後半
色つきリップにグロスを重ねただけで、やる気が溢れてくる。
唇を整え、華恋は改札を通った。
「おはよ……う、華恋」
駆け寄った頼斗は華恋を見つめた。視線の先は、ふんわりとした長袖のワンピース。シアー素材で、下に着た同系色のキャミソールが透けている。
頼斗は無邪気に微笑む。メイクではなく先に服装を褒めてくれるようだ。
「今日の服、涼しそうだね」
華恋の脳裏に浮かんだ選択肢は三つだ。嬉しい、ありがとう。頼斗くんのサマーニットも季節感あっていいね。ど、どう反応すればいいの。
笑顔の眩しさにど忘れしてしまう。とりあえず嬉しそうに口角を上げ、悩んだ末に無難な言葉を選んだ。
「うん。天気予報で夏日って聞いたから」
別に似合ってるとか、また新しい魅力が見つかったとか、そんな答えを期待した訳じゃない。自分の服のチョイスについて、肩見せのシャツや大胆に背中を開けたブラックドレスで攻めるべきだと感じただけだ。
「もしかして俺は選択を間違えちゃったかな?」
隠しきれなかった後悔を察してくれる。頼斗は口下手を自称するが、華恋の気持ちを向き合うことに関しては誰よりも長けていた。華恋が言ってほしかった言葉を必死に探そうとしていた。
「パンツコーデも好きだけど、裾がふわって揺れる可愛い服も似合ってるよ。しかもさりげなく肌見せしてて、キュンとしちゃった。しょうがないよね、俺の彼女なんだから」
口を開いたと思えば、勢いよく話し込む。
「華恋の夏服も体操服でも、綺麗な肌を俺以外の奴に見せたくないのにさ。さりげない肌見せとか反則。俺も男なんだよ? 手出さない自信が揺らいじゃうよ」
思ったこと全部ぶちまけちゃった。語尾にハートマークをつけたような言い方に、華恋の冷静さは霧散した。
「ふみゅう」
力なく照れた彼女を頼斗は抱きしめる。しばらく背中をそっと撫でていたが、華恋の肩に手を添えた。
「……そうだ。突然ですが、今日は何の日でしょう?」
「五月二十三日、だよね」
華恋は首を傾げる。二人の記念日でも、見に行く予定の映画にまつわる日でもない。
「正解はキスの日」
頼斗の言葉に唾を飲む。
自分の唇は美味しそうに色づいているだろうか。目を閉じて潤んだ果実を差し出す。
「ごちそうさま」
頼斗の唇は甘い香りがした。
互いに顔を見合わせると、上映時間を一本遅らせた。
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