All nighter's blues pt.2



     ◇



 翌日の放課後、デューイ教師がわざわざ空けておいてくれてた、研究棟の一室。


「貴様……一体、どういう風の吹き回しだ……?」


 隣に座るリオンは、警戒心剥き出しで私をジロジロと見回していた。


 勉強をみてあげる、と言ってからずっとこの調子だ。


 一度断った手前、疑われるのも仕方ないところではあるが、なんだか釈然としない。


「別に……最初はほんとに放っておくつもりだったんだけど……。昨日、デューイ教師から直々にお願いされちゃったからさ」


「なに? 先生が?」


「そーだよ。結構リオンのこと気にかけてるみたい」


 私がデューイ教師の名前を出したら、リオンの強張った肩から力が抜けたのが見て取れた。女子寮の一件以来、リオンはすっかりデューイ教師に懐いているみたいだ。


「そうか……。"魔王"に教えを乞うなど、本来なら願い下げだが……。デューイ先生の指示ならば仕方あるまい」


「あくまで『お願い』だからね? リオンがいやなら、私はすぐにでも帰るけど」


「言葉の綾だ。気にするな」


 リオンは私の嫌味を平然と流すと、カバンから勉強道具を抜き出して机に並べ始める。


「時間は余り残されていない。早く始めよう」


 そしてこのキメ顔である。


「……はいはい」


 なんで教わる側がそんなに偉そうなんだ……。いちいち言うほどじゃないかって思うくらいには慣れたけど。


「それじゃ、さっそくだけど。これ、解いてみて」


 もう既に、何をやるかは私の中で決まっていた。カバンから用意してあった問題を出して、リオンの前に置く。


「これは、なんだ?」


「予想問題集」


「予想だと……?」


「リオンには、今からこの予想問題だけをかんっぺきに解けるようにしてもらうから」


「いや、待て。その……それはつまり、最初から山を張るということか」


「……そーともいう」


 私の言葉に、リオンは額に手を当てて首を振るう。


「何か言いたげじゃあないか。リオン・アージェントくん。えぇ?」


「そうした運に身を託さないために、今こうして勉強するのではないのか?」


「あのね。時間無いってのはわかってるんでしょ? あと6日で試験範囲の教科書読めるようにして、内容を理解して、書けるようになるのは、まあ……無理じゃない?」


「……一理ある」


 中間試験の科目は全部で7つ。しかも、その殆どが論述形式の問題だ。


 今更、その場で回答を考えて書き切るだけの能力をリオンに身に着けさせるのは難しい。ならば、私の考えた模範回答をそのまま暗記してもらうよりほかない。


 デューイ教師の意味する『勉強を教える』とはかけ離れてるんだろうけど、リオンが赤点だらけになるよりかはマシだろう。


「だから、あなたは頭空っぽにして問題と模範回答をひたすら暗記。読めなかったり解らないところがあったら、後で私が口頭で教える。おーけー?」


「作戦は理解した。……だが、その前にふたつ、聞いてもいいか?」


「なにさ」


「これは……貴様が作ったのか?」


「そーだけど……」


「……そうか」


 あら……?


 信用できないとか言い出すのかなーと思っていたんだけど……。思いのほか、リオンは静かに頷くだけだった。


「それで? もひとつは?」


「ああ……」


 リオンはぶっきらぼうに返事をしながら、部屋の隅を指さした。


「あそこに潜んでいるのは、監視役か何かか?」


「……は?」


 ……リオンの指の先を見ても、誰もいない。


「え、なに? おばけ?」


 彼は、そういう手合の者が見えちゃったりするタイプの人種なんだろうか。


 幽霊はたまた妖怪変化の存在を特に信じちゃいない私でも、真剣な顔でこんなことされると、ちょっと居るんじゃないかって気にもなる。


「貴様……。だが、どうやら誤魔化しているワケでもなさそうだな……」


 私のリアクションが期待外れだったのか、リオンは少しつまらなさそうに鼻を鳴らすと席を立って隅の方へと歩き始めた。


 そして、リオンは部屋の隅にある、木製の掃除用具棚の前で足を止めた。……魔杖もとい魔銃と、ナイフをその手にしながら……。


「……固着されている。……土魔術か」


 どうやら、棚の取っ手を引いても開かないらしい。


「そこに居るのは分かっている。武器を捨て、大人しく投降しろ!」


 リオンは一歩引いて、棚に向かって大きな声でなにやら警告し始めた。


 どうやら、おばけじゃなくて、その中に誰か人がいるみたいだ。まさか、リオンみたいな変態じゃあるまいし……。


「警告はした。俺が10数える間に出てこなければ、攻撃する……!」


 掃除用具棚に向かって銃を構え、テンカウントし始めるリオンは、まごうことなく近寄りがたい変態だった。


 戦場で鍛えられた勘とやらでも働いているのだろうか。というか、仮に隠れてたとして、そんな所で何してんのって話……まさか、リオンみたいな変態が何人もいるわけもなし……。


「──7、8……」


「ちょっと! 本気で撃つ気じゃないよね?」


 学校の設備を壊したなんてバレたら、それこそ試験勉強どころではない。近くに居た私まで不良扱いされるかもしれない。


「9……!」


 いい加減に止めてやらなくちゃ。


 私が重い腰を上げたその瞬間だった。


 ──バンッ!


 勢いよく掃除用具棚の戸が開け放たれて、人影らしき何かがリオンの脇を掻い潜って逃げだした。


 ええ……マジだったの……。


のがさん!」


 間髪開けずに、リオンが魔銃から魔術を放つ。


 淡白く発光する紐状の魔術は、逃げる人影の足元に絡みついて……。


「ふぎゃ!」


 両足を縛られた人影がつんのめって、間抜けな悲鳴と共に顔面から転ぶ。


 見る限り、学院ウチの女生徒だった。


「何者だ!」


 リオンはすかさず女生徒の腕を捻り上げて組み伏せる。


「あいだだだだだ! いだいです! 折れる! ギブ! ぎぶぎぶ、ギブアーップ!!」


 身体を反って喚くその女生徒は、ボサっとした銀色の髪と、少し吊り上がった目が特徴的な……なんだか猫みたいな印象の女の子だった。


「質問に答えろ」


「ひえぇ……」


 リオンの眼には、彼女がスパイか何かにしか映ってないのだろう。容赦のない冷徹な声色とともに、こめかみに銃口を押し当てる。


「その……えーっと……ガスト魔術学院のしがない1年生でございます……」


「なぜ隠れていた」


「それはー……そのぉ……気分? 狭いところが好きな性分で……」


「……面白い冗談だ。笑いに手元が狂って発砲するところだったぞ」


「あー! いや、今のなしです! えー……と。うーん……そう! そうだった! 私、ファンなのですよ、ファン! アージェント先輩の、大フアン!」


「……貴様、いい加減に」


「まぁまぁ。そのくらいにしときなよ」


 怪しいことには怪しいけど、同じ学院の、しかも女生徒にやることではない。


 赤の他人が見たらリオンの行動は暴漢のそれで、『コソコソ隠れていたからその場で尋問した』なんて言って納得する人間は、残念ながら現代にはいないのである。


「いや、しかしだな……」


「そんなふうに責め立てるより、学生証でも確認した方が早いでしょ?」


 尋問しようとするリオンを止めにかかると、その女生徒は、ぎゅるんと勢いよく首を回して私と目を合わせた。


「さっすがはソーリス先輩! 賢い! そうですよ、そうしましょう! いくらでも見せますよ」


「……あなた、なんで私の名前知ってるの?」


「……あ。えーっと……。アハハ……」


「…………」


 ちょっとだけ。本当にちょっとだけ。


 このままリオンに尋問・・してもらおうかな、なんて考えが脳裏をよぎった。

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