Intruder v.s. Stalker



     ◇



 サーヤ・オルドヴィル。胡乱げに視線をさまよわせ続ける女生徒はそう名乗った。


「それで? あんなところで何してたの?」


 名刺のように差し出された学生証をなんとなく眺め、隣のリオンに手渡してから、対面に座らせた彼女へと改めて聞いてみる。


「いやぁ~、実はですね……」


 私の質問に、サーヤはへらへらと愛想笑いを浮かべながら、わざとらしく後頭部を掻いてみせた。


 ちなみに、リオンは『偽装があるかもしれない』と彼女の学生証に光を当てたり、模様を自分のと比べたりと、やたらと張り切っている。なんだか、新しいオモチャを与えられた仔犬みたいだ。


「お2人への取材をしたいなー、なんて……」


「しゅざい?」


「はいー! アタシ、こう見えて、報道倶楽部に所属してまして……。あ! 報道っていっても、学内新聞を発行するとかそんな感じなんですけど」


「学内新聞? そんなのあったっけ?」


「いえいえ、倶楽部自体、先月アタシが立ち上げたばっかなんで、まだなーんにもしてないッス」


「え? あぁ……そうなんだ……。えーっと……そしたら、その栄えある第一号に、私達の記事を……てこと?」


「さっすがソーリス先輩! 話が早い!」


 サーヤはそう言って柏手を打つと、そのまま手をスリスリとすり合わせた。


「……」


 なんだろう……このサーヤとかいう1年生、言ってることもやってることもいちいち全部うさんくさいんだけど。


 スラッとした長身と、凛とした顔つきは、黙っていれば年齢以上に大人びて見えるのに……。なんだか、子供向けの小説に登場する悪徳商人みたいだ。こうまで自然体で不自然な人間が現実にもいるのかー、なんて、もはや感心してしまう。


「アーガルス共和国から来た謎のイケメン転校生と、ちょっと陰のある物静かな女生徒との運命の再会劇……!」


 幼少期の約束を果たすため、思い人のため……荒波も身分の差も超えて……! なんて噂も耳に入ってますよ、とサーヤは鼻息を荒くする。


 たぶんそれは、お嬢──あの資産家のお嬢さんの暴走話かなにかだろう。私も何回か訂正を試みたのだが、彼女は聞く耳というものをまるで持っていなかった。

 ……いや。それはともかくとして、である。


「うーん……」


「なんか……ビミョーな反応ですね……」


「だってさ。なんか……今更感あるなあっていうか……」


 謎のイケメン転校生と、転校早々女子寮に連れ込んだ地味女……たしかに、この事件は学年の隔たりを超えて学生達の丁度いい話のネタになっていた。


 しかしそれも、1ヶ月も前の話だ。


 私は『友達でもなんでもない。ただの知り合いだ』という主張を貫いてるし。リオンはなにやら私に執着してるみたいだけど、恋慕のそれとは明らかに違う……というのは、周囲の人間もなんとなく察しているところである。


 その落とし所が、先日言っていたシャロンの『お世話係』なのだろう。……結果としてこうしてお世話をしているわけだし、ある意味核心をついているとも言える。


「ちょっとネタに鮮度が無いんじゃない? みんなそろそろ飽きてると思うよ?」


「いや! いやいや! そんなことはありませんって!」


「えぇ……」


「やめておけ」


 私が二の句をあげる前に、学生証を確認し終えたリオンがサーヤを睨みながら口を開いた。


「オルドヴィルといったな。君が期待するような情報は、残念ながら存在しない。悪いことは言わん。これきり、手を引け」


 突き放すようなリオンの言葉にたじろぐサーヤ。だが、彼女は引かなかった。一体全体、私たちのどこにそんな魅力を感じているのだろうか。


「そ、そそ、そんな風に怖い顔したってね! ああアッアタシは屈しませんからね! 報道に自由を!」


「勘違いするな、俺は助言しているんだ。無意味だから手を引け。君がこの1ヶ月間、ジル・ソーリスを尾行して成果をあげられていないのが何よりの証拠だろう」


「うぇへっ!?」


 リオンがしれっと口にしたとんでもない内容に、サーヤは目を丸くして素っ頓狂な声をあげた。


「……は?」


「……なんだ。貴様、本当に気が付いていなかったのか。……かつて図書室で俺に気づいたのは、そうかまぐれか。してやられたな」


 思わずリオンの方を向くと、彼はどこか勝ち誇ったような、ムカつく笑みでもって返してきた。全然してやられてなさそうな顔だ。


「登校中に5回、下校中に8回、何者かが貴様を追従していた。しかしまぁ、相当巧妙な《隠密》だ……気が付かないのも止むを得まい。俺とて、容姿や正確な場所までは特定できなかったからな」


「な、なな……」


「民間人か判断が困難だったため、俺も迂闊に身動きが取れなかったが……今日で確信が持てた。……そうか、独学で習得したというのなら、相当な鍛錬を積んだのだろう」


 よくわからないけど、リオンは感慨深く首肯していた。


 《隠密》って……水魔術の《かす》と風魔術の《とどろうつし》、その他もろもろの状況に応じた魔術を使ってとにかく気配を消すっていう複合魔術だ。


 そんなの、そこら辺の学生がポンポン使えたらヤバいし、そもそもひとつでも使えるはずもない。


「…………あのー、オルドヴィルさん?」


「あ! えと! なんのことか、ぜんっぜんわかんないですね! いやー、困っちゃうなぁ〜あはははは」


「…………」


「あはは、はは……はぁ」


 サーヤは所々裏返りながら、壊れたおもちゃみたいに乾いた笑いを連発していた。


「その……ごめんなさいでした……」


 ひたいが脂汗で一杯になったころ、誰が何を言わずとも、サーヤは我慢し切れずに白状した。


 尾行を続けてたけど一向に面白いことが起きず、諦めかけていたその時、人気ひとけのない研究棟に消えていく私達を見掛けて、いても立ってもいられなくなったと……。


 ここのところ、やけにリオンが大人しかったり私と距離を置く日があったのは、このサーヤが尾行していたからだったのか……。妙なところで慎重だな、リオンも。


「なに、気に病むことはない」


「いやそれリオンが言うことじゃないよね? まあ、別に私も気にしてないけどさ……」


「あのー……アージェント先輩。あなたは……一体、何者なんですか?」


 ちょっと肩身が狭そうに、サーヤがおずおずと手を挙げる。どうやら、彼女は彼女なりに自分の《隠密》に自信があったようだった。


「ガスト魔術学院のしがない2年生だ。君の言葉を借りるならばな」


「でも、アタシの尾行に気付いてたってことは、あなたもソーリス先輩を尾行してたってことですよね?」


「無論だ。俺にはジル・ソーリスを監視する使命がある」


「……はい? それってどういう?」


「そのままの意味だ。サーヤ・オルドヴィル。君に忠告しておこう。この女には迂闊に近づくな」


「えー……と、どゆことです?」


「詳しくは言えない。しかし君には、これ以上知る必要も、知る資格もない」


 サーヤがきょとんとした顔で私を見る。私、別にこいつの通訳とかじゃないんだけど……。


「そのー……この人、ちょっと頭がファンタジーっていうか……ね? ほら……だから、そっとしておいてもらえると助かるんだ」


「……なる、ほど?」


「貴様……。その言い方には、明確な悪意を感じ──」


「ちょっと黙ってて」


 机の下でリオンの脇腹を軽くつねって黙らせる。


「こっちに来てまだ慣れてないからね、ほら、言葉遣いとかもちょっと怪しかったでしょ。で、試験も近いから、担任のデューイ先生に頼まれて、放課後私が勉強見てあげてて……」


「ほうほう……なるほど、試験勉強ですか。……ん? 試験?」


 私がつらつらと言い訳を並べていると、サーヤは試験という言葉にピタリと体を強張らせた。


「それって……なんの試験ですか?」


「中間試験だけど……」


「1年生もあるやつですか?」


「うん……。まさかだけど……知らなかったの?」


「はい……。え、どうしよう……」


 サーヤの顔色が青くなっていく。いつかのリオンみたいに、血の気が引いていくのが見て取れた。


 おいおい、嘘だろ……。リオンはともかく、どういう学園生活を送っていたら試験の日程を知らずに過ごせるというのだ。なんなら最初のホームルームで予定表配られるじゃん。


倶楽部クラブ活動に精力的なのは構わないが、学生の本分を努々忘れないことだな」


 私には、サーヤに向かって胸を張るリオンを無視するだけでもう一杯一杯だった。

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