CLAMA!!!! pt.2



     ◇


 でっかい声で言い争う女子二名と、その脇でおろおろする私、傍らには今まさに《風熾かぜおこし》の魔術を行使したロバート。


 それらを確認してからのリオンの行動は迅速だった。


 ……後から思えば、あいつは状況確認なんて絶対してないと断言できるけど、この時の私には何がなんやらだったのだ。


「下手な真似はよせッ!」


 叫ぶやいなや、リオンは走った。走って……跳んだ。一息にこちらへ跳躍する姿は紛うことなき変態である。まったく、バカみたいな運動神経だ。まあバカなんだけど。


「君、一体何のぉごふぉ!!」


 そうして跳んだリオンは、そのまま空中で手を大きくひろげ、私の真横にいたロバートをそのままかっさらっていった。


『ぉごふぉ!!』『ぉごふぉ!!』『ぉごふぉ!!』


 ロバートの悲鳴が《風熾し》により何重にも木霊する。……あれ、そんな魔術だったっけこれ。


 おそらく彼は、術の始点を自らの口許からの相対座標として置いたのだろう。それがあんな派手にごろごろ転がるもんだから、始点の再定義が起こり続けて、結果ああなる……のかもしれない。知らんけど。


 それにしても、あんな状況でも魔術を成立させ続けるロバートの精神力は大したものだった。絵面としてはかなり間抜けだってことはさておき…………あ、ギャルたちを巻き込んだぞ。


 男女四人でくんずほずれつ、なんて言うとなんだかいやらしいが、実状はそんな色っぽい感じではなかった。ただの衝突事故である。


 ホコリまみれになりながらも、おそろしく機敏な動作でひとりだけ受け身をとったリオンは、立て膝を付くと同時に叫んだ。


「大丈夫か!? 何もされていないか!?」


 何かしたのはお前だろ、という私の心の声は届かず、リオンはロバートの肩をがくがく揺さぶる。打ち所が悪かったのか、ロバートは白目を向いて気を失っていた。


「えっと……リオン?」


 尻もちをついたままのギャルが、リオンにおずおずと訊ねた。


「ジルなら、そっちでぴんぴんしてるけど」


「そんなことはわかっているッ!!」


「え、あ、そうなの?」


 ……なるほど。なんとなく状況が読めてきたかもしれない。


 つまり、リオンは、ロバートの周囲で荒ぶる(というと大げさだが)風を見て、私がロバートを襲おうとしていると早合点して突撃してきたらしい。私べつに風魔法とかあんま使えないんだけど、言ってなかったかな……言ってないな。


 一方のギャルはというと、ロバートが風魔術で私に襲い掛かろうとしたと勘違いしてリオンが突っ込んできたと、そう解釈したらしい。そしておそらくだが、ほかのみんなも大体そう思っていることだろう。


 不本意極まりないが、逢引・・の翌日ともなれば、そちらのほうがより自然な推論だ。


 やがてリオンは、ロバートの無事を確認し終えたのか、教室をざっと見まわしながら語りかけるように言った。


「この際だから、言っておこう。これは……非常に重要なことだ」


 あゝ……後生だから。


「この女に、おいそれと近づくな。当然、俺も全力で事に当たるが……命の保証は、しかねる」


 そうやって、わざわざ勘違いされそうな言葉を使わないでくんないかな。


 きゃー、なんて嬉しそうに悲鳴を上げる資本家のお嬢さんを見て、そんなことを思った。



     ◇



 放課後だったのが幸いしてか、騒ぎは教室内のみにとどまった。おそらく他のクラスの生徒たちからは、よくある生徒同士のじゃれあいくらいに思われたのだろう。


「リオンさ……未来から来たって、みんなには言わなくていいわけ?」


 にまにまと見守るような笑顔でもって私たち二人を教室から送り出したクラスメイトたちに思いを馳せながら、私は訊いた。


 そもそも、リオンが私を殺そうとしているということが認知されさえすれば、このくだらない勘違いも解けるに違いない。そう思ってのことだ。


「バカ正直に話して、誰がそんなことを信じる」


  私にはぺらぺら話したくせに。……いや待てよ、それを信じた私って……おい。


「てめー、私をバカにしてんのか」


 これをリオンは華麗に無視した。この男、都合の悪い時にはちょいちょい耳が遠くなる節がある。


「しかし、これで貴様の危険性は皆の知るところとなった。注意喚起には十分だろう。こちらとしては是非もない結果だ」


「……?」


 たぶん、私がロバートを襲おうとしてたと思い込んでるのはこの世でリオンひとりだと思うんだけど。この男の脳みそはどこまでハッピーになっていくのだろうか。


「何人かのクラスメイトに、『ジルをよろしく頼む』と言われてな。戦友に背を預けるような、いい眼だった」


「あああああ」


 私は思わず天を仰いだ。


 そうだ、こいつの頭はもとよりあっぱらぱーだったんだ。しかも上司お墨付き。常識の囚人たる私程度が敵うわけがないのだ。


「そういうわけだ。だから"魔王" ……お前を、殺す」


 ……うきうきと襲ってきたリオンを、この前よりきつめにお仕置きしたのは言うまでもない。

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