Encounter pt.4
◇
一つだけ訂正をしよう。
ぱっつんぱっつんの変態は、ぱっつんぱっつんではなかった。普通に学院の制服を着ていた。
でも私は、彼の首元からちらりとのぞく黒色を見逃さなかった。結局中身はぱっつんぱっつんであるということは想像に難くない。
「リオン・アージェントだ」
教壇の脇に立つ変態はそう名乗った。
「出身はアーガルス共和国だが、この国に骨を
そら来た。こんな芝居がかった話し方をする人間なんて、変態か
しかしなるほど。海峡を隔てた隣国から来たとなれば、そりゃあ友達なんていないだろうし、心細さからあんな奇行(前々話参照)にはしることだってあるかもしれない。
……いやないわ。変態は変態だ。
急いでたし、どうせもう二度と会うこともないだろうと、遥か彼方へとふっとばしちゃったわけだけど、まさか、こんな形で再開するとは。……というかどうやってここまで戻ってきたんだろう。
特にケガをした様子もなく、ピンピンしてるけど、恨みでも買われてたらちょっと面倒だ。
新学期早々、心がすこし
「わ、顔が良い……」
「イケメン来た……これで勝つる」
「いやこれは勝てんわ」
「やっぱアーガルスはイケメンだらけってホントだったんだ」
もしかしたらあの並木道で、手当たり次第に
隣のギャルなんてひどいもんだった。
「やばいよジル、イケメンだよ」
「やばいかあ……?」
「しかもなんか……大人っぽい」
「大人っぽいかあ……?」
変態あらためリオン何某の隣には、ホンモノの大人であるところのデューイ教師がいるのだが、もはやギャルの眼中に彼はいないようだった。
「そっか、ジルにはわかんないか……大人の色気ってやつが」
かつて王族としてたくさんの大人に囲まれて生きてきた私から言わせてもらえば、リオンとやらはガキもいいとこであった。まずもって初対面の相手に殺傷性の魔術をぶっぱなすなんて、孤児院の悪ガキ共でもしない。普通に犯罪である。
「いやあ……やめといたほうがいいと思うけど」
「いやいやいや、狙ってるわけじゃないから。でもさ、やっぱこう、イケメンが同じ部屋にいると……潤うじゃん?」
「なにが」
「……肌とか?」
「うわしょーもな」
「いやあ、天然モノのぷりぷりお肌をお持ちのジルにとっちゃしょーもないかもしんないけどね、年中日焼け者のあたしにゃ大事なの、スキンケアは」
「イケメンでどーにかなる問題なの、それ……」
どうやら私たち以外の生徒たちも同じようにひそひそと喋っていたようで、デューイ教師はやや所在なさげに口を開いた。
「あー、皆いろいろ気になることはあると思うが、ミスター・アージェントはこれからこのクラスに在籍することになる。質疑応答はあとにして、とりあえず新学期ガイダンスをはじめさせてくれ。……それじゃ、ミスター・アージェント。端っこのあの、開いている席あるだろ? あっちに──」
「いえ、先生。俺は──彼処に」
果たして、リオンが指差したのは……ギャルだった。
「……え、あたし? 膝? 膝の上ってこと? 乗る? マジ?」
ギャルの小ボケを全員がスルーして、リオンの二の句を待った。
「ジル・ソーリス。俺は……彼女を監視する必要がある」
……え、私?
……これ……やっぱり、恨まれちゃってたりする?
「えーっと、……なんだって? 監視?」
予想の遥か斜め上の返事に、デューイ教師は目を白黒させる。
「はい」
「あー……ミス・ソーリス?」
何か言おうとして、しかし言葉になるもなのもなく、ただ助けを求めるように、デューイ教師が私と視線を合わせる。
当然、私は全力で首を振った。助けて欲しいのは私の方である。
「え!? なになになに、どーゆー関係?」
「……私が知りたい」
「あーね、友達以上恋人未満ってやつ? にしちゃ束縛強めじゃない?」
「どういう解釈でそうなるのさ」
隣ではしゃぎ始めたギャルだけでなく、教室中が私に注目していた。
ざわつく教室、困ったように頭を掻くデューイ教師、その横で相変わらず憮然とするリオン。二年三組の教室は、瞬く間に渾沌と化した。
「皆、静粛に! ……えー、ミスター・アージェント。理由はともかくとして、君の要望は分かった。でも……残念だが、それはできないな」
デューイ教師は手を叩いて湧き立つ教室を静めると、慎重に言葉を選びながらもリオンの要求を退けた。
「なに!? そんな、何故ですか!」
「ちょーっと落ち着け。一応な、──俺は心ッ底どーでもいいと思うんだけど、一応、席順は学則で決まってんだわ……出席番号昇順ね。ミスター・アージェント、キミは編入生だからいちばんうしろ」
食い下がるリオンに、先生は至極真っ当な理由でもって答える。まともそうな先生でよかった……。
「そうか……」
さしもの変態も規則とあらば従うらしい。そう胸を撫で下ろしかけていた私は、彼を侮っていた。
リオン・アージェントは、変態なのだ。それも、見ず知らずの他人に魔術を撃ってくる、わりと規則とか関係ないアウトローな変態なのだ。
「あまり使いたくはなかったが、仕方あるまい……」
そして、彼の手がゆっくり自分の腰へと回されていき、何か握ったのを、私は見逃さなかった。
まさか……いや、まさかね。
できれば考えたくなかったけれど、そのまさかはすぐに現実となった。
「それは……一体……?」
リオンは、あろうことか、あの "銃っぽいなにか" をデューイ教師に突き付けたのだ。私に向けて魔術を撃ってきた、アレ。
なんのつもりなのか、何が目的なのかはさっぱりだったけれど、これはシャレになってない。
ただでさえ、私はアイツの知り合いみたいな空気になっちゃってるのに….。こんな状況下で静観なんてしてられない。
もしも、本当にアイツがやらかしちゃったら……真っ先にその火の粉が飛んでくる先は、私だ。
「もう一度だけ言う。デューイ先生、俺をジル・ソーリスの──」
「す、すいませーん! ちょっと頭とお腹がー、すごーい痛いのでー、保健室、行ってきます!」
おそらく、これまでの人生でこんなに機敏に動き、大声を張り上げたことはなかっただろう。
私は、リオンの腕を掴んで、死に物狂いで教室から逃げ出した。
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