2 神隠し談義
「ここ二年で、三件。年齢も性別もバラバラ、事件の前には思いつめたような様子もなく、蒸発する理由もないそうです。止まらないバスの中での消失――『大岩内トンネルの神隠し』と呼ばれています」
「たった二年で、三人? ……やっぱり多すぎる」
「変なんですか?」
「神隠しと呼ばれる現象には、いくつかのパターンがあるの。一つ目は、異次元の扉が開いてしまって迷い込むケース。本当に
「それはデータとしてあるんですか?」
「うちらの調査部が検証と統計を取ってる。後で言うけど違うパターンも混じってる――完全に排除することはできないから、ざっくりとした数字だけど」
「まったく知りませんでした」
明畠は感心したようにうなずいた。沙綺羅は興味深そうに聞いた。
「こんな仕事に回されるってことは、オカルト系に詳しいの?」
「興味はありますね。いわゆる霊感というやつも少しは」
「なるほどね。話を戻すと、異次元の扉が開くパターンは乗り物ごと消える筈で、人だけいなくなるなんてことはない」
「ちょっと待ってください。メアリー・セレスト号事件という有名な出来事が……」
「ああ……あれはね」
沙綺羅は肩をすくめた。
「あなたはどういう事件だと認識しているの?」
「どうって……乗員11人を乗せて出航したメアリー・セレスト号が、無人のまま漂流していたのが発見された事件でしょう。乗組員の朝食が温かいまま残されていたり、シチューが鍋にかけてあったりと完全な消失事件――」
「ちょっと待って」
「どうかしました?」
「それは元の報告書には書いてなかったことよ。オカルト好きのコナン・ドイルが短編小説を書いたの。その事件をもとに、マリー・セレスト(Marie Celeste)号の話としてね。それが本来のメアリー・セレスト(Mary Celeste)号と混同されてしまった」
「……そうなんですか」
「朝食うんぬんの話は明らかにドイルの脚色だわ。その事件はおそらく二つ目のパターン、あくまでも人為的な理由によるものが偶然に超常的に見えてしまったケース。たぶん救命ボートに全員が乗って、何らかの原因で本船と離れてしまったのね」
「コナン・ドイルってあのシャーロック・ホームズを書いた人ですよね?」
「ええ。でもそれと同時に心霊現象にのめりこんで、かなり作為的な写真を<本物の妖精>だと主張したりした」
「頭のいい人のはずなのに、不思議です」
「信じる、というのはかなりプリミティブな現象ということだわ」
「人為的な理由、というのは例えば……」
「蒸発や家出。人間って、ささいなきっかけで突然行動に出ることがある」
「ふうむ。神隠しの他のパターンってありますか?」
「最後に三つ目、超常的な存在が関わるケース。いわゆる妖怪のしわざのことが多い。
「あれ? 家の中に出る妖怪ってまあまあいたような」
「昔の家は隙間の多い、行き来しやすい環境だったから」
「そんなもんなんですか?」
「そんなもんなんです」
「でもそうすると――消去法でいくならば、今回の事件は二つ目ということに――でも、ありえない。運転手はずっと走っていたと証言していたし、ドアの操作もしていない。しかも一人だけじゃない。神隠しがあったときの運転手二人とも同じ証言をしています」
「ふうん」
沙綺羅はポリポリと頭をかいた。
そうしているうちに。
明畠が気づいたように顔を上げた。土地勘、というやつだろうか。
「沙綺羅さん、もうすぐ大岩内トンネルにさしかかります」
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