Place your bets.
◇
当然の帰結とはいえ、私たちは初戦敗退となった。
大会で『
なんというか、どんな事柄にも真剣に取り組んでいる人ってのはいるんだなあ。
そんな、日々牙を磨き爪を研いでいた彼女らにしてみれば、のほほんと現れた私たちは、
ともあれ、初戦で惨敗した私たちには、最早なにもやるべきことはなかった。
即席チームも解散になったし、このままこっそり寮に帰って、シャワーを浴びて、泥だらけの体操着を洗って、そしたらお茶でも飲もうかなー……なんて考えながら、重い体を引きずっていたのだが。
「えー!? ジル、もしかして『決闘』観に行かないの?」
こっそりと学院を抜け出そうとしているところを、ギャルに捕まってしまった。
「まあ……うん」
「マジで!? なんで!?」
「なんでって……別に、興味ないし」
「ほんとにー?
たしかに、リオンが参加するという時点で、かなり不安ではある。なんか任務とか言ってたし……なにより、手加減とか超下手そうだし……。
そういう意味では、興味ないというのは嘘だ。興味というより心配だが。
しかし待ってほしい。今回ばかりは、観客でしかない私に、できることなんてあるのだろうか。
あるとするならば、せいぜい、死人が出ないことを願う程度である。そして、人間祈るだけならどこでだってできるのだ。……そう、たとえば、自室のベッドの上でだって。
「いいかい、今の私は他人の応援をしている場合じゃないのだよ。一刻も早く、自身の回復に努めなければ…………だから持ち上げるなってば!」
「こうでもしないとマジで帰るでしょ。ホラ、もう開会式始まっちゃうし、行くよ」
「分かった、分かったから! 着替えくらいさせてよ!」
そういうことで、不承不承ながら、私は『決闘』の観戦をすることになったのである。
◇
ガスト魔術学院の敷地のはずれには、古びた石造りの闘技場がある。軍学校だった時の名残というにはあまりにも前時代的すぎるそれは、廃墟一歩手前の建造物であり、めったなことでもなければ誰も寄りつこうとさえしない。
そして今日は、その"めったなこと"がある日だった。『決闘』の会場となった闘技場は数多の学生達でひしめき合い、ほんとうにあったかもわからない現役時代の彩りを垣間見せていた。
ゆっくりとシャワーを浴びていたせいで、開会式の途中で入ることになったのだが、それでもそれなりの席が確保できたのは僥倖といえよう。
「うわー……みんな好きだねえ、
「そりゃ、今日のメインだよ? 今年は参加人数8人で例年よりも多めなんだって。ウチのクラスも全員観に来てるっぽいし」
「マジか」
「マジマジ。ほら、あっこらへん」
「ん〜……。んん? ……あー、あーね?」
「……いや、絶対わかってないでしょその反応。……そっか、ジル、人の顔とか基本覚えないもんね……」
「普通にさ、遠くて見えないんだよ」
「……そういやジル、メガネとかしないよね」
「メガネはなあ……重いからなあ……」
「え、そのレベルでひ弱なの!?」
ギャルと私のくだらない掛け合いを掻き消すように、場内アナウンスが会場に響き渡る。
『それではただいまより、第一試合を始めます! 2年生リオン・アージェント選手と3年生アラン・フォーサイス選手は、各々前へ!』
「りりりりりり、リオン様ー!」
「こっち見てー!」
「頑張ってー! 顔にだけは怪我しないでねー!」
「勝てよ転校生! お前に今月の仕送り全額のせたんだ!」
袖口から中央へと現れる両者。そして広がる、オーディエンスの黄色い歓声と拍手、そして一部下世話で切実な叫び……。しかしそのどれもが、明らかにリオンへのものであった。
『これは凄い! 今回の注目株! リオン・アージェント選手への声援で会場全体が染め上げられております!』
会場を席巻する、リオン・リオン・リオンの嵐。いやもう、ホントに、己の目と耳を疑ってしまう。
当の本人はチラッと観客席の方に視線を向けるだけで、特にリアクションをするでもなく、相変わらずムスッとした表情で目の前の相手を見据えるばかりだった。
しかし、そんな素っ気ない反応にまた歓喜の悲鳴をあげる女生徒が多数続出……。
「……なんですか、これ」
「見てよジル、あの子とかリオンの名前入った旗振ってるんだけど!」
「いや、そーゆー問題じゃあなくてね。……なに? リオンってこんなに……なんというか……その、人気者なの?」
「そりゃまあ、イケメンだし……逆にさ、嫌われる要素なくない?」
「いやー、いやいやいや」
引くわ、普通に。
「だって……ほら、リオンだよ?」
「何を仰いますか! 異国からの転入生! どこかミステリアスで近寄り難いオーラ! クールな言動! 魔力測定で垣間見せた圧巻の実力! しかしその実、一途に1人の女性を愛す真摯さ! そして何よりも、イケメン!! これだけ属性盛り盛りなんですから、そりゃ人気もありましょうや」
「っ! びっくりしたぁ……えっ?」
突然隣の席の人が息巻いて語り始めるものだから、腰が浮きかけた。……よく見たら知った顔である。
無造作に伸びた銀髪と、口端から覗く八重歯……。サーヤ・オルドヴィルである。
「……ヌルッと入ってこないでよ。心臓に悪い……」
「いやぁ〜、アハハ。どうにも、ソーリス先輩を見るとつい、気配を消したくなってしまいまして」
「……なんか後ろめたいことでもあるの? 私に?」
「えぇっ!? いやー、あはは……」
誤魔化すように笑うサーヤを見て思い出したが、そういえばこの子、ちょっと前まで私のこと付けまわしてたんだっけ……。そこまできたらもう、後ろめたいどころの話じゃないか。
「なになに!? ジルに仲いい後輩なんていたの?」
「あー……うん。えっとねーー……」
サーヤに興味津々なギャルに彼女を紹介してやっていると、闘技場のステージではリオンと相手の3年生が中央まで足を進めていた。
審判担当のヒキガエルに似た教師がルール説明をしながら、2人にペンダントらしきものを手渡し、2人はそれを静かに首から下げる。
「あれは?」
「エステル・レンジャー先生の作った護符だそうです。あのペンダントをつけていれば、ある程度の魔術は防いでくれるそうで、まぁ……お互いが魔術を撃ち合って、アレが壊れた方が負け、というのが大方の流れだと思えばオッケーかと」
「なるほどね」
魔術を行使する際の
加えてあのペンダント、術者が過剰に魔術を行使して脳に負担が掛かった場合も自壊するそうな……。これなら、オーバーワークで学生に危険が及ぶことも未然に防げる。なるほど……デューイ教師が死にはしないと言い切るだけのことはある。そこらへんの安全対策は抜かり無いようだ。
『さぁ! 大瀑布の如き歓声の中、両者が健闘を誓い合うように固く握手を交わします!』
いよいよ試合が始まるとなると、再びのリオンコールが闘技場を駆け巡った。
「なんか、あの3年生も可哀想だね。超アウェーていうか……」
さすがのギャルもこれには引いていたようで、同情するようにそんなことを呟いた。
「……まあ、リオンの相手させられる時点で大概かわいそうだと思うけど」
「仕方がないですよ」
私達の素朴な感想に対して、すかさずサーヤが口を開く。
「イケメンかどうかはさておくとしても、アージェント先輩の魔力測定の噂が真実なら、今回の参加者……というか学院内でも別格の域ですからね。フォーサイス先輩も文武両道、昨年は準優勝の実力者ですので……先輩の意地を見せて頑張って欲しいところですね」
普段のやたらニコニコとした……悪く表現すると、ちょっと軽薄で怪しげな彼女の雰囲気からは一転して、今日のサーヤは理知的とすら錯覚するほどに饒舌だった。
「おお……サーヤちゃん。めっちゃ詳しいじゃん」
素直に感心するギャルに気分を良くしたのか、サーヤはふんすと鼻息荒く答える。
「それはもう! 情報は可能な限り集めましたよ! 私は2番人気のロバート・バージェロン先輩の
「へ、へぇ〜。そーなんだ……」
ギャルが何かを察したように、私へ視線を送ってくる。私はただ、何も言わずに静かに首を振った。
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