Encounter pt.3



     ◇



 間に合った。


 何にって、それはもちろん、入学式に、だ。


 しかしまあ、入学式なんて、特段語るべき出来事ではない。なんたってこちとら二年生だ。お偉方の退屈な話を聞き流して、そわそわしている新入生たちの顔をざっと眺めて、あー去年の私はこんなだったのかな、なんて思いながら国歌を歌って終わりだ。どうってことはない。


 ……いくらなんでもテキトーすぎるって? ああいや、返す言葉もない。本当のところ、うつらうつらしていて記憶が曖昧なのだ。だから私にはこれ以上の描写は無理だ。


 新入生代表の顔も名前も見ていない私を、どうか許してほしい。



     ◇



 魔術に関するものでなくとも学校に通ったことのある方ならわかると思うが、入学式が終わればクラスルームで担任の教師から諸連絡を受けることになる。


 そういうわけで、私たちは教師が来るまでのしばらくの間をぐだぐだと過ごしていた。


「おお、ジルじゃん。今年も一緒のクラスなんだ」


 お忘れの方もいるかもしれないが、ジルとは私の名前である。私も時々忘れそうになる。


「わるかったな、私と一緒で」


「いやいや、全然そーゆー意味じゃないってば、むしろバイブス高め的な?」


「ああそう」


「うわ、テンションひっく……てかなにそのクマ、どしたの? 徹夜?」


「うまれつきだバカ」


 正確に言えば、この髪が真っ黒になって以来の話だ。"ジル"が生まれたのはその時なので、あながち嘘でもない。


「なんだ、絶好調じゃん。心配して損したわー」


「もとから心配してないでしょ、どーせ」


 これに返してけたけたと笑う彼女は……あれ名前なんだったっけ。まあいいや。仮に"ギャル"としよう。


 ギャルは、私が一年生の時のクラスメイトだった。小麦色に焼けた肌は、王族以外で光魔法を行使する者に特有のもので、独特の色香を放っている。事実彼女はそこそこモテるらしい。私の知る情報はそんなところだ。


 そんなギャルは、もっぱら自分の席で本を読んでるだけの私に話しかけてくる稀有な人間のうちのひとりだ。きっとそういう分け隔ての無さも、モテるポイントの一つなんだろう。それにしたってやたらと私に絡んでくるような気がするけど。


「にしても、こんだけメンツちがうと、新学年ーッ! て感じしない?」


「……そうかなぁ」


 交友の狭い私からしてみれば、へちまが冬瓜に変わった程度の違いだった。


「でもまあ……春だなあ、とは思ったよ」


 道端に変態いたし。


「なになに、ジルにもやっと人の心が芽生えてきたの? なんそれ、激エモじゃん」


 なんだとこら、と私が言い返そうとしたところで、教室のドアがガラガラと音を立てて開いた。教室内が、水を打ったようにたちまち静まり返る。


 入ってきたのは、なんだか髪がもじゃもじゃで……青年というには老けすぎていて、でも中年といったらかわいそうなくらいの顔立ちの教師だった。


 彼はまるで活気のない見た目からは意外なほどテキパキとした所作で教壇に立つと、間髪入れずに話し始めた……というか、教壇に向かってる途中ですでに喋り始めていた。


「あー、今日から一年、きみらの担任をすることになった、ケネス・デューイだ。担任っつっても担当教科は魔法化学だから、俺の授業を受講する学生なんてこの中に半分もいねーだろうけど……まあ、顔と名前くらいは覚えといてくれ。誰? みたいな目で見られると悲しいからさ」


 教室に乾いた笑いが起きる。


「……あーそうだ、あと俺以外にも、今年からみんなと初顔合わせになるお仲間がいてな……平たく言えば編入生だ」


 デューイ教師のこの発言にみんなはどよめいた。期待か不安か、その両方か。教室前方の扉に視線が集まる。


「そんじゃ、ミスター・アージェント。入ってきてくれ」


 そうして開いた引き戸の先には、


「失礼する」


 ぱっつんぱっつんの変態が居た。

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