Dodge to survive!
◇
魔術競技大会、当日。
雲一つない晴天である。雨天で中止になるようなヤワなイベントではないんだけど、それでもほんのちょっぴりそんな展開を期待してしまったのは否定できない。
「……決めたぞ。私は生涯を賭して、天候を支配する魔術を創り出す。そうして、野外イベントのことごとくに大嵐をぶつけ、全ては風と共に去り、牛たちは宙を舞うのだ……」
「ジル、それ去年も言ってたよね……っと」
人類の叡智がまだ遠く及ばない、天高く昇る太陽を恨めしく睨む私の脇に手を入れ、ひょいと持ち上げてきやがったのはギャルだ。
「ッ! や、やめろよう! 変態かと思ったじゃんか、この変態!」
「こんなとこでボケっと突っ立ってちゃだめってば。もう始まっちゃうよ?」
「い、いま動こうとしてたし。ただ……ね? 心の準備というか……まだストレッチも終わってないし……」
「まあまあ、だいじょーぶだって! 運動神経いい子たちはほかの競技選んでるだろうし、なんだかんだ楽しめるんじゃない?」
私が参加予定の『ボール当てっこゲーム』なる種目は4人で1チームを組む必要があった。そこで、どうにかギャルにお願いして一緒に参加してもらっているのである。
そういう事情がある手前、あまり強く言えないが……やはり陽キャには、陰キャの気持ちなどわかりっこないのだ。きっとギャルは、日光それ自体を恨めしく思ったことなど、一度たりとも無いに違いない。
「ああ、こんなとこにいたのね。もう
「わたくしたちも、急いだ方がよろしいかと……あら! あらあら!」
無駄に力のあるギャルにがっしりとホールドされ、為す術なくされるがままにしていると、残る2人のチームメイト……シャロンと
「まぁ……お人形さんみたい……! この、はんぺん……じゃなくて、……えっと……そう! 白磁ね! 白磁のような肌……!」
「こら。やめなさい。頬をつっつくな……」
「でも、確かにそんな感じよね。ブスッとしてるのが如何にもっていうか……。結構いい値で売れそう」
「好き勝手言ってくれるじゃあないの、ええ?」
「シャロンも持ってみる? 軽いよ」
「え? いいの? やるやる」
「あゝ、わたくしも是非……」
「あーもう、はなせったら、もう!」
チームメイトに好き勝手おもちゃにされ、集合場所に着いた頃には、私はすっかりヘロヘロになっていた。
……まあいい。ここまでたどり着いたらもう、9割がた今日やるべきことは終わったと見ていいだろう。適当に負けて、後はゆっくり休んで一日を過ごそう……。
◇
『ボール当てっこゲーム』とは、なにか。私も今知ったところだ。
2つのチームはまず、それぞれ攻撃側と守備側にわかれる。攻撃側は白線で囲った円形のエリア内にいる相手チームにボールをぶつけ、守備側はボールを当てられないよう頑張る。制限時間内に全滅させられれば攻撃側の勝利、時間までに仕留めきれなければ攻守を交代……決着がつくまでこれを繰り返す。
実にシンプルかつテキトーなルールだ。孤児院時代にガキんちょに無理矢理付き合わされてた遊びの延長線とでも言おうか。
まあ、覚えるべきことは少なければ少ないほど、私みたいなモチベーションの低い人間にとってはありがたい。外野の応援も特になければ、参加チームも我が2年F組を含め4チーム、そのどれもが見事に覇気のない陰キャの集い…… 。スポーティな見た目のギャルとシャロンが逆にかなり浮いている。
うむ。これはなかなか、安心できる感じじゃあないか。私はひとり胸を撫で下ろしていた。
「それでは攻撃2-A、守備2-F。試合を始めてください」
そうして、世にも不毛な陰キャ対決が始まる……わけもなく。
「ッシャア!」
「シマってこう!」
「散開せよ! 散開せよ! アンギュラ2-4ッ!!」
瞬く間に2-Aの陰キャの皆さんは修羅と化した。……いや、2-4ってなにさ。この
「センパーァ……ファイッ!!!!」
およそ怒号にも等しい気合とともに放たれたボールは、異常なまでの回転を加えられ、ひしゃげた楕円に歪む。キィキィと空気を削るような音が聞こえるほどにスナップが効いたそれは、呆気に取られる私達の隙間を弾丸の如く通過していった。
「なんか、すっごい音鳴ってたんだけど!?」
「ノビのある投球ね。……あれ、ジルとお嬢、顔青いよ?」
お嬢と目が合う。たぶん、さらっと
「
「
そこには、絶望を分かち合うべき刹那すら無かった。
「お嬢、後ろ!」
華麗な切り返し。一見力任せに投げられた豪速球は、その実、反対側のチームメイトへのパスだったのだ。
殺意のこもった凶弾が、初撃で分断されたお嬢へと向けられる。
「ひいっ……!」
お嬢は不器用に身をくねらせ、なんとか難を逃れる。しかし、次の瞬間には、
「『
「『
攻撃陣の魔術が猛威を振るった。
お嬢の足元が泥泥と溶け、ボールは風を受けて軌道を急激に変える。
それぞれ、土魔法と風魔法の単純な魔術だが……なにも、魔術としての難易度と実際の効果は比例関係にあるわけではない。どちらも、この状況で、お嬢を仕留めるにはこの上なく効果的だ。
ありえないほど鋭角な軌道を描く
悪魔だ……。そうじゃなかったら、こんなむごいこと、しない。
「おぶぉっ!?」
お嬢様の口から出たとは思えない野太い声が漏れる。
そして、そのまま彼女は膝から崩れ落ち、歯と歯の間からひゅうひゅうと息を漏らしながら泥へとその身を沈めていった。
「お嬢っ!」
「大丈夫!? しっかり……!」
「ソーリスさん……。…………生きて……」
ずぶずぶと半身まで泥に浸かったお嬢が、私を見てか細く微笑む。
……いや、いやいや。なんだ、これは。
私はもっとこう、やまなりのボールが飛び交う、ほんわか和気あいあいとしたレクリエーションを期待していたのに。
……これが、戦場。これが、実戦なのか。お嬢の死を以って今更ながら思い知った時にはもう遅かった。
「ジル! 危ない!」
ギャルの声に我に帰る。
「……え?」
なにかが、眼前に迫っていた。
白い、砲弾だ。……ボールとも言う。
「あばっ!」
顔面へのとんでもない衝撃。勢いを受け止めきれず、頭がもっていかれる。
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