This was a triumph...?




     ◇




 過程はどうであれ、結果は結果だ。


『決闘』でワンツーフィニッシュを飾った我がクラスは、閉会式が終わった後も興奮冷めやらぬといった具合で、気が付けば食堂を占拠しての打ち上げパーティーが催されていた。


 言うまでもなく、私はこの手の宴会の類に心惹かれない人種だ。労をねぎらうのなら、自室でのんびり紅茶を飲みながら、心の中でひっそりとに限る。


 明日の朝、またギャルがぶーぶー言ってくるだろう姿を想像しながら、私はこっそりと食堂を抜け出して一人、寮を目指していた。


 そうそう、決勝戦とその後について、少しだけ付け加えておこう。


 規格外の魔術を詠唱もなく放ったリオン、そしてその魔術を、これまた規格外の"なにか"でもって見事に防ぎきり優勝を果たしたロバート。


 試合の最初こそ野次に晒されていたけれど、試合が終われば、怪物じみた強さを見せつけてくれた2人に、会場は惜しみない拍手を送っていた。


 外面的には、そんな感じだ。


 闇魔術を行使した張本人が私であることを知っているのは、恐らくあの会場では隣にいたギャルとサーヤと……あとリオンくらいだろう。もしかしたら、デューイ教師とかにはバレてるかもしれないけど……そこは、人死を出さなかったという点でチャラにしていただきたい所存である。当然、ギャルとサーヤの2人にはどうにか拝み倒して、何も見なかったことにしてもらった。


 しかし、全く身に覚えのない魔術で優勝を決めたロバートの心中は如何程のものなのか。真面目で潔癖そうな彼には少し気の毒なことをしたかもしれない……。


「帰るのか?」


 校舎から正門までの長い長い道すがら。今頃ヒーローインタビューで大忙しであろうロバートのことを考えながら歩いていると、不意に後ろから声を掛けられた。


 ……振り返らずともわかるが、一応振り返ってみれば、案の定リオンがいた。


「…………そっちこそ、帰るの? いちおう、主役でしょ?」


「ああ……いや、問題ない。それならば、俺よりもバージェロンが相応しいだろう」


「あーそう。……で、なに? いつもの抹殺計画とかは、ちょっと疲れてるからさ、勘弁してほしんだけど」


「待て。今、貴様と交戦する意思は無い」


「そうなの? じゃあ……それこそ何しに?」


「それは、だな……」


「……」


「…………」


 …………なんだなんだ。


 いつもなら、誰も何も聞いちゃいないのにベラベラと話すクセに、目の前のリオンは……なんというか……。


 意中の相手へ想いを告げようとするも、相手を目の前にして気恥ずかしさで尻込みしている少年のみたいな……いや、これ以上は気色悪いので止めよう。ともかく、そんな感じだった。


 しおらしくするリオン。その異様な雰囲気に思わず身構えていると、やがてリオンは諦めたように深々とため息をつく。


「その……今日は、助かった」


 への字に曲がった口をギリギリとこじ開けるように絞り出されたのは、予想外にも感謝の言葉だった。 


「……はい?」


「バージェロンのことだ」


「あー、はいはい」


 それだけで、なんとなく意味は伝わった。


「ていうかアレ、いつも私に撃ってるのと同じやつでしょ。町ごと滅ぶとかなんとかっていう」


「出力は可能な限り落としたつもりだ。……それでも、もとより攻撃対象の抹殺を想定した魔術では、威力の調整にも限界があった」


 私の闇魔法が無かったら、死亡……とまではいかないまでも、無事では済まなかったようだった。いやまあ、そりゃそうでしょって感じだけど。こいつ、考えに考えたうえで自分からババを引いたのか…………。


「お陰で、俺はクラスメイトを負傷させずに済んだ」


「……いや、そもそもさ。そんな危なっかしいものなんで撃ったの?」


「仕方あるまい。『全力で』と命令オーダーされてしまっては、ああするよりほかなかった。でなければ、彼が納得しなかっただろう……」


「納得、ね。やっぱり、ロバートにわざと負けようとしてたんだ。それが例の『任務』てやつ?」


「あ……」


 私が聞くと、口を滑らせすぎたと自覚したのか、リオンは気不味そうに咳払いして話題を変えた。


「しかし……何故貴様は俺の手助けをする?」


「……どーゆう意味?」


「そのままの意味だ。魔力測定、試験……今日もそうだ。貴様は俺の失態の穴埋めをするように割って入ってくる。……俺は貴様の命を狙っているのだぞ? 放っておけば、恐らく俺はなんらかの処分を受けていたに違いない。その方が貴様としても都合が良いはずだ」


 苦し紛れに捻り出した話題の割に……或いはだからこそなのか。リオンの目はやたらと真剣だった。


「別に、なりゆきでしょ」


「なに?」


「私はフツーの学生なの。そんでもって、フツーの感性があったら、目の前で知り合いが死ぬかもしれないってなって、私にそれをサクッと止めるだけのチカラがあったら……そりゃ、助けようとするでしょ、フツー。……そんだけ」


「…………普通の学生に、それだけの実力があってたまるか」


 私の返答がおかしかったのだろうか。リオンは碧い瞳を見開いてパチクリさせると、やがて呆れたみたいに肩をすくめてみせた。


「おかしな奴だ……。他人の死よりもまず、自分が死の危険に晒されているというのに」


 まぁそれは……相手がリオンだし、大して危機にも考えてない……なんてセリフは内心で留めておく。


「……時々、貴様が本当にあの"魔王"なのか疑わしく思えてならない時がある」


「いや……それをリオンが言っちゃったら色々とダメでしょ」


「そんな返事をする貴様も大概だがな」


 そう言って、リオンは少しだけいつもの仏頂面を綻ばせるのだった。



     ●



 手を抜かれていたのか、それともなにか他の要因があったのか。


 自らその渦中にいたにもかかわらず、憶測すらも困難であった。


 リオン・アージェントが発動した魔術が、眼前に迫り……そのすべてが掻き消えるまでの、ほんの一瞬。否、どうやら一瞬ではなかったらしい。その間10秒ほどの記憶が、ロバートにはまるで思い出せなかったのだ。


 まさか、己の秘めたる力が……なんて出鱈目なことがあり得ないということを、ロバートは重々自認していた。確かに自分は、軍閥の名家の出身で、魔力の扱いは同年代ではトップクラスだが……それだけだ。彼──リオン・アージェントは……まるで、格が違った。


「ロバート、おめでとう!」


「ああ……ありがとう」


 さりとて、今は宴もたけなわ。祭り上げられている当の本人たる自分がむすっとしていては、せっかくのお祭りさわぎも台無しだ。この手の祝宴に不慣れとはいえ、ロバートはそれにわざわざ自分から水を差すような真似はしない。


 だから彼は、酒精の匂いもさせずに乱痴気騒ぎを続ける級友たちを後目に、独り、己の中でのみあの試合を振り返る。


 リオンは、一言でいえば……"プロ"だ。それも、おそらく……人殺しの。


 彼が決勝に至るまでに見せた動きのその全ては、冷酷なまでに洗練されていた。そして、恐ろしいことに……まるで、音を伴っていなかった。


 魔術を用いた形跡はなかった。いや、認識阻害の魔術を並行展開していたのか、はたまた純粋な"技術"なのか……そしてそもそも、暗殺術サイレント・キリングを表立って使用した理由はなんなのか……考えれば考えるほど、リオンの行動の意図、実力の底が見えなくなっていく。


 極めつけは、決勝のアレだ。こちらをバカにするまでに手を抜いていたかと思えば、殺気もなく殺意に塗れた一撃を放ち……そしてそれは、消失した。わけがわからない。


 彼自身による作為にしろ、外部からの干渉にしろ、ロバートは、結果を見たリオンの瞳の奥に、なにかに納得しているような色を感じた。


 つまり、未だその"時"ではなかったという、それだけなのだ。自分は今、生きているのではない。何者かに……生かされている。


 ロバートは完全に理解した。リオンの行動は意図も理由も目的も不明だが、どうやら自分には、公衆の面前で殺されかねないほどの"何か"があるらしい。


 自分とて、武家の生まれだ。見ず知らずのうちにどこかで恨みを買っていても、なにもおかしくはない……彼自身でなくとも、兄か、父か、祖父か。それとも、"軍"そのものか。


 国を、ひいては民を護るべく、王の矛とならんとして自己研鑽を重ねていたロバートは、深くその威儀を調えた。


 明日を死ぬ覚悟で生きよ、というのは、こういう意味だったのですね、父上……。



     〇



 監視記録126日目


 ガスト魔術学院魔術競技大会において大規模な闇魔法を観測する。


 ジュリア第4王女によるものと思われるが、詠唱や儀礼的所作が大幅に省略されていた為、名称や分類は不明。


 指定した座標に半径10メートル程度の黒い球体を出現させる。5秒ほど停滞した後、微弱な回転を伴い消失。その間、球体に接触したものを全て消失させた。なお、人体に影響があるかは不明。


 個人が扱う魔術の範囲を著しく逸脱している。闇の力は、月日を追うごとに増大していると考えられる。早急に対応を検討すべき。危険度の引き上げを判断。


 また、ジュリア第4王女と接触の多いリオン・アージェントについて追記する。


 アーガルス王国からの転校生と自称しているが、渡航記録は無く、経歴に疑義あり。


 未確認の魔道具マジック・アイテムを常備しており、戦闘技術及び魔力は民間人を大幅に上回る。


 度々、ジュリア第4王女を監視している、という旨の発言をしているが、両者の関係性は不明瞭。細心の注意を以て経過の観察にあたる。


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