FARRRRRRCE! pt.2
◇
『さて! いよいよリオン・アージェント選手対、ロバート・バージェロン選手による決勝戦、その火蓋が切って落とされます!
必殺の間合いを封じられたリオン・アージェント選手と、未だその実力を見せていないロバート・バージェロン選手。果たしてどのような試合を見せてくれるのか……目が離せません!』
「あの転校生、本当に魔術使えんのか?」
「強いのは確かだろうけど……もう格闘は使えないもんな」
「おお! アージェントは無事だったんだな。またバージェロンの不戦勝で終わるのかと思ったぜ」
「つかさ、さっきまでのバージェロンの対戦相手、トイレで失神してたらしいぜ……」
決勝だというのに、会場は興奮とかそういったポジティブな熱はなく、どこか騒然としていた。
しかし、無理もないだろう。
なんせ、決勝へ進出した2人が、今の今まで一度もまともな魔術を見せていないのだから。魔術学院の伝統ある催し物としては、いかがなものかというところだ。
「ミスター・アージェント。外野がなにやら騒がしいが……そんなことはどうだっていい。君とこうして、決勝の舞台で存分に闘えることを嬉しく思うよ。良い試合にしよう」
「ハッ!! 恐縮でありますッ!」
「……どうした? 少し、いつもと様子が違う気が……」
「あぁ……いや、気にしないでくれ」
「……?」
握手を交わし、位置へと着く2人。空中へと《火閃》が上がり、いよいよ始まった。
「『
先制を打ったのはロバートだった。幾つもの小さな風の刃が、リオンめがけて飛んでいく。
威力を捨て、極力隙を少なくしたその魔術は、明らかにリオンの俊敏さを警戒してのことだ。
まずは、詠唱も短く、杖の動きも小さい風魔術などでペースを握るべし。大きな獣相手の狩猟などでも用いられる、風魔術の鉄板スタイルだ。基本に忠実というか、真面目というか……いかにもロバートらしい戦術だった。
だからこそ、これはあくまで牽制であり、リオンの出方を窺っている。誰もがそれを理解し、見守っていた矢先。
「……ふっ!」
リオンも当然避け……られない。当たった。というか、明らかに自分から当たりに行った。
「ぐわーーー!」
そんでもって、間の抜けた叫び声と一緒にぴょーんと後方へ跳んだ。
『一体……どうしたことでしょう! アージェント選手、次々に被弾! 先程までの試合とは打って変わって、動きに精彩を欠きます!』
言い淀む実況、ざわめく観客席。
「『
眉を
「ぐ、ぐわー」
リオンは棒読みの悲鳴をあげて、また自分から当たりに行って派手に倒れてみせた。
……いや、なにしてんの。
「ジルさぁ、気のせいかも知んないけど……」
「いや、気のせいじゃないと思う」
「わざとですよね?」
「わざとだね」
「なんでまたそんなことを……」
「さぁ……」
ギャルもサーヤも、不可解なリオンの行動についていけてない様子だ。だからといって、私に解説を求めないでほしい。
しかし、思い当たる節がないわけでも無い。アイツは、任務でやむなく『決闘』に参加することになったと、そう言っていた。何かそれが関係してるのだろうか……。
「さすがだな。ロバート・バージェロン」
リオンはむくりと起き上がると、ロバートを指差しながら、これまたひどい棒読みで言った。
「しかし、俺もこのまま倒されるわけにはいかない。くらえ……! 『イクリプス・フレア』!」
リオンは叫ぶと、手のひら大の青白く光る球体をロバート目掛けて投げつけた。
『さぁ! リオン・アージェント選手! ここにきて初めての魔術だ! これは……光魔術!?』
確かに、眩い光を放つそれは、一見、高等な光魔術に見えなくもないけども。
『し、しかし……余りにも遅い! 放たれた光弾はゆっくりとバージェロン選手へ接近します』
めちゃくちゃ遅かった。どれくらいかっていうと、私が投げたボールの方が速いんじゃないかと思ってしまう程度だった。
「…………」
ロバートは一瞬身構えたが、すぐにそれも解いて3歩ほど横にズレる。
リオンの魔術は、フヨフヨと弱々しい奇跡を描きながらロバートの元いた位置に着弾し、そこそこ大きな音を立てて爆発した。
「クッ……。やるな……!!」
いや……そんな『俺の全力の魔術を……!』みたいな雰囲気出されても……。
……なんなんだ…… このひっどい猿芝居は……。
確かに、リオンは"任務"だとか言っていたけど。こんなにあからさまに手を抜いてしまっては、真剣に取り組んでるロバートが、滑稽どころか不憫に思えてくる。
「だがまだだ! 『イクリプス・フレア』!」
「…………」
投げつけられるしゃぼん玉みたいな魔術を歩いて避けながら、ロバートはただただ渋い表情で黙りこくっていた。
「おい……どう考えてもおかしくないか?」
「いくら必殺の近接戦が禁止にされたからって動きが違い過ぎるよな……」
「やっぱヤラセじゃねぇか? バージェロン家なら金もあるし……」
「嘘だろ? じゃあ、ひょっとしてロバートがここまで不戦勝なのも……対戦相手を妨害したとか?」
遂には、邪推すらもはじめる観衆たち。
訝しげな態度を隠そうともしないロバートの表情から察するに、彼が故意に仕向けたヤラセとは到底思えない。それに、具体的な証拠とかはないけど……ロバートの対戦相手が次々と体調不良になったのも、きっとリオンのせいだろう。
「本気出せよ転校生!」
「卑怯だぞロバート! 正々堂々やれよ!」
「いくら渡したんだー!」
しかしまぁ、あのイケメン転校生がどれだけめちゃくちゃな奴なのか、この学院に知る人は少ない。
気が付けば、大衆が信じる憶測が真実のように振る舞い始め、ロバートに向かって幾つもの怒号が飛んだ。
浴びせられる罵声、なおも真剣な表情で小馬鹿にしてくる
「いい加減にしたまえ!! リオン・アージェント!」
遂にロバートも、我慢の限界が来てしまったようだった。そりゃね……よく耐えたほうだと思うよ、むしろ。
「……!!」
「これは一体……何のつもりかね!」
「なっ……何、とは……なんだ? 俺にはさっぱり……」
「とぼけるのはよせ。何のつもりか知らないが……こんな大舞台で手を抜かれるなど、まったく屈辱だよ……。嫌がらせか? それとも、バカにしているのか?」
「いや、そのようなことは……!」
「言わなくてもいいさ。歴代最速で決勝まで試合を制してきた男だ。君にとっては、僕もまた取るに足らない相手なのかもしれない……。しかし、それでもここは真剣勝負の場だ! 全霊をもって、互いにベストを尽くすのが礼儀ではないのか!」
「全力が、礼儀……」
「ああ、そうだとも……。無論、僕は負ける気など一切ない。だからリオン! 杖を手に! 全力で来たまえ!」
「杖を手に……全力で……。しかし、危険を伴う可能性が……」
「元より覚悟の上だ」
叱責するロバートに、困惑の色を隠せないリオン。
視線は忙しなく動き、額には汗が浮かび……あんなふうに取り乱した姿は初めて見たかも。
「……了解、した」
やがて意を決したらしく、リオンは背中に手を回して、あの銃を構えた。
銃口が杖先にみたいになった異形の得物に、観客は皆、目を見開く。
「おお! あれがアージェント先輩が杖を……て、アレってホンモノの杖だったんですか? アタシ、てっきりオモチャなのかと」
そういえば、サーヤは以前、リオンにあの銃を突きつけられてたっけ。いや、そんなことよりも……。
「そういや、リオンが自分の杖使ったとこ見たことないかも。ねぇ、ジル。
「…………」
「……どしたの? 怖い顔して」
嫌な予感がする。
リオンの表情を汲み取ってどこか清々しく、満足そうに身構えるロバート。
そして、リオンはロバートへと照準を合わせ、引鉄に指を掛けた。
発射の直前──リオンが私の方を見た──否。実際には、そんな素振りもなかったのだが……とにかく、そんな気がした。
「どうか、ご無事で」
リオンは短くそんな事を言った。直後に杖先から射出された青白く輝く光弾が唸りをあげ、全ての音を連れ去ってしまう。
その魔術を見た瞬間に、その威力を察知した教師陣が、慌てた様子で防御魔術を展開しようとしていた。
しかし、それすらも遅い。あの光は、防御したところでどうにかなる程度のものではないのだ。全てを吞まなければ、あるいは。
人が、死ぬ。
そう思ったらもう、身体は勝手に動いていた。
「『
◇
間に合った。
なんとか、ロバートの手前ギリギリのところで、リオンの光弾を打ち消すことに成功した。
ステージとか、空間とか、ちょっと余分に削り取っちゃった部分はあるものの……こんな遠く離れた位置からあの僅かな時間で、我ながらよくやったほうだと思う。こんな大技、日常じゃまず使う機会無いし。
闇魔術の得意分野、"低減"。その極地。
魔術だろうが物質だろうが闇以外のもの全て──光すらも呑み込む純粋な闇をこの世に招く、単純な魔術だ。何者にも耐え難い闇を前にした時、人は時にそれを認識することすら拒む。インチキするにはうってつけの魔術だろう。
ただ、単純が故に、"闇"の根源を理解する必要があって、ちゃんと発動するのはなかなか難しい。私の場合、闇に愛されすぎちゃってそこまで労せず、ニュアンスで会得できちゃったんだけど……。
『言語を失うほどの苛烈な魔術でしたが……バージェロン選手、見事にこれを受け切ってみせました!』
杖を構えながら、自分でも信じられないといった様子のロバート。ばれてない……よね。少なくとも、私がやったとは思われていないはずだ。
「審判員、これを」
ロバートが健在なのを確認して、ホッと一息つくと、リオンは静かに手を挙げた。
「反動で破砕しました。これ以上の魔術の行使は出来そうにない。……防がれた俺の負けです」
『なんと! アージェント選手の全力の攻撃により、ペンダントが自壊! 試合終了です! 見事にあのトンデモ魔術を防ぎ切ったバージェロン選手、優勝です!』
「今のよく凌いだな….!」
「すげぇ! あんな魔術詠唱もなしに打てる転校生もすげぇけどさ! ロバートも大したもんだぜ!」
「よくやったぞ!」
一時のブーイングから一転して、会場は拍手と称賛の嵐になった。これにて一件落着……ってことにしたかったんだけど。
「ジルさ……。今のってジルだよね?」
「ソーリス先輩……マジですか?」
皆がステージ上の主役たちに注目する中、目敏い両脇の2人は、そろって私のことを見ていた。
「いやぁ……その……。まぁ…………うん」
居心地悪く首肯する私に、彼女らが詰問の手を緩めることをしなかったのは言うまでもない。
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