FARRRRRRCE! pt.1



     ◇

 

 

 リオンと3年生の……えーっと、名前は……なんだっけか……。まぁいいや、ともかく2人が定位置に着き、審判レフェリーたる教師が頭上に試合開始の《火閃》を打ち上げる。

 

『さぁ! いよいよ試合開始であります。話題沸騰中の転校生、リオン・アージェント選手と、対するは昨年準優勝の実力者、アラン・フォーサイス選手! 両者それぞれどのような魔術を見せてくれるのでしょうか!』

 

 会場が揺れるほどの歓声。すぐにその興奮は、目の前の珍事にどよめきへと変わった。

 

『こ……これは、どういうことでしょう……! アージェント選手、一向に杖を構える素振りを見せません!』

 

 杖を向けて臨戦態勢に入る3年生に対して、リオンはただ棒立ちしているだけだった。

 

 動こうとしないリオンに痺れを切らし、やがて3年生が口を開く。

 

「おいおい転校生、なんのジョークだそれは?」

 

「……? すまない、質問の意図が掴めないのだが……?」

 

「杖を構えろよ。始められないだろ」

 

「何を言っている……既に試合は開始されているぞ。其方も、だからこそ杖を抜いたのではないのか?」

 

「……じゃあなにか? 杖なしで俺とろうってか?」

 

肯定イエス、だ」

 

「……ッ!!」

 

『おーッとこれは! なんということでしょう! アージェント選手、杖を使わないと宣言ッ! これは挑発か、それとも何か狙いがあるのかーッ!』

 

 大胆不敵なリオンの発言に、再び場内は盛り上がりを見せた。

 

 しかし、一般的には魔術を扱う上で杖を敢えて使わない理由は特にない。それに……素手って……事前にあれだけやってた準備はなんだったのか……?

 

「おお~……アージェント先輩も、エンタメかましてきますねぇ……!」

 

「そんなタイプでもないと思うけど……」

 

 リオン本人の表情はいたって真剣そのものだった。アイツのことだし、きっと本当の本当に、相手を煽ろうなんて意図はカケラもないに違いない。太陽は東から昇り、遍く人の子はやがて死ぬ。そういう普遍の事柄と同様に、目の前のフォー……フォーなんとか先輩に杖を向ける必要はないと判断しているのだ。 


 だけど、お相手の3年生がリオンの性格なんて知っているはずもない。……彼の目には、チヤホヤされるいけ好かないイケメンの新参者が、調子に乗って舐めてかかってきている……そういうふうに見えるんだろう。そりゃ頭にも来る。

 

「大口叩いといて後悔するなよ……!! 『炮烙を抱きブルラント・フェ──ぶふぁッ……!!」

 

 怒りを静かに燃やす3年生の渾身の詠唱は、虚しく遮られてしまった。リオンの────拳によって。

                         

『は……速い……!! 速過ぎるッ!! アージェント選手、詠唱をしているフォーサイス選手へ稲妻の如きスピードで肉薄! そのまま電光石火の一撃を叩き込んだぁッ!! まさかまさかの肉弾戦だ!!』

 

 リオンの左拳は、フォ……もういいや。名も知らぬ3年生の脇腹を捉えていた。

 

 遠目から見ると、ちょこっと叩いただけにしか見えなかったけど……殴られた当の本人である3年生は、身体を折り曲げ倒れこむと、苦悶に表情を歪ませながら、小さくうずくまってしまった。


『た……倒れたぞ! フォーサイス選手、脇腹を抑えて悶絶している!』


「え? なになに? ジルっ、今の、なに!?」

 

「……私に訊くかね」


「だってジル、カレの専門家みたいなとこあるじゃん?」


「カレ言うなし。……でも、パンチじゃないの? 普通に」

 

「いや、あれはただのパンチではない……!!」


 何かと思えば隣のサーヤが震えていた。どしたのいきなり……。


「あれは……《肝臓打ちリバーブロー》……!」

 

「り、りば……なに?」

 

「人体の急所である肝臓周辺を狙った打撃です。まともに喰らえば、一時的な呼吸困難に陥って身動きがとれなくなります……。加えてあの速度、最短軌道といっても差し支えないほどのコンパクトかつ正確無比なスウィング……! アレは見た目以上の威力ですよ! 打撃に疎い素人相手であればなおさら……」

 

「おお! なんか凄いじゃん!」

 

「……あのさ。これって魔術の決闘だよね……? ぶん殴ってK.O.勝ちってありなの?」

 

 色々言いたいことはあるが……まずさ、首から下げた護符の意味なくない?

 

「……まぁ……盛り上がってるしオッケーなんじゃない?」

 

「いずれにせよ、フォーサイス先輩はもう茫然自失でしょう……戦う気力なんて残されていないに違いありません。あ……でも、なんか先生がた、集まってますね」


 倒れたまま微動だにしない3年生の周りに先生が集まり、何やら緊急会議が始まった。


 一回戦早々、異様な空気に包まれる会場。


 やがて教師陣は頷き合うと、ガマガエルみたいな顔したおじいちゃん先生が実況席まで行ってマイクを取る。


『えー……審判を務めております、エンツォ・ティモリーです。只今の試合ですが、アラン・フォーサイスは再起不能、試合継続ができない状況にあると判断されました。要は、リオン・アージェントの勝利ですナ』

 

 教師のジャッジに、静まりかえっていた会場が一気に盛り上がる。

 

「す……すげぇ! 一瞬であのフォーサイスを倒しちまったぞ!」

「あんな速さで近づかれたら魔術使えねぇよ!」

「こりゃ優勝は転校生で決まりだな!」


『静粛に! えー……まだ、続きがありまて。本来、この『決闘』は、"拳に代えて魔術を用いた格闘技"っちゅう名目で行っているワケです。ま、これは言うまでもないとは思いますがネ、つまり、趣旨としては魔術比べなんですナ。

 従って、今回は特別に認めますが……次回以降、安全面と『決闘』の趣旨の観点からですね、人体による直接的な打撃は全面的に禁止とします。良いですナ。ミスター・アージェント』


 そりゃそうだ。あんな魔術もへったくれもないことパワープレーで怪我人ポンポン出されたら、監督者としてもやってられないだろう。


 しかし、ショーとして観る分には度肝を抜く展開だっただけに、会場からは多少なりともブーイングがあがる。


「了解しました」


 しかし、当の本人は眉一つ動かさずに、教師の指示に頷くと、


「では、少し用事があるので、失礼します」


 足早にステージから去っていくリオンは、心なしか何か急いでいるようにも見えた。


 

     ◇



 リオンの後に控えているのは、ロバートの第1試合だった。


 なんでも、バージェロン家とローゼンタール家の名門対決……だとかなんだとか……サーヤが鼻息荒く解説していたのだが……。


『あー……審判のエンツォ・ティモリーです。今回、第2試合に出場予定でしたスティーブン・ローゼンタールは体調不良のため出場不可と判断されました。えー……よって、この試合はロバート・バージェロンの不戦勝とします。以上』


 そういうことであった。


 ステージで気合十分とばかりにオールバックを掻き上げていたロバートにとってはなんとも拍子抜けな結果に終わってしまった。


 観客からポロポロと残念がる言葉が漏れるあたり、このカードを楽しみにしていた人たちも結構居たらしい。


「今、最高にアタシに風が吹いてますよ! この調子で2回戦も不戦勝でいきましょう!」


 そんな中、両手をあげて喜ぶサーヤに、周囲は冷たい視線を注ぐのだった。



     ◇



 8人4組の第1回戦が終わり、次は準決勝。


 リオンの準決勝の相手は、がっしりとした体格の、スポーツマンっぽい暑苦しい男であった。


 しかし、彼もまた、試合開始から10秒と待たず、リオンの被害者となる。


『あーっと! アージェント選手またしても相性の隙を逃さず急接近! しかし打撃は使えな……これは……!!』


 『打撃は禁止』の言葉をしっかり守って、今度のリオンはハダカ絞めチョークスリーパーで相手を絞め落としたのだ。


 ……詠唱さえも許さない、圧巻の実力……! ……みんなはいいのか、それで。


「あのね……ミスター・アージェント。さきほどは、なんて伝えたか覚えていますかナ?」


「『打撃は禁止』である……と」


「いや、その……嗚呼、もういいです。気絶してしまっているようですし……。次からは肉体を使ってでの直接的な攻撃は控えるように。いいですね?」


「……了解しました。では、急いでおりますので、失礼」


 おじいちゃん先生に呆れられてもどこ吹く風なリオンは、またペコリと一礼すると、何かに追われるようにすぐにステージをさるのだった。



     ◇



 ……そして、ロバートの準決勝はというと……。


『エェー……審判のエンツォ・ティモリーです。第4試合に出場予定でした、フランク・バーンズは、原因不明の体調不良のため出場不可と判断されました。えー……よって、この試合もですね……ロバート・バージェロンの不戦勝とします。以上』

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