CLAMA!!!! pt.1



     ◇



 リオンが夜中に私の自室に突入をかましてから、一夜が明けた。


 あの後はもう……思い出したくもないくらい本当にてんやわんやだった。


 騒ぎを聞きつけた監督生と寮監、果ては学院の教師まで飛んでくるし、リオンは何事もなかったように窓から脱出しようとするし、ばちばちにストロボ焚いて写真を撮り始める野次馬まで出て来るし……。


「う゛ぁー…………もう、疲れた……」


「でも良かったじゃん。お説教だけですんでさ」


 前例に照らせば停学か、下手すれば退学処分もあり得ると言われたときには流石に背筋が凍った。


「私はなんも悪いことしてないのに……」


 勿論、私は全力で無実を訴えた。退学になるならリオンだけで充分だ。


 しかし、そのリオンにも驚かされたものだ。あいつときたら、事情を詰問する寮監に、


『放課後、ミス・ソーリスに学校の案内をしてもらっていたのだが……どうやらその時、彼女の魔杖が俺の手荷物に紛れてしまっていたらしくて。それを届けに来ていたのです。消灯時間も過ぎていたので、窓越しにそっと渡すつもりでしたが……窓を開けてもらった拍子に、バランスを崩して部屋に──』


 とかなんとか、それはもう涼しい顔で騙り始めたのだ。そんな腹芸できるんなら、私に対してもちょっとくらいいい顔しろよ。


 しかしこれが効果てきめん。異国からの転校生だし、まだ不慣れな部分もあるだろうから、とデューイ教師の懸命な擁護もあって、リオンへの処罰は『男子トイレの掃除一か月』となったのである。


 みんなイケメンには甘いのだ。いやー、私も王宮いた頃は蝶よ花よって感じだったんだけどなあ。


「で、愛しのカレは? まだトイレ掃除?」


「…………愛し……? 頭に蛆でも湧いたか、あぁん?」


「顔こっわ!? あーもう、わかったわかった」


「聞き流すんじゃないよ」


「えー、でもさ、一途でいいんじゃない? おねーさん、悪くないと思うな、カレ」


「……今回はどうかんがえてもあいつが悪いんだ」


 ともあれ、本件はリオンへの軽い懲罰で一件落着……とはならなかった。


 色恋に目がない年頃の諸生徒に、リオンの言い訳が通用するはずもなく……。


 私はすっかり、『イケメン転校生を夜中に自室でおいしくいただこうとした女』として扱われていた。下半身がクモの魔物か何かか。


「ジルも意外と大胆だよな」

「で、実際のトコ、どこまでいってんの?」

「そうだ、教えろ教えろー」

「過熱した欲望は、ついに危険な領域へ…………アァァッ!」


 それで、ご覧の有り様である。


「久方の逢瀬ですもの……しかも、窓から颯爽と現れるなんて、十年前の再現のようで……ふふふ」


 資本家の娘さんなんて勝手にストーリーを作って一人で盛り上がっていた。いや十年前って、なんで私がアーガルスに行った年知ってるんだよ。偶然でも怖いぞ。


 ……はっきり言って、疲れる。だがまあ、彼ら彼女らは悪意が無いだけマシだと言えよう。


 そう。いるのだ。こんな私にすらやっかみをふっかけてくる者が、何人か。いやあ驚いた。


「あらぁ? ソーリスさんはやらなくていいワケ、トイレ掃除」


 だいたいこんな感じだ。


 ギャルとはまた別の、クラスで幅を利かせてるグループの女子だった。案外みんな、私の名前覚えてるんだなあ。……私はこの子の名前、知らないけど。


「あはは……」


「それにしても、お咎めなしってのは不思議よねぇ。普通なら最低でも停学でしょうに……。いったいデューイ先生にどんな手を使ったのかしら」


「いやあ……まさかねぇ」


「ふん、どうだか……。あーあ、これだから "闇" の子はイヤなのよ。何考えてるか、わかったもんじゃないわ」


「……思考誘導は水の禁呪じゃなかったっけ」


「ッ……。ああ言えばこう言う……でもそうね、あなたも女の子だものね。武器なんて、その身一つ・・・・・で十分よね」


 えぇ……。ていうかそんなことしたら、しょっぴかれるのはむしろデューイ教師のほうになるわけだけど、それでいいのか君は。レディコミの読みすぎなんじゃないか。


 でもまあ、仕方がないか。この件に関しては、私もそれなりに迂闊だった。リオンの持ち物なんて、そこらへんのドブに捨てておけば全部解決だったのだ。


 こりゃ当分は皆のオモチャとしてヘラヘラ笑って過ごすしかないかな、なんて思って乾いた笑いを顔面に貼り付けていたところである。


「なんなんお前? 正直寒いんだけど」


 こんな安っぽい挑発に、私を差し置いてギャルが乗ってしまった。いつもにこにこ笑ってばかりいるから、ギャップで迫力満点だった。リオンがナイフもって突進してきた時の何倍かは怖かった。


「な……なんなのよ、いきなり!」


「いきなり突っかかってんのはそっちでしょ。ジルが言い返さないからってよくもまあズケズケと……言っとっけど、ジルはアンタと違ってそんなコじゃないから」


「なんですって!?」


 彼女も彼女で、ギャルの剣幕に身動みじろぎしながらもすっかりヒートアップしている。


「あのー、おふたりとも……?」


「だいたい、あなただって成績悪いんでしょ、知ってるのよ! かわいそうに、自分の不義がバレないようにお仲間を庇ってるのね」


「あたしのことはどうでもいい! とにかくジルに謝れっつってんの!」


 頼むから落ち着いてくれ。特にギャルよ、申し訳ないが私はそこまで傷ついちゃいないんだ。貴女は、あることないこと言われてぶすくれる私を指さして笑うくらいがちょうどいいではありませんか……。


 自分の声の小ささをうらめしく思っていたら、予想外の助け舟が外から飛んできた。


「君たち。そのくらいにしたまえ」


 えっと……ああ、あれだ。クラス代表のロバートだ。さすがの私もクラス代表の名前くらいはわかる。


「聞くに耐えない憶測だ。仮にその女がとんでもない淫売だったとしても、だ──」


 そう言って私をちらっと見るロバートの目には、苛立たしげな色が見て取れた。まあ、教室内でこんだけ騒いでたら誰だって煩わしく思うだろう。


「──デューイ教授マギストリ・デューイがそんなものに惑わされる訳がないだろう。学院の品位を虚仮にするのも大概にしてほしいものだね」


 奇しくもロバートの意見は全く私と同一であった。え、でもなに、デューイ教師、教授マギストリだったの……? まだあんな歳(知らないが)なのに?


「だいたい、君も君で悪いぞ。後ろ暗いところがないのであれば、キッパリと否定したまえ。適当にいなそうとするからコトがこじれるんだ」


「あははは……」


「はあ……まさにそれだよ、ミス・ソーリス。本当に改善する気があるのか──」


 正直ロバートのことなんて、授業でいつも手を挙げてる真面目君くらいにしか覚えていなかったのだが、どうやら私の知らない一面があったようだった。つまり、ふてぶてしいようで、実は面倒見が……


 とかそういうことではなく。


「だから! 謝れっつってんだよ!!」


「一体誰が!! そんな陰キャ尻軽女に謝罪などするものですか!」


「……人の話を聞かないか、君たち」


 声が小さい。だめだこれ全然聞こえてないよ。


「……あー、ロバート代表? 《風熾かぜおこし》か何かで、声を大きくしたほうがよいのではないでしょうか?」


「む。そうか、それもそうだな。……『逆波ラオンド・アラ・飌せヴェント』」


 そうして、ロバートの周りの空気が文字通り色めき立った、その時である。


 荒っぽく教室の戸を開ける音とともに、


「貴様ら、何をしているッ!!」


 リオンが、来た。

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