叫した。



 ついでに首や心臓、体を刺していたら二十三回目のところで「ひっ」という小さな声がした。

 目の前の光景に腰を抜かしたようだ。

 真っ先に逃げた、運転手。

 一応様子を見に来たのだろう。

「あらあらあら。好奇心は猫を殺すというけど。あたしは猫は好き。だけどアサツキはあたしのこと嫌いなのよね。どうしたらいいと思う?」

 少女は血まみれの杖を投げ捨て、割れた窓ガラスの破片を拾い上げた。


「やめろ! 来るなぁ!」



「あなたは<あたし>に逢った」

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